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愛らしい人

「ルシアは……あ、いえ、ルシア様は、公爵夫人でしたの……?」


 侍女であるルシアの立ち居振る舞いは完璧だったから、爵位を持つ女性だとは思っていたのだが、まさか公爵夫人が侍女をしているなどと予想だにしていなかったエルミーナが呆然と呟くと、レガートが肩を竦める。


「元々は伯爵令嬢で乳母である母と共に私の侍女をしていたのだが、ヴァンダル公爵家の長子だったユーグと結婚して公爵夫人となってな。ただ、侍女の仕事が好きだと言って今も人手が足りない時は出仕していたが、今回、貴女の傍につくのは信頼できる者にしたいと思って彼女に相談した所、自分が付くと立候補してくれた。エルミーナの事はとても気に入っている様だから、遠慮はしなくて大丈夫だ」


「そう……でしたのね。わたくし、ルシア様には本当に良くして頂いて……その上養子縁組まで受けて頂けるなんて。後で改めて感謝を伝えさせていただきますわ」


「ああ。これで養子縁組については解決だ。他に望みはあるか?」


 未だ衝撃が冷めやらぬエルミーナの頬に指先でそっと触れながら、レガートが尋ねた。


「……その、いずれ、時間が掛かろうとも必ずお返しいたしますので、わたくしに、人の国では易々と手に入らない素材の最高級のドレスをお作りいただけないでしょうか。また、さしさわりの無い範囲で構いませんので宝飾品もお貸しいただきたく……」


 物品をねだるなど、あまりにもはしたないと強い羞恥を感じながらも願うと、レガートは肩を揺らして笑う。


「返す必要など無い。エルミーナは私の番だ。王の番の為の予算は私が王位についてから数百年、毎年使われる事無く蓄積されているし、私の個人的な資産は幾らでも使って構わない。それに国が所有する宝石類はどれでも好きに使っていい。ドレスについては全て私から贈らせてくれ。……ただ、私は女性の服装に関しては疎いからな、ルシアに相談すれば最高の装いを作ってくれるだろう。件の異母妹や貴女の実母を妬ましさの余り憤死させるほどのものを、な」


 に、と悪戯っぽく笑うレガートの顔が悪だくみをする少年の様で、思わずエルミーナはくすりと笑った。


「ありがとう存じます。……このドレスに関しては、わたくしの我儘ですわ。とても時間はかかると思いますが、少しずつでもお返ししたいのです。お金でなくとも、わたくしに出来る働きで」


 エルミーナが彼の番として遇される以上、自力で金銭を稼ぐのはきっと難しいであろうからその分はこの国やレガートの役に立つ事で返したい、と思う。

 莫大な富を持つ竜王の番であれば、返す事など考えなくても良いと言うのは一般常識で理解しているが、まだ彼の番であるという事実を受け入れきれていないエルミーナとしては、可能な限りレガートと対等に近い位置に立って、レオナルドの時の様に依存する事なく互いの事を考えたかった。


「そうか……。そうだな。エルミーナの願う通りにしよう。いつか、貴女が私に甘えても良いと思った時には甘えて欲しい。ああ、ただ、安全の為に貴女をこの城以外で暮らさせる事は出来ない事と、城での生活に必要な物……食事や衣服、様々な物品については私に負担させてくれ。王として、番である貴女の生活に関わる費用を負担出来ないと周囲に思われてしまうし、養子となる公爵家の忠誠や財政状況も疑われてしまう」


 エルミーナの想いを理解してくれたらしいレガートの言葉に頷きを返す。

 無力な人間の娘である竜の番など、竜の力を欲する様々な勢力からの恰好の標的に他ならない。

 救われてからは、可能ならばいずれ市井に降りて学んだ知識を元に何かしらの仕事を見付けようと思っていたが、そんな事を迂闊に実行すれば自分だけではなく周囲の命すら危険に晒すのは明白で、レガートの元で保護されたまま暮らすのが最適だと理解していた。

 そうなれば、貴族や王族の装いや生活は常に人目に晒され、ほんのわずかな綻びですら権力の衰退に結び付けて考えられるから、身分に相応しいものを身に着ける必要がある。

 今の、身分を持たない身には分不相応と思わない事もないが、レガートの立場を考えてそこは固辞せず受け入れた。


「ありがたく、お世話になります。あの、日常に使うドレスに関しては衣裳部屋にある分だけでも当面の間は十分かと。夜会や茶会などにレガート様の番として出るのならば、新たに仕立てる必要があるでしょうが……」


 先程見たあの大量のドレスを思い浮かべて言うと、レガートは苦笑する。


「あれはルシアに頼んで取り急ぎエルミーナの寸法で集めた既製品ばかりだ。どんなドレスを好むか解らなかったから、手あたり次第集めたらあの数になってしまってな。体は回復しているようだから、近日中に仕立て屋の類を呼ぶつもりで手配してある。ルシアと相談して、エルミーナの好みを取り入れながら必要な物を仕立てて欲しい。ああ、あのドレスは下級貴族の女性達に下賜するとルシアが言っていたから、気にしないでくれ。城の侍女達から既に噂が回って、皆楽しみにしているそうだ」


 先回りするように言われ、エルミーナは目をしばたたいた。

 ランドルでも、王族や高位貴族の女性のドレスの殆ど、特に夜会用の物は一度、もしくは二、三度だけしか着られることが無く、思い入れのある物以外は下位の女性へと下賜される。

 そのままで着る事は少なく、寸法やデザインを少しずつ直すので、高位女性の為に作られるドレスはそれを織り込んだうえで縫い代を広く作ってあるのが常だった。

 どの国でも下位の女性たちが下賜を心待ちにしているのは知っているから、まさにその対象である者達が楽しみにしていると聞いてしまえば固辞もし難い。


「……図りましたわね?」


 エルミーナが断れない様に噂を先に流したのだと判じて苦笑交じりに睨めば、レガートは肩を竦めた。


「ルシアから、姫君はとても無欲かつ謙虚、更には何事についても遠慮しがちだと聞いていたのでな。固辞されると踏んで、先んじて告知しておいた。勿論エルミーナについている三人も下賜の対象だ。彼女らの楽しみを奪いはしないだろう?」


悪戯の成功を喜ぶような笑みに苦笑を深くしながら、エルミーナは頷く。


「そんな恨まれる様な事は致しかねますわ。……ドレスについても、ご厚情に甘えさせていただきます。……わたくしの、これからのこの国での扱いは……その、レガート様の番である事は、公表されるのでしょうか?」


 気になっていた事を尋ねると、レガートはしばし考えてから答えた。


「そうだな……いずれ公開せねばならないし、今も上層部には通達してあるが、とりあえずはエルミーナが落ち着くまで伏せるとしよう。ただ……その、だな。復讐の効果を考えればランドル王太子の婚礼前には公表し、正式に結婚……は難しくとも婚約をした方が良いと思うのだが……どうだろうか」


 拒否される事を恐れる様な声音で提案するレガートは、客観的に見れば恐ろしい程の美貌でありながら、なんとも言えない人間臭さがある。


 エルミーナが以前想像していた竜王は、この上なく美しく威厳のある、神話的な神々しさを持つ存在だった。

 しかし、実際に接した彼は、確かに沈黙していれば神々しい程に美しいのだが、端々の言葉や表情、行動が妙に可愛らしいものに感じられる。

 今の、出来れば受け入れて欲しいが無理強いして嫌われるのも怖い、と思っているのがありありと解る表情もやはり微笑ましくて角の生えた頭を子供にするように撫でたら喜ぶだろうか、と密かに思った。


 最初は直視出来なかった美貌も、様々な衝撃を経た上に、案外気安い口調の言葉遣いもあって慣れてしまったのか、今は気を抜かなければ狼狽えずに見られる様になっている。


 まだ、自分がこの美しい青年の番だという事は受け止め切れていないが、それでも肩が触れる程の距離で座り、時折触れる手のぬくもりを感じ、言葉を交わす間にずっと張り詰めていた心が和らいで来たのは感じていた。


 かつてのエルミーナはレオナルドとの茶会をいつも心待ちにしていて、どんなにつれなくされようとも傍にいられるだけで嬉しいと思っていた。

 しかし、彼との関りでこんな風に心が安らいだり、さりげない言葉に頬が熱くなったことは無い。

 胸の奥に生まれた未知の感情をなんと呼ぶのか、エルミーナは薄っすらと察していたが、まだはっきりと己の居場所を確立出来てもいないのにそれを受け入れるには時期尚早と考えて一旦横に置いた。


「……確実ではありませんけれど……恐らく、それまでには、わたくしも受け入れられているのではないかと、思います。これからまだ一年ありますし、レガート様の事を少しずつでも知っていけば、きっと。レガート様がご多忙な身である事は承知しておりますが……その、あなたの事を知っていく為に、こうしてお話する機会をこれからも設けて頂けますか……?」


 まだ受け入れる事への戸惑いや恐ろしさはあるが、それでも、レガートと色々な話をしてみたいと思う気持ちは素直に伝えると青い目が僅かに見開かれ、次いで喜色に満ちる。


「勿論だ! 何を置いても毎日時間を作ろう。ああ、そうだ。今夜の晩餐を共にしては貰えぬか? エルミーナが好む物をなんでも作らせよう!」


 喜び勇んで提案する姿は、竜と言うより大きな犬がじゃれつく様でなんとも愛らしく、エルミーナは思わずくすくすと笑った。

 エルミーナ自身は犬を飼った事も間近で触れたこともないのだが、屋敷の庭園で番犬として飼われていた犬が庭番にじゃれつく姿は窓から良く見ていて、楽し気なその姿を羨ましくも微笑ましく見ていたのを思い出す。


「竜王陛下と言えば、とても神々しく恐れ多い方に違いないと思っておりましたが……本当は愛らしいお方でしたのね」


 思わず心に浮かんだままの言葉を零すと、蒼い瞳が驚いたようにぱちぱちと瞬いてから破顔した。




お読みいただきありがとうございました。

ブクマ、評価、誤字報告いつもありがとうございます。

女性側が男性に「可愛い」と思う瞬間がとても好きなのでやっと書けて楽しかったです。

続きが読みたい、面白かったなどありましたら、ブクマ・評価を入れていただけると嬉しいです。

明日も13時に更新予定です。よろしくお願いします。


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