001 襍、縺ョ荳也阜
岩肌が照明魔法を受け、薄暗闇の中でぬらりと光っていた。
その空間は野球場ほどの広さがあり、小型の太陽とまで称されるトーチの魔法を以てしても冒険者たちの頭上には照らしきれない闇が広がっている。
突如、何もなかった筈の空間から濃い赤茶色の巨大な石柱が無数に生まれ、地面に群がる冒険者の一団目掛けて凄まじい速さで吸い込まれていく。
頭上という死角から迫る攻撃に、現実世界の「一般人」は身体を動かす隙すら与えられず、岩に押し潰れてその身を醜い肉塊へと変えるだろう。
しかし、この世界の住人は違った。
まるでそこへ攻撃が来ることを予知していたかのように素早く身を引き、衝撃で崩れる石柱の破片を手にした武器や盾で弾き、軽快な足取りや強化した動体視力により確実に回避していた。
だが、彼らがここに至るまで払った犠牲は大きい。
冒険者たちが大空洞で対峙しているのは地下第30層のエリアボスである巨大なストーンゴーレム。
このモンスターは無尽蔵とも思える膨大な生命力と、生半可な刀剣類は弾いてしまうほどの防御力。それに高い魔法抵抗力を兼ね備えている。
有効なのは「衝撃」属性を持つ鈍器類や「貫通」属性を持つ大型のポールアックス、大剣類だ。
しかし、それらは総じて重く、システムアシストによる回避行動にペナルティが課せられており、軽装備の冒険者たちに比べて機敏に動き回ることはできない。
加えて、強烈な一撃を浴びせようとすればするほど攻撃直後の隙が大きくなり、初動で詰めかけたアタッカーたちの多くが薙ぎ払われ、地面や頭上から迫りくる岩の巨槍に貫かれて絶命していた。
未だかつて経験したことのないような強烈な広範囲攻撃の前に冒険者たちは心挫かれ、多くの犠牲者を出しながらもボスモンスターの動きを学習し、着実に追い詰めていた。
ストーンゴーレムが両手を大きく振りかぶり、地面を叩きつける。
その地割れから生まれる岩の刃がまるで生き物のように冒険者たちへと迫り、彼らは左右に飛んで辛うじて避ける。
岩の巨人は間髪入れず自らが砕いた地面の破片を拾い上げ、それを勢い良く侵入者たちへと投げつけた。
着弾の衝撃で地鳴りと土煙が辺りに舞い散り、彼らの視界を奪った。
「損害報告!」
討伐隊の隊長である男性が巨体を震わせて吠えた。
彼の視界の端に浮かぶGUI――グラフィカルユーザインタフェースには自分が所属しているパーティーメンバーのHPが表示されていたが、戦闘開始時に12人いたはずのメンバーの多くは息絶え、残っているのは彼を含めた5人だけだ。
彼らの他にも幾つものパーティーが存在し、協力して討伐に当たっていたはずなのだがかなり消耗しているように見える。
「くそっ、ヒーラーがやられた!」
「二番隊壊滅! 撤退を!!」
一番隊の長の元に悲痛な叫び声が次々と飛び込んでくる。
壊滅的な状態にあるが、今撤退してしまえばここまで努力が水の泡と化してしまう。
ボスモンスターのHPは非戦闘時に徐々に回復してしまうからだ。
――ここで撤退して戦略データを持ち帰り、研究と訓練を重ねた上で再挑戦すれば少ない犠牲で攻略できるかもしれない。
しかし、それでは散っていった仲間たちに申し訳が立たない。
撤退か、突貫か。隊長の男性は重要な局面に立たされていた。
「あと少しだというのに……ッ」
隊長が敵のHPバーに歯軋りをし、吠えた。
その間も岩の暴君は止まるところを知らず長い腕を振り回している。
それはパーティーを守る屈強なタンククラスだとしても直撃すれば二撃と持たぬ規格外の破壊力を持っていた。
統率などは既に消失し、逃げだそうと持ち場を放棄して後退する者が相次ぐ中、その中を逆に悠然と進んでくる一団がいた。
紅と闇の衣を纏った年端もいかぬ赤髪の少年が彼らを率いているようにも見られる。
「オルレアンだ。彼らが、来てくれた」
武器を投げ出し敗走を企てていた討伐隊の一人が目元を光らせ、彼らの名を呼ぶ。
「彼らがいればこの戦いも勝てるぞっ」
「押せ! 押し返せ!」
地に落ちて朽ちかけていた隊員達の士気がめきめきと音を立てて回復していく。
ストーンゴーレムは人間の言葉を理解しているのか、それともAIが新たなターゲットを脅威と認識したのかは定かではなかったが、攻撃の手をふと休めて刹那の思考をする。
そして徐に足元の地盤を砕くとその破片を手にし、先頭の少年に目も眩むような速さで先の尖った巨岩を投擲する。
しかし、そのような光景にも一団はぴたりと立ち止まっただけで散開などはしない。
先頭の少年が僅かに身体の重心を落とし、背中の刃渡りの長い直線状の剣を一息で抜き取る。
そして悲鳴をあげる間すらなく、希望を与えたその一団は血潮で大空洞を濡らした――かのように見えた。
硬質な金属が弾けるような音が響き、鈍色の一閃が岩を高圧水流で切られたかのように真っ二つにし、オルレアンと呼ばれた一団の脇の地面に突き刺さっていた。
それだけでは飽き足らず、少年が放った縦一文字の剣圧はストーンゴーレムまで到達し、深々とその硬質な身体を削っていた。
強烈な一撃にゴーレムは大きくよろめき、身を捩らせながら巨体を横たえる。
地響きと土煙が辺りを支配する中、彼らは確固たる信念を持ちその場で病的に理性を持つ瞳でただ一点を見つめていた。
「体勢を立て直す! 俺たちが引きつけている間に負傷者の回復・離脱を! 戦力が整い次第、こちらから指示を出す!」
細い少女のような声が枯れかけていた組織を蘇らせ、魂の篝火を以てして進むべき道を明るく照らし出す。
その手に星色の剣ではなく、旗でも持っていたら革命の聖女にも見えただろう。
「アレク……戻って来たのか」
隊長はその「少年」の名を呟き、静かに目を閉じてから大きく息を吸い込んだ。