自惚れども、バカにしあっている
この物語の主人公はこの男。彼は生まれたときから賢かった。彼は相手のレベルに合わせて活動することを心がけていて、幼い時から基本的に同年代に慕われる立場にいた。相手のレベルに合わせようと常日頃から心がけていると言うのは、ある種の自惚れだと思う。そのくらい彼は賢かった。
自分より下の人間に優しさを振り撒くことで、彼は快楽を得ていた。
いつも通りの朝。いつも通りに登校して、いつも通りに教室に入り、席に座る。後ろの席で、今日行われる数学のテストの確認をしあっている声が聞こえる。
「これ代入法で解いた方が早いよね。」
「そうだね。加減法でもできないことはないけどね。」
なぜこんな当たり前のことを質問しあっているのか。バカだなぁと思いつつも、彼は自分にも心当たりがありまくりだった。後ろの席の人は、相手のレベルに合わせようとこんな簡単な質問をしているのだ。相手のレベルがどのくらいなのかわからないから、とりあえず簡単なことを聞いてみる。これは僕もよくやるなと、彼は納得した。ただ、こんなことをしているから周りの人はさっきの自分のように彼らのことをバカだと思っているだろうとも思っていた。
そんなことを思っていると、前の席の人が振り向いて話しかけてきた。
「『確かめよう』の括弧3のxって6になるよね。」
「あぁ、そうだね。悩んでるの。」
悩んでいるわけないと思いつつも聞いてみる。相手もそうだろう。
「いや、ちょっと計算ミスったと思って。」
これは間違いなく嘘だ。彼は今の会話でも、周りから会話が低レベルだなぁと印象づけられただろうと思った。それに、斜め後ろの席の女子が吹き出しかけていた。
その日は、何事もなく終わった。
次の日。いつも通りの朝だが、今日は社会の単元テストがある。朝だけじゃなく、ノー勉なのもいつも通りである。適当に教科書をめくっていると、昨日笑っていた女子が話しかけてきた。この女が笑ったことを、昨日彼はちょっと根に持っていた。それを表に出してはいけない、とは思っていたが、自分ができる人間であることを見せつけるために真面目に答えようとして、話を聞いた。
「徳川家康の康って、健康の康ですよね。」
彼はどうやって質問に答えるか、わからなかった。