パクリ魔 ―隣の席のモンスター社員―
「知っての通り、今はドラッグストアでスナックや飲料が売られ、住宅街にはミニスーパーが進出し、コンビニが担ってきた役割が奪われている。調理が必要なレジ横のフードには会社の期待も大きい」
課長の中越が部下たちの顔を見渡した。
会議室では販売促進部のミーティングが行われていた。テーブルには新人の馬淵仁絵と田端慎也、若手の相川早希、それに主任の横山和恵が座っている。
会社は大手のコンビニチェーンで、早希の所属する販売促進部四課は、主にレジ内で調理が必要なフード類を担当している。
「では前回の会議でみんなに伝えたように、今日はリニューアルした唐揚げの販促手法に関して、それぞれの案を発表してほしい」
早希の手元には商品開発部から渡された資料があった。チーズ、ガーリック、スパイシーの三種の味が今回、新たに刷新された。
「誰からいく?」
中越が訊ねると、僕からいいでしょうか、と田端慎也が手を上げた。27歳の小太りの青年。漫画やゲームが好きで、見た目も大人しそうな印象である。
田端が持参した資料を全員に配布する。漫画本の表紙とキャラクター相関図が描かれていた。
「これは今、若者の間で人気がある三つ子の三姉妹をヒロインにした漫画です。販促案は、この作品とコラボをしてキャンペーンを展開するというものです」
「なるほど。三種類の味だから三姉妹か」
「まだ未発表なのですが……この作品、実はアニメ化が決定しています。ブレイクは確実です」
中越が資料のイラストに目を落とす。
「チキンの主な購買層は20から40代の男性、健康志向が強まる世の中で、しっかり食べたい人が多い。男性向けの漫画とは相性がいいかもしれないな。みんなはどう思う?」
中越が意見を求めると、早希が真っ先に口を開いた。
「私、この漫画知ってます。ネットでもよくトレンドに上がってるし、熱心なファンも多いので、コラボしたら絶対にチキンを買ってくれますよ」
「ありがとうございます」
同僚の賛同を得られ、田端が頬を上気させる。新人の馬淵仁絵も「アニメの放映開始とタイミングが合うならいいですね」とうなずいた。
好意的な意見が多い中、テーブルの隅で難しそうな顔で首をひねっている者がいた――主任の横山和恵だ。
「どうかな……」
誰に聞かせるでもなくつぶやき、顎に手を当て、難しい顔を作る。
大きな丸い顔、髪をサイドに下ろし、目尻と頬を隠して少しでも小顔に見せようとしていた。その顔も、ニタニタしているような細い目、ぶ厚いタラコ唇、鼻が上向きで絶妙にブス感を出している。
体型は小太り。服はぽっちゃりご用達のチュニックのワンピースにレギンスである。
「……横山くん、何か気になることがあるのかな?」
課長が恐る恐る訊ねる。
和恵は出産と子育てで一度退職し、契約社員として最近になって復職した。中越課長より年上で、創業期の古参社員とも親しく、課長も遠慮がある。
なお、真偽はさだかでないが、若い頃はそうとうなやり手で、出産で退社するとき、社長が彼女の実家まで慰留にいったらしい。
(カリスマ社員だったって……ま、あくまで噂なんだけどね……)
早希は絶対に嘘だと思っている。
「……商品のバリューアップをはかる気持ちはわかるんだけど、今いるユーザーをグリップできてるかというとアグリーしかねるなって……このコラボ、達成目標をコミットできます?」
田端は狐につままれたように目を泳がせる。
「あの……それってどういう……」
和恵が肩をすくめ、「田畑クーン」と苦笑する。
「いい大学出てるんでしょ? もっと読解力を働かせて。しかたないわね。サマライズしてあげよっか。あなた、今回の販促案でやりたいことを一言で言ってみて。いい? 一言でよ」
「人気漫画とのコラボで、普段、ウチの商品に手を伸ばすことのない新しいお客さんに商品を買ってもらいます」
「長い。一言って言ったよね? もっと短く。ズバッと」
「えっと……コラボです」
和恵が、はぁーっと深いため息をついた。
「こういうとき、横文字を使っちゃダメ。あのね、頭がいい人って難しいことを難しく言うんじゃなくて、難しいことをわかりやすく言える人なの、わかる?」
会話を聞きながら早希は眉根を寄せた。
(いや、あんた、怪しげなコンサルみたいに横文字使いまくってたじゃん……グリップがどうとか、アグリーがどうとか。ていうか自分でコラボって言ってたしね)
これが和恵のいつものやり方だった。とりあえず人の企画やアイデアに反対し、その上で「自分のやりたいことを一言で言ってみろ」と迫る。
仕方なくみんなが一言でまとめると「違う、そうじゃない」とまた否定する。もはや禅問答で、相手はただ困惑するばかりだ。
テーブルが急に静まる。空気を察した和恵が、あちゃー、という感じで自分の頭をコツンと叩く。
「いやだ、ごめんなさい。私がしゃべると、会議の方向が決まっちゃいますよね。とりあえずみなさんの意見を聞かせてもらいます」
手を合わせて謝り、指で口にファスナーを引く仕草をみせる。
「はい、口にチャック、口にチャックね」
微妙な空気の中、課長が話を引き取った。
「とりあえず全員の提案を聞かせてもらおうか。じゃあ次の人」
新人の仁絵が「では私、いいでしょうか?」と手を上げた。仁絵は23歳、昨年入社したばかりの新人だ。
仁絵が資料を配付する。標題には「全国唐揚げポップコンテスト」と書かれ、実際のポップの例が表示されていた。
「レジ横に手書きのポップをもっと増やしてはどうでしょうか? 全国の店舗から商品ポップを募り、コンテストをして優秀なポップはPDFでダウンロードできるようにするんです」
「どの店舗でも自由に使えるわけか。オーナーさんが喜びそうだね」
「はい、レジ横をお祭りのような楽しい空間にしたいです」
田端が資料に目を落としながら「ウチの社員も参加してはどうですか?」、早希は「コンテストに賞金を出すのもいいかもね」などと意見を出す。
おおむね好意的な反応の中、約一名、テーブルの隅で小難しい顔をして、あー、とか、うーん、とブツブツつぶやいている人間がいる。
「横山さん、何か?……」
中越課長が訊ねると、和恵が首をひねった。
「こんなポップじゃぜんぜん唐揚げがおいしく感じられない。スーパーの安売りチラシと同じじゃない。――馬淵さん、私たちって何を売ろうとしている?」
「え?……唐揚げです」
和恵が優しげな笑みでいなし、ゆっくり首を振った。
「違うよね。お客様に〝幸せ〟を売ってるの。唐揚げを買うことで感じる、ちょっとしたプチ幸せ。ポップを作るならそこまで考えないと。バイトの店員さんがそこまで考えてポップを作れるのかな?」
わけのわからない理屈で場を支配する――これがいわゆる「和恵無双ミーティング」である。
よくよく聞けば屁理屈をこねてるだけなのだが、その場では妙に説得力があるからやっかいだった。
次は早希の番になった。和恵に何を突っ込まれるかわからず、警戒しながら用意してきた資料を配付する。
「公式アプリを使って、唐揚げを買うごとに〝唐揚げマイル〟を貯められるマイレージプログラムはどうでしょうか?」
資料の表紙には「唐揚げ、参る!」と書かれ、擬人化された唐揚げがサムライの格好で刀を構えていた(イラストは早希の手製である)。
「今のウチのアプリに機能を追加するだけでできるのか。いいアイデアだね」
中越課長がうなずくと、田端が「クーポンも配布してはどうですか?」と提案し、馬淵も「これ、何度も買っちゃいそうですね」と賛同を表した。
周りの反応だけ見れば、その日、いちばんの好リアクションだったが――
「うーん、どうしよ……」
和恵が難しい顔でトントンと机を指で叩く。
「あの……横山さん、どうかしたかな?」
課長が戸惑ったように訊ねる。
「すいません……私の企画、相川さんとちょっと被っちゃったかも……」
申し訳なさそうに自分の資料を配布する。早希の目が見開かれる。ちょっと、どころではない。早希が提出した販促案とほぼ同じだった。
(っていうか、これ、私がゴミ箱に捨てた最初の企画案書じゃない!)
唐揚げマイルだから「カラマイル」とカタカナにして、フリーの素材サイトのイラストを使っている。絵もチープだし、切り口がいまひとつ気に入らず、いったん廃棄したものだ。
(やられた!……ゴミ箱に捨てたのを拾われたんだ……)
だが証拠がない。ここで声を荒げても「たまたまアイデアが被っただけよ」と言われては反論できない。
二人の提案はほぼ同じだったので、和恵の案の説明は省略された。
全員の販促案が出そろい、中越課長が顎に手を当てて思案する。
「どれもいい販促案だったんだけど……この中だと、やっぱりアプリを使った相川さんと横山さんのアイデアが良かったかな……公式アプリに機能を追加するだけだからコスト的に助かるよね」
課長に褒められたのはうれしかったが、アイデアをパクった和恵と同列にされるのは微妙な気分だった。
(ゴミ箱に企画案書を捨てた私もワキが甘かった……これからはちゃんとシュレッダーにかけよう……)
そんな反省をしていると、隣の席の和恵が顔を寄せ、耳元でささやいた。
「相川さん、マイレージのアイデアって、私が教えたアメリカのドーナツチェーンの話を参考にした?」
「え?……」
まるで企画の元ネタが彼女で、早希がパクったかのような言い草だ。なお、耳打ちするように見せただけで他の社員に丸聞こえである。
「いえ、違います……」
怒りを押し殺すと、和恵が下手くそなウインクをした。
「ってことにしておくね、今回は――」
早希は悔しさで唇を噛んだ。先輩でなければ喰ってかかるところだ。
(なにが元カリスマ社員よ……ただのパクリ魔のモンスター社員じゃない!)
「まあまあ、いいアイデアだからこそ〝被った〟んじゃないかな」
課長がなだめ、気を取り直して告げた。
「横山さんと相川さんは、次の会議で予算も含めて、案をより具体的にブラッシュアップしてきてほしい。あ、もちろん新しい企画案もまだ募集しているから、追加の提案は大歓迎だ」
課長がそう言って会議を締めた。
◇
夜、早希はオフィスで残業していた。フロアに他に社員はいない。
(ふう……)
マウスを動かす手を止め、息をつく。
和恵と販促案が〝被った〟ため、新しい企画案を練っているところだった。
今のままでは唐揚げマイレージの担当は和恵になるだろう。以前、ウチで働いていた和恵は社内外にツテが多い。悔しいが企画を形にする力が若手の自分たちよりある。
(だから人の企画をパクっても手柄を横取りできるんだよね……)
そこで新規の販促案も練っているのだが、どうにも腹の虫がおさまらない。
(何か仕返しをしてやる方法はないかな……)
コーヒーを買いに席を立つ。課長の席の横を通り過ぎたとき、机の上で目がとまった。
(企画案書?……)
表紙に課長の名前が記されている。パラパラとめくって中身を確認する。どうやら課長自身も販促案を用意していたらしい。
早希はホッチキスを外し、コピー機で複写した後、課長の机の上に戻した。
自分の席に戻ると、表紙を自分の名前に書き換え、わざと目立つようにゴミ箱に放り込んでおいた。
(こうしておけば、明日の朝、出社してきたあの女が見つけるはず……)
上司の企画だと知らずにパクるはずだ。さすがに課長も自分の企画が盗まれれば、和恵の正体に気づくだろう。
◇
「では会議を始めます。新規の企画がある人はいますか?」
中越課長がテーブルを見渡すと、和恵が「あります」と自信満々に言い、企画案書のコピーを全員に配る。
「この企画は唐揚げを購入した人がいたら、どんなお惣菜やドリンク、スイーツが合うのか、食材の組み合わせをアプリに配信するというアイデアです」
隣で説明を聞きながら早希はほくそ笑んだ。
(やっぱりゴミ箱に入ってた私の企画案書を見たんだ……もとは課長の企画なのに……ぷぷっ、大恥をかけばいいのよ……)
ちらっと課長の方を見た。自分の企画がまんま使われていることに気づいたのか、無表情である。
和恵の説明を聞いた後、口を開いた。
「……なるほど。唐揚げだけじゃなく、他の商品の販促にもつなげるわけか。うん、いいアイデアじゃないか」
早希はいぶかしげに眉根を寄せた。
(え?……なんで課長は怒らないの? 自分の企画が盗まれたのに……)
結局、販促企画は唐揚げマイレージと食材の組み合わせ提案が採用され、担当は二つの案を出した横山和恵になった。
会議が終わり、オフィスに戻った早希は、課長が怒らなかったことを不思議がり、ことのあらましを新人の馬淵仁絵に明かした。
「……あれ、私が課長に提出した企画なんです……」
仁絵がぽつりと告白する。
「えっ!? そうだったの?」
「はい……課長がおまえの名前じゃ上に通らないから俺の企画ってことにしておくって……」
課長自身も部下の企画をパクっていたのだ。だから、和恵に企画を盗まれても文句を言わなかったのだろう。
「誰も彼もパクリばっかり……ほんっと腹が立つ……ねえ、課長や和恵さんがやってること、ぜんぶ部長にバラしちゃいなよ」
ためらう新人を説得し、課長の席に連れて行った。
「課長――」
早希は上司に詰め寄った。
「聞きました。あの企画、元は馬淵さんの企画だったそうじゃないですか。横山主任も私の企画を盗んでます。みな、必死に企画を考えているんです。もっと企画の提出者を尊重してください」
早希の迫力に押され、課長はタジタジだった。そのときだ――
「あら、パクッたのは誰かしら?」
横山和恵がそばに立っていた。
「……どういうことですか?」
「あなたの出した唐揚げマイレージはノルウェーのシーフード会社リロイの企画そっくりだし、購入した商品に合わせてレシピを送る案もアメリカのスーパーマーケットチェーン、ウェンディーの販促案とほぼ同じよ」
「そ、それは……知らなかっただけで……」
「知らなかったで言い訳になるの? 外部の人から見れば他社のアイデアをパクッたって思うでしょうね。それとも海外の企業だからセーフなのかしら?」
「…………」
「いい? 完全にオリジナルのアイデアなんてないのよ。みんな、誰かのアイデアのパクリなの。偉そうにプランナー気取りで、いっちょまえに権利を主張するのはやめてほしいわね」
「それは言い過ぎです! 横山さんこそ、私や馬淵さんのアイデアを盗んだくせに偉そうなことを言えるんですか?」
早希が和恵の顔をにらみつける。
「もうやめてください!」
新人の仁絵が叫び、場が静まった。
「あれはもともと私の企画じゃないんです。早希さんのアイデアなんです」
「私の?……」
「……前に早希さんがスーパーで食材を適当に買って、最適なレシピがスマホに届いたらいいのにねって話されているのを聞いて……だからあれは早希さんの企画みたいなものなんです……」
早希はあ然とした。巡り巡ってまさか自分がアイデアの源泉だったとは。
「でも私との会話がきっかけだったとしても、あなたが作った販促案なのは間違いないんじゃないの?」
「……いいんです。横山さんがおっしゃるように、別にあの販促案にすごいオリジナリティがあるわけじゃありません。海外での例も知っていました……」
身体の脇で拳を握りしめ、仁絵は続けた。
「企画案はただの〝案〟なんです。机上のアイデアで、まだ何も形になってません。それを誰が考えたとか、誰のものだとか言っても意味がないんです……実際にそれを形にできる力の方が大事なんです。けど、今の私にはあの企画を実現できるだけの社内の人脈も、外部の人とのツテもありません……」
早希は押し黙った。和恵はたしかに人の企画を盗む最低な女だが、他部署を巻き込み、企画を実行に移す人脈と交渉力、何よりタフさがあった。
パンパンパンとゆっくり手を打つ音が聞こえた。和恵が手を叩いていた。
「それでいいのよ、ガールズたち」
母のように優しい顔で早希たちを見つめる。
「ビジネスパーソンにとっていちばん大切なのは、企画力よりも机上の案を形にする行動力。それがわかるまで私があえて壁になろうとしたけど……もうその必要はなさそうね」
ふっと笑みを洩らし、課長に顔を向ける。
「中越課長、今回の販促、すべて彼女たちに任せてはどうでしょう?」
「しかし……」
「責任を与えなくては成長もありません。彼女たち、きっとやり遂げると思いますよ」
和恵が若手たちに顔を向け、でもね、と言った。
「もしあなたたちが途中で投げ出す素振りを見せたら、すぐに私が担当を乗っ取りますからね」
やっぱりパクるんだ、と早希は思った。
(完)
モンスター社員・横山和恵が登場する作品は、他に「隣の席のモンスター社員」という短編があります。