一月後に俺のことが好きで好きでたまらなくなるツンデレの婚約者
めっちゃ伸びてて嬉しい
「勘違いしないでよね! あんたのことなんて好きでもなんでもないんだから!」
料亭の一室に響き渡る甲高い女性の声。
婚約者の女性と会った時の第一声がそれだった。
まるでアニメのツンデレ少女のテンプレのようなセリフだ。
アニメとかでよくあるだろう。ツンデレの女子が、本当は好きなのに照れ隠しでつい相手を嫌いだと言ってしまうということが。
しかし、今回の場合はそれではない。
彼女は本当に俺のことが好きではないのだ。
彼女の名前は弓野エリカ。
俺の婚約者である19歳の女子大生だ。
一年後には俺たちは結婚することが決まっている。
だがしかし、さっきの言葉の通りエリカは俺のことが好きではない。
この結婚は、政略結婚。
つまりは愛のない結婚である。
彼女は別にツンデレなのではなく、本当に俺のことが好きではないのだ。
とはいえわざわざ好きじゃないなんて言う必要はないと思うが……。
まあ、彼女はまっすぐで嘘のつけない性格なのだろう。
そう思うことにしよう。
俺は相馬祐介。
今年大学生になったばかりの19歳。
日々成長を遂げつつある企業の社長を父にもち、将来は父の会社を継ぐために勉強している、いわゆる御曹司というものだ。
しかし御曹司といっても別に気軽な立場ではない。
やらなければならないこと、果たさなければいけない義務はたくさんある。
特に結婚がそうだ。
企業をより大きくするため、別の企業との結びつきを強くするために、他の会社の社長令嬢との結婚が定められている。
先述した通りの政略結婚である。
で、その社長令嬢というのが彼女なのだが。
この令嬢がまあさっきの言葉どおりにだいぶツンツンしていてなあ。
顔は美人なのにもったいない。
「あの、エリカさん」
「なによ! 名前で呼んじゃって! 別に貴方に名前を呼ばれても嬉しくないんだからね!」
「あ、はい」
こういったツンデレのテンプレ台詞に騙されてはいけない。エリカのこれは本音だ。
知らず知らずのうちにツンデレっぽい言動をしてしまう人なのだろう。
もしかしてツンデレの元になった人なのではないのか?
彼女を見た人物が、ツンデレという特徴を考え付いたのではないか?
さすがにそれはないか。
そんな風に、無意識なのかことあるごとにツンデレ用語を使いながらも話すエリカと食事を共にする。
食事を挟みながら数十分ほどはなしただろうか。
ある程度互いのことを話し終えた後、俺は口を開いた。
話さなければならないことがあるのだ。
「そういえば、聞いているとは思うけど。俺たち一緒に暮らすんだよね」
まだ婚約者の段階だがすでに俺と彼女は同棲することが決まっている。
いつから?
今日から。
もちろん二人きりの同棲である。
急に決まったことではなく、顔合わせのずっと前からこのことは決まっていた。
二人の新居にはすでに諸々の家具や私物が運ばれている。
この顔合わせが終わったら二人仲良くそのまま同じ家に、というわけだ。
その新居は都内のいいとこにあるマンションなのだが、社長である父がポンと買ってくれた。
いやはやさすがは金持ちだぜ……。
「同棲のことは問題ないわよ。どうせ結婚したら人生の長い時間を一緒にすごすんだから、それが一年早くなっただけの話だしね。でも言っておかなきゃいけないことがあるの」
「言っておかなきゃいけないこと?」
「ええ。弓野家の女として、妻としての義務は果たしてあげる。家事も育児も私が担当するわ。子供だって作る。そ、そういうことだってする覚悟はあるわ。でもね――」
ひと呼吸置き、エリカは言う。
「だからといって私の心を自分のものにできるだなんて思わないでね!」
立ち上がり、「ビシィッ!」と擬音が出そうなほど鮮やかに俺のことを指でさすエリカ。
……これはわざと言っているのだろうか?
知ってなきゃふつう出てこねえよこんなセリフ。
「私の心は誰にも支配されないの! 当てがはずれたわね!」
どや顔でそんなことを言っている俺の婚約者。
当てが外れたってなんだよいったい。
こんな感じで俺たちの結婚生活は大丈夫なのだろうか……。
とまあ。こうして、一年後に結婚することが決まっている二人のファーストコンタクトは終わったのだった。
食事が終わり、趣味とか好きな映画とか他愛ないことをいくらか話した後。
料亭を出る際に、エリカはまたしても確認するかのように言ってきた。
「覚えていなさい! あんたのことなんて絶対好きにならないから!」
漫画やアニメだったら絶対に俺のこと好きになる奴だなあこれ。
まあ、これは漫画でもアニメでもなくて現実だからそんなことにはならないけどな。
●
そして、同棲が始まって一週間たった。
その間、エリカと一緒に暮らしていたが、意外なことに彼女は何の問題も起こしていない。
いや、意外とか言ったら失礼なのだが。
ツンツンしてはいるものの、同棲なんかしていられないと出ていったり家事をボイコットすることはない。
むしろなんだかんだ気遣いもできるし、大変な家事も率先してやってくれる。
まだ結婚前の段階でありながら、主婦としての仕事を行ってくれているのだ。
まあ俺も全ての家事を彼女一人に任せたくはないから手伝ってはいるのだが……。
しかしそれでも、彼女が家事の大部分をやってくれている。
俺のやっている家事なんてゴミ出しと食後の皿洗いくらいだ。
それに、最初に比べていくぶんかエリカの態度も柔らかくなった気がする。
こう……なんていうか、本気で俺を嫌っているわけではないのだと感じる。
気のせいかもしれないけど。
そんなことを考えながら、俺は夕食後に皿洗いをしていた。
二人分の皿だから量はそんなに多くない。
すぐ洗い終わってしまった。
「あら、もう終わったの?」
全ての食器を洗った後、エリカが話しかけてきた。
「全部任せちゃったわね。ありがとう」
「いやいいよ。いつも他の家事やってくれてるんだし。今日も美味しい料理作ってくれたじゃん。食器洗いくらいまかせてよ」
「そんな美味しいだなんて。お世辞いわなくてもいいのよ?」
「お世辞じゃなくてほんとに美味しいよ。料理上手なんだな」
「え、そ、そう?」
「ああ。こんなご飯が毎日食べられるなんて幸せだな」
「そ、そうなんだ……。えへへ、ありがとう」
俺の言葉を聞いて、はにかむように笑って喜ぶエリカ。
とっても可愛い。
いつものツンツンしている顔も美人で魅力的だが、笑うと可愛くてとっても魅力的だ。
と、その時、笑って喜ぶ自分に気が付いたのだろう。
ハッとした後、エリカは顔を真っ赤にしながらこちらに指を突きつけながら叫ぶ。
「何よ! べ、別にあんたに料理を褒められても嬉しくなんてないから!」
「そうか? まあエリカが嬉しくなくても俺は言うぞ。エリカの料理は好きだしな」
「す、好き!?」
俺の言葉に目を丸くして驚くエリカ。
目を見開いて茫然としている。
「いいい、いきなり何よまったく。好きだなんて……」
「本心だが」
「うっさいうっさい! なんでそういうドキッとすることばっかり言うのよあんたは!」
「普通に話してるだけなんだが」
「普通じゃないわよ! だいたいねえ、この一週間あんたの言動にドキドキしっぱなしなのよ私は! おかげで夜もまともに寝れないでいるの! どうしてくれるの!」
「そんなこと言われても。俺だってまともに寝てないんだぞ。隣でお前が寝てて緊張しているからな」
婚約者の俺たちは同じ部屋で寝ている。
まあ出会ってまだ一週間の仲だから何もしちゃいないが……。
しかしすぐ近くで美人の女子が寝ているという事実に緊張してまともに寝られなかった。
「あ、あんたも緊張していたんだ……」
「ああ。美人が隣にいるとどうもな」
「またそういうことを言って……。うううううぅぅぅ……。なによもぅ。なんなのようぅぅ」
顔を下げてぶつぶつ呟くエリカ。
もう顔どころか耳まで真っ赤だ。
数秒間そうしていた後、ある程度調子を取り戻したのか彼女は顔を上げてキッと俺を睨んだ。
「調子に乗らないでね! こんなことで好きになんかなったりしないんだから! まだ恋に落ちてないんだからぁ!」
最後に捨て台詞を吐いて彼女は自室へと引っ込んだ。
●
同棲して二週間たった。
その日は日曜日。
大学の授業もないからエリカとゆっくり一緒に朝食を食べることができる。
朝食を用意してくれたのは彼女だ。
もうすでに出来上がっていて、あとは皿にならべるだけの状態だ。
毎日朝早く起きて料理をしてもらっているわけだから、正直申し訳なく思う気持ちはある。わずかばかりの手伝いとして、俺はお皿をならべようと食器棚に近づいて――
「「あ」」
同じように皿を取り出そうとしたエリカと手が触れてしまった。
一瞬エリカは固まり、その後バッと手を離した。
「ちょ、ちょっと! なに触ってんのよ!」
彼女は顔を真っ赤にしながら手をぎゅっと抑えている。
「あ、ごめん。わざとじゃないんだ」
「気をつけなさいよね! ド、ドキドキするじゃないの! これ以上好きになったらどうしてくれるの!」
「ごめんな。次からは気を付け――、ん?」
あれ? いまなにかおかしかったような。
「あ、あのー。エリカ?」
「なに?」
「いまこれ以上好きにって言ってたような」
「は、はあ!? 聞き間違いじゃないの!?」
彼女は慌てながらも言い訳をしている。
ちなみにその間も胸の前でずっと手を抑えていた。
「ええー? 聞き間違いかなあ」
「間違いよ間違い! 勘違いしないで! あなたのことなんてまだ大好きじゃないんだから!」
そう捨て台詞を吐いて、彼女はまたしても自分の部屋へと駆けて行った。
このままじゃ当分帰ってこないだろう。
そう判断した俺は彼女の分のごはんにサランラップをかけるためにキッチンへとむかった。
●
そして同棲が始まって一か月たったころ。
「ね、ねえ。そろそろいいんじゃない?」
夜、寝る前にエリカがそう話しかけてきた。
「え? いいって何が?」
「ほら、あれよ。いいっていうのは、その、あの……夫婦の……いとなみ、てきな……」
ごにょごにょと、エリカは顔を真っ赤にしながら呟く。
話すにつれてその声は小さくなっていった。
いつもはツンツンしていて大きな声で自分の意見を主張する彼女だが、今はそのなりを潜めいる。声は小さくてずいぶんしおらしい。
正直、とっても可愛かった。
「夫婦の、って」
「夫婦のは夫婦のよ! 子供じゃないんだからわかるでしょ!」
「それはわかってるよ」
「じゃ、じゃあいいじゃない。それともなに? 私とはできないっていうの?」
「できるよ。当たり前だろ。でもなんでいきなり」
「いきなりじゃないでしょ。私たちはもう、婚約者なんだし」
「俺たちは確かに婚約者だけど、でもまだ結婚はしてないわけだろ? そりゃまあ子供を作ることも望まれているんだろうけど、今すぐやらなきゃいけないってわけじゃないし」
「それは。そうだけどぉ……」
「焦る必要はない。そういうのはもっとお互いのことを知って、お互いのことを好きになってからすればいいさ」
「好きになってから、っていうか……私は、もう……」
「まあまだ俺たちは出会って一か月しか経っていないわけだしな。エリカは俺のことをまだそこまで好きになっていないかもしれないけど――」
「好きよ!」
俺が言葉を続けるのを待たず、エリカは大きな声でそう言った。
「……え?」
「好きって言ったのよ! わからないなら何度でもいうわよ!」
「好きよ好き。大好き。大好き大好き大好き大好き。貴方のことが大大大大大大だぁ~い好きなの! なによ! 悪い!?」
そして顔を真っ赤にしながら叫ぶようにまくし立てる。
「え、でも、この前は俺のことを好きじゃないって」
「ええそうよ! 言ったわよ! 全然まったくすきじゃなかったわよ!」
「じゃあなんで今は」
「はあ!? そんなの決まってるでしょ!」
「一か月で貴方のことが好きで好きでたまらなくなっちゃったのよ!」
エリカはそう大声で言い放った。
「だって貴方、料理とか家事とか、ことあるごとに褒めてくれるし。そういうのけっこう嬉しいし。私が態度悪くても優しくしてくれるし。私がドキッてなるようなこと言ってくるし。こんなの好きにならないわけないじゃない」
照れながらも言葉を続けるエリカ。
「だから私は貴方のことが好きなの! 文句ある!? あっても好きなのは止められないからどうしようもできないけどね!」
そして照れがピークに達したのか、またツンデレを発揮させて「ふん!」と腕組みする。
「いや、文句はないよ」
文句はあるはずもない。
エリカが俺のことを好きになってくれるのは、とても嬉しい。
だって――
だって俺も、この一か月でエリカのことが好きで好きでたまらなくなっているのだから。
「俺もエリカのことが好きだ」
「……え!」
俺の言葉に驚いて彼女は目を丸くする。
「そんな驚くことないだろ。エリカは美人だし、料理も家事も上手だし、勝気なところはあるけど気遣いとかもできて優しいし。そりゃ一緒に暮らしてたら好きになっちゃうよ」
「そ、そんな褒めてもらっても嬉しくないんだから!」
ふん! とそっぽを向く。
「え? 嬉しくないの?」
さっきは嬉しいって言ってたのに。
「嬉しいわよ! 褒めてくれてありがとう!」
ツンツンしながらもきちんと礼を言ってくる。
律儀だな。
可愛い。
「ていうかじゃあ、私たちは両思いってことね」
「ああ。お互い一か月で相手のことを好きになるなんてな」
結婚は惚れよりも慣れという。
特に政略結婚では慣れが重要だと父から言われていたが、まさか慣れる前にお互い惚れてしまうとはな。
慣れる前というか、まだ結婚もしてないけどな。
俺も彼女もすごくちょろい。
そういう意味では似た物夫婦だったのかもしれない。
いやまだ夫婦じゃないか。
まあでも実質夫婦みたいなものだろう。
このあと、夫婦のいとなみもやるのだし。
「じゃあ、するか」
「するって……」
「もちろん。夫婦のいとなみ」
「え、ええ。そうよね。もちろんそうよね」
エリカが俺の胸に顔をうずめる。
そして小さな、けれど聞こえる程度の声で囁きかけてくる。
「ふんだ。勘違いしないでよね。貴方のことなんて好きじゃないんだから。大好きなんだから」
「知ってるよ。俺もエリカのことが大好きだ」
互いに囁いたあと。
俺とエリカは互いに抱き合い、キスをした。
ちなみに一年後、俺たちの結婚が政略結婚からできちゃった婚になってしまうのだが、それはまた別の話である。
面白かったら感想とかブクマとかよろしくね!
喜ぶから!