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復讐の為に

「…………惚れ直した」


 俯いたエルミーナの耳に届いた予想外の言葉に、思わずそちらを見上げると、レガートはその秀麗な顔を僅かに赤らめ、陶然とした目でこちらを見下ろしている。


「……レガート様……?」


「良き番を見付けると幾度となく惚れ直すと聞いてはいたが……その通りだ。エルミーナ。貴女を見出した時、余りにも力なく、今にも息絶えてしまいそうな姿にも関わらず、抱き起した私に、握り締めていた石で攻撃を仕掛けて来たのを覚えているか?」


「……!? わ、わたくし、その様な事を……!? も、申し訳ありません……余り覚えてはおりませんが……獣や盗賊や、薪を採りに来る民を恐れておりましたので……そのせいかと……」


 幾ら番とは言えども高貴な竜族に攻撃を仕掛けたと聞いて蒼白になっていると、レガートは楽し気に笑ってエルミーナの体を軽く抱きしめてから目を覗き込んだ。


「謝る事は無い。あの時、あんなにか弱く、満身創痍の身でありながら生き延びようと必死になる姿の美しさに心が震えた。番である以上当然これまでにない程の好意を寄せてはいたが、思えばそれは最低値だったのだろうな。生きるために足掻くエルミーナを見た時、それまでより遥かに強い愛しさが沸き上がったのだ。そして今……怒りに震えるエルミーナを見て、その想いが更に強まった」


 うっとりとした声音で連ねられる言葉に嘘が無い事は、その陶然とした声と眼差しから伝わってくる。


「……今のわたくしに、でございますか……?」


 不思議に思って思わず問い返す。

 少なくともランドルを始めとする人間の国では、女性はたおやかで優しく、美しいか愛らしくある者が好まれる。

 賢さを求めるか愛玩動物的な愛らしさを求めるかは人の好みによるが、ぼろぼろの服で髪を振り乱した姿や怒りと憎しみに震える姿を美しいという言葉は聞いた事が無かった。


「ああ。エルミーナの姿はとても嫋やかで、清楚かつ気品に溢れ、美しい。その姿のままの貴女でも勿論私は愛するだろうが、そんな優し気なエルミーナの目が怒りに燃える様はあまりにも鮮烈で……心が震える。エルミーナが私の番である事を、心から神々に感謝した。改めて……私との結婚を前向きに考えてくれないだろうか。エルミーナになら幾らでも利用されたいし、して欲しい。勿論、貴女が望む形での復讐の為に必要な事はなんでも協力しよう」


 偽りなど疑いようのない程に愛情のこもった声で囁かれ、エルミーナは僅かに俯くと思考を巡らせる。


 たとえエルミーナが同じだけの愛情を返さずとも、きっとレガートは望みを叶えてくれるだろう。

 しかし、それにただ縋るのはエルミーナの中に生まれた誇りと意地が許さない。


「……客観的に考えますと……わたくしは、今の段階でもレガート様に惹かれつつあると、そう思います」


 意を決して言うと、蒼い瞳が輝いた。


「ですが……正直な所、急なお話過ぎてまだわたくし自身の心を図りかねております。……それに、レガート様との未来を考える上で、やはり縋ってばかりいるのは良くない、と」


「私としては縋って欲しい所だが……エルミーナの気高さもまた愛しい所だ。貴女の気持ちを尊重しよう」


 再び手を取り、指先に口付けたレガートの笑みを含んだ言葉に心が温まるのを感じつつ、エルミーナは再び彼を見上げる。


「……わたくしは、レガート様の隣に立つならば、それにふさわしいわたくしでありたいと、そう思うのです。復讐も、その後の未来も、ただレガート様の想いに縋り、寄りかかるのではなく、わたくし自身の価値を、あの方達に、この竜の国に、そしてわたくし自身に対して示したい。それを果たせて初めて、わたくしは自信をもってレガート様に向き合えるのだと」


 美しくも男らしい大きな手に包み込まれていた手に他方の手を添え、逆にレガートの手を包みながら、まっすぐにその目を見上げて心に浮かび上がったままの言葉を紡いだ。


「わたくしが、この国で一体何を成せるのか、まだ解りません。わたくしがこれまで受けて来た教育だけでは足りぬ部分も多いでしょう。ですから、レガート様にお願いがあるのです」


「願い? ああ、どんな願いでも聞き入れよう。さあ、言ってみるがいい」


 これ以上ない程にいとおしい物を見る眼差しで見下ろしていたレガートが、エルミーナの言葉を受けて嬉し気に細められる。


「ありがとう存じます。……わたくしに、この国の事を教え、わたくしの不足を補う教師を付けて頂きたいのです。まずは一か月、この国について学ばせてくださいませ。その次の一か月で、わたくしがこの国で何を成せるかを模索致します。その時には、識者の方と意見を交わさせていただき、また、模索の為に市井や各省等への視察を行わせていただきたいのです」


「………………また、随分と固めの願いだな」


 何を求められると思っていたのかは解らないが、レガートが目を白黒とさせながらつぶやいた。


「……わたくし、国元に居た頃にもつまらない女と言われておりましたの。お気を悪くなさいました?」


 こんな所が可愛げないと言われるゆえんだろうかと反省しつつ問えば、苦笑が返された。


「気を悪くなどしていないが……そのつまらない女、などと言った見る目の無い者共についてはそれなりの制裁をせねばならないな」


「……わたくし、少々考えが固いのです……。もっと柔らかく、可愛らしくなれれば良いのですが。制裁については後回しで構いませんわ。それよりも……その後、十か月以内に小さくとも構いませんので、なにがしかの成果を上げられるよう努力致します。その為に、レガート様に様々な協力をお願いするかと思いますが、その際に誤っていると思われた事、この国の習俗に合わぬ事に関しては、甘やかさずにはっきりと指摘していただきたいのです」


 今までの言動を見るからに、何も言わずにいると甘やかされすぎてしまいそうだと危惧出来たため、早めに釘を刺しておく。


「己に厳しい姿勢もエルミーナの美点だろう? 私の前では甘えて欲しいが、それはもう少し慣れてからでも構わない。承知した。模索については私も相談に乗ろう。しかし十か月と言うのは?」


 先んじて刺された釘に苦笑しながら頷いたレガートが首を傾げて問い、エルミーナは少し躊躇ってから口を開いた。


「……レオナルド様とミルカの婚礼は、今から一年後に行うと、断罪の時に聞きました。何度断られようとも、人の国の王族は婚姻の度に竜の国へ招待状を出しますから、彼らの結婚式の招待状もいずれここへ届くでしょう。わたくしは……レガート様と、その場に赴きたいのです。それまでに、わたくしはあなたの隣に立つだけの実績の、その足掛かりだけでも得たい。ただ竜王の愛に縋るだけの女ではなく、今は小さくともいずれ国益となる存在である、と、自他へ示せるだけの」


 決意を籠めて告げながら、エルミーナは更に言葉を続ける。


「そして、これは図々しいお願いなのですが……レガート様が信頼できる、公爵位の貴族のもとに、養子として入らせて頂きたいのです。この縁組は、ミルカ達の結婚式の後で解消して構いません。……わたくしが身寄りのない身であれば、父が権利を主張しやすくなってしまいますので、わたくしが既に他家の、それも父が手を出せない家の娘であると明確に示さねば、きっとご迷惑が掛かってしまいますし……その方がきっと、父もミルカも悔しがりますわ」


 最初に実利を、そして最後に感情的な理由を述べると、レガートは面白げに笑った。


「成程。では、エルミーナも私も信頼出来る相手との養子縁組を用意しよう。……ルシア、ユーグ! 聞いていたな? お前たちの養子として、エルミーナを迎え入れる気はあるか?」


 楽し気に笑いながら、レガートが扉の向こうに声を掛けると廊下に出ていた二人が顔を覗かせ、ルシアが満面の笑みを浮かべる。


「勿論ですわ、陛下! わたくし達、男の子ばかりでしたから女の子が欲しいと思っておりましたの! 姫君の様な優しい妹が出来れば息子達も喜びますわ! ねえ、ユーグ」


「ああ。……歓迎する……」


「もう、そんなお顔と声音では誤解されましてよ。姫君、ユーグは口下手なのですわ。こんな渋い顔をして娘が出来るのを喜んでおりますから、遠慮なく当家の娘となってくださいませ。うふふ、楽しみですわ……わたくし、娘が出来たらやりたい事が沢山ありましたのよ! まずは屋敷に可愛いお部屋を用意して、ドレスを沢山作って、お庭でお茶会もいたしましょうね。婚礼衣装はどうしようかしら……!」


 何やら一人盛り上がっているらしいルシアに、レガートとユーグが苦笑する。


「すまない、ルシアはエルミーナをとても気に入っているからな。喜ぶとは思ったのだが……とにかく計画は後にして、今は廊下に出ていてくれ。ユーグ、頼んだぞ」


「御意」


レガートの言葉に一礼したユーグがルシアを廊下に連れ出すと、室内は再び静かになった。


お読みいただきありがとうございました。

ブクマ、評価、誤字報告、本当にありがとうございます。

続きが気になる、面白かった、などありましたら評価・ブクマを入れていただけると大変ありがたいです。

明日も13時更新予定です。よろしくお願いします。

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