表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/20

告解

遅くなりました。すみません。

「……だからこそ、わたくしは……自分が情けないのです」


 そう告げて唇を噛むと、レガートはエルミーナの背を撫でながら言葉を待ってくれる。


「……レガート様が竜王であり……そして、わたくしを番として求めて下さっていると知った時…………わたくしは…………わたくしは、これで、見返せる、と……そう、思ってしまったのです」


 こちらを見下ろす青年の顔を見る事が出来ず、俯いていると、変わらずその手が背を慰撫し、沈黙のままに言葉の先を促した。


「わたくしが、あなたの伴侶として立てば……それを彼らに見せつけてやれば……わたくしを捨てた王と王太子は、さぞ悔しがるでしょう。わたくしが婚約者のまま、或いは妻であれば、竜王たるあなたに最愛の伴侶を譲ったのだと恩を着せられる。竜の国に貸しがあるとなれば、人間の世界では大きく他を引き離し、優位に立てるのに、その好機を失ったばかりか、私を荒野に捨てた事で怒りを買うと、さぞ肝を冷やすでしょう」


「……そうであろうな。人間であればそう考えるのも理解出来る。…………ああ、だが私の怒りについては……肝を冷やすどころでは済まぬだろうが」


 言葉の後半は謁見してから一度も聞いた事の無い様な底冷えする色を含んでいてエルミーナの背筋がぞわりと粟立つ。

 しかし、その怒りが向けられているのが自分では無いのは解っていたからそれ以上の恐怖は感じなかった。


「……父も、さぞ悔しがるでしょう。わたくしを追放させず、留め置けばミルカはランドルの王妃に、そしてわたくしは竜の国の王妃に。父の権勢はこれ以上ない程に高まり、人として望みうる栄華の頂点に立てた筈でしょうから。母も、音に聞く美しい竜族の男性と近づく機会を失い、わたくしを通して手に入る筈だった竜の国の貴重な宝石や絹を手に入れ損ねて悔しがるでしょうね」


 我が親ながら即物的に過ぎる彼らの欲する物など想像力を働かせる必要も無く、エルミーナは苦く笑う。


「良好な関係の両親であれば、権も財も与えたであろうが……話を聞いた今は、銅貨一枚渡す気になれぬな。……エルミーナが渡したいと言うならばそれなりに支度はするが」


 目を怒らせながらも言うレガートに苦笑し、必要ないと首を左右に振った。


「わたくしとて、元々情の通わない両親に、それも捨てられた今になって利益を与えたいとは思いませんわ」


 我ながら冷たいかとも思うが、あの断罪の時、エルミーナを見下ろした父の目、こちらに注意を払う事すらなかった母への情など荒野をさまよううちに潰えて一かけらも残ってはいない。

 むしろ憎悪ばかりが残る相手には、麦の一粒すら与えたいとは思えなかった。


「……そして、近隣国の中で最も美男子と評され、ご自身も美貌に自信をお持ちでしたレオナルド様は、比べるのもおこがましい程美しいレガート様と、レガート様に目を奪われる女性達を前にしてさぞ自尊心を砕かれるでしょう」


 ミルカと出会う前ですら、彼は自身の地位と美貌に群がる女性達を拒むことは無く、あとくされの無い貴婦人や、少々ふしだらな事で知られる令嬢と火遊びを楽しんでいたし、エルミーナに対しては面白みは無いが姿だけは飾りとして立たせてやってもいい、などと傲慢な言葉を投げ、婚姻前にも関わらず関係を求められて拒むと頬を殴打して侮辱の言葉を投げた。


 今思えば何故あんな男に縋っていたのだろうと思うが、幼い頃のまだ可愛げのあった時分の記憶と、どれ程努力しても誰からも褒められる事の無かった環境故の事だろう。

 己の美貌に靡かぬ女などいないと豪語していた彼が、居並ぶ全ての女性の心をレガートに奪われて顔を歪ませる姿を想像しただけで胸がすいた。


「ミルカは……彼女は見目好く権力の有る男性と高価なドレスや宝石をことのほか好みますの。……わたくしが……ずっと嫌いぬいて、ようやく蹴落として、今頃は荒野で朽ち果てたと思って清々していた筈のわたくしが、レオナルド様よりも遥かに美しく、竜王と言う至高の権力を持つレガート様の隣で、竜の国の莫大な財力で仕立て上げたドレスや宝石を纏って現れれば、それも人の娘が一度は憧れる竜の番として愛を寄せられ、竜と同じ時間を若く美しいまま生きる事となる私を見れば、どんな顔をするか……そんな彼らを見られればどれ程胸がすくか……」


 全て白状し、僅かに肩を落としてから意を決してレガートを見上げる。


「あなたと言う素晴らしい方に、真摯な想いで求婚していただいたと言うのに、そんな、浅ましい事を、わたくしは思ってしまったのです」


 眉間に僅かな皺が寄っているのを感じながら告げると、まじまじとエルミーナを見下ろしていたレガートが不意に笑った。


「あさましい、か。むしろ見返す程度で済ませようと思うだけ、エルミーナは慈悲深いと思うぞ? 私がエルミーナの立場であれば……そうだな、ランドル全土を民の骨の欠片も残さず程に焼き尽くしてくれと頼むか。勿論苦しませたうえでな。竜は懐に入れた者以外に対しては苛烈で、害をなした者を決して許さない生き物だ。見返したい、程度ではあさましいなどと思わないから、安心すると良い」


 楽し気に言い、唇の端を吊り上げて笑う口元からは鋭い牙がちらりと見え、人知を超えた美貌の主の本性が獰猛な竜であると如実に窺わせる。

 その笑みと言葉に苦笑を返して、エルミーナは頷いた。


「……レガート様が、きっと気になさらないだろうとも、思った上で申し上げたのです。私自身が、胸の内で後ろめたく思う気持ちを軽くするために。……そんな感情をあさましいと言わずに、どう申し上げましょう」


 王妃教育の中で、国としていつか関わる事を望む竜の国や竜族については事細かに学んだ。

 誇張や曲解、誤解はあるだろうが、その中には彼らの番に対する盲目的ともいえる愛情もつまびらかに記されていて、竜の国が出来る前、竜王が竜達を規制していなかった頃には強欲な番が欲しがった他国の国宝を手に入れるためにその国を滅ぼした話すら珍しい事では無く、歴史書に記された史実と共に散見される。


 幸いにして竜の国が樹立されてからは人間との関りに一定の規則を設け、あまり被害が及ぼされる事も無く交流し始めたが、それでも竜の怒り……特に番がらみのそれを買った国や町、村などが滅んだ話は近代になっても幾つか見受けられた。


 その知識ゆえに、エルミーナが望んだ程度の事は容易く叶えられるだろうし、それで見損なわれる事が無いのも解った上で胸に秘める事無く告げたのだ。


「番を愛し、信じるのは竜の性だ。まあ、今は道を誤りかけた番を善き方へ導こうとするのが主流になっているが、エルミーナが望む程度であれば導く程でもない。恥じる事など無いぞ?」


 優しく背を撫でながら言うレガートの言葉には何の曇りも無く、エルミーナは小さく息をつく。


「ですが……わたくしは、己が情けないのです」


 一度言葉を切って唇を噛み、眉をきつく寄せた。


「荒野をさまよい、死にかけていた時、わたくしは彼らに復讐したいと望んでおりました。身分も失い、生き延びたとしても王城に踏み入れる事も出来なくなる私には刃を以って一太刀報いる事すら困難で、現実的な事ではないと解っていても、それでも、負けたくない、と」


 食べる物も無く、野獣や飢えに怯えて彷徨った苦しみを思い出し、腹の底から湧き上がる怒りに身を震わせ、奥歯を噛み締めながらエルミーナは言葉を続けた。


「せめて涙を流さない事しか出来ずとも、泣き叫びながら死ぬがいいと嘲った彼らの言葉に一片でも抗って死のうと思っておりました。死した後は怨霊となって呪い、祟ってやろうと。……レガート様にお救い頂き、死の恐怖から遠ざかってからは、物理的に復讐が出来ずとも、彼らの知らぬ所で己の力で生き、不幸にならぬ事で抗い、力を蓄えて、いつか必ず、自らの手で恨みを返したい、と」


 まじまじとエルミーナを見下ろすレガートの目をひたと見詰めながら、それなのに、と言葉を紡ぐ。


「……レガート様と言う、かつてのわたくしでも、わたくしを捨てた者達でも敵わぬ強大な力と権力を持つお方に選ばれたからと、安易にその力に頼った復讐を望んでしまった……その事が何よりも口惜しく、情けないのです。わたくしの恨みは、怒りは、他者の力に頼って行えば気が済むような、たかだかその程度のものであったのか、と」


 情けない己への身震いする様な怒りを感じながら、エルミーナは驚いたように見開かれた青い目を見据えた。


「……解っているのです。わたくしが、これまで叩き込まれた教育を元に私財を蓄えていつか与える一太刀よりも、先程申し上げたようにレガート様の伴侶として彼らに見せつけた方が……そして、かの国は竜王の番の恨みを買ったと近隣諸国に知らしめたほうが、余程効果がある事は。それでも……悔しいのです。どう試算しても、わたくし一人ではそれだけの打撃を与えられない。それに、わたくしとて、わたくしのみの手で与えられる程度の打撃よりもレガート様の助力を得て絶大な打撃を与えてやりたいと言うのが本心ですし、きっとその誘惑に、わたくしは勝てません。わたくしが望めば叶えて下さるあなたに、きっと浅ましく願ってしまうでしょう。ですが……やはり、己の力無さが、余りにも口惜しく、情けのうございます」


 言葉を連ねれば連ねる程に湧き上がる怒りに全身を震わせ、エルミーナは僅かに顔を俯かせながら唇を噛み締めた。


お読みいただきありがとうございます。

更新が遅れてすみませんでした。

評価、ブクマ、誤字報告、どれもありがとうございます。

告解はキリスト教の用語ですがとりあえずつかいました。

後で変更するかもしれません。


明日も13時更新予定です。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ