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鶴首

まだ出会えません。

◇◇



「……何故まだ会えない」


 番である少女が目を覚ましたと報告するルシアに、レガートは憮然とした顔で問う。


「姫君はまだご不調ですわ。目覚めてすぐは立ち上がれぬ程でしたし……今は粥をお召し上がりになり、再び眠られました。随分と衰弱しておられますし、あと三日は我慢なさいませ、陛下」


 侍女ではあるが、同時に幼馴染の乳姉弟でもあり、今は親友たる側近の妻で三人の子の母たるルシアにきっぱりと告げられて眉間の皺が深くなった。


「御不服の様ですけれど……無理に面会を求めれば嫌われてしまいますわよ?」

「短時間会うだけだろう? 眠っている間も一度も顔を見られていない。いい加減会わせてくれ」


 苛立ちも顕わに言う。

 少女を連れ帰り、番を見付けたと伝えて医師を呼んだ後は、ルシアを始めとする侍女達が彼女を囲んでレガートを部屋から閉め出した。


 公爵夫人となってからは侍女の任を退いていた所を今回頼み込んで復帰してもらったルシアがいるから少女が丁重に扱われている事を疑いはしないが、寝顔だけでも見たいと言う希望は即座に却下され、経過報告を聞く以外には手も足も出せていない。


 竜の国の王として侍女に負けるのは情けない限りだが、幼馴染であり、乳姉弟でもあり、更には身分で言えば公爵夫人でもあるルシアを中心とする侍女たちはそれぞれそれなりの爵位を持つ家の娘も混じっているし、下級貴族の娘であっても王族の周りに侍る者達はなまじ幼い頃からの付き合いだけに遠慮がない。


 こっそり入り込もうとしてもつまみ出され、あげく今なお現役であるルシアの母、つまりレガートの乳母たる前侍女長や、夫婦で隠居生活を楽しむレガートの母までひっぱりだされては太刀打ちできるはずが無かった。


「陛下。女性は寝起きの顔や身支度の整いきらない姿を殿方に見られるのを嫌う物ですわ。侍女やメイドでなければ同じ女に見られるのも嫌ですの。そうですわね……陛下の場合でしたら、幼い頃に王太后様や私の姉に無理矢理ドレスを着せられて泣いていた時の姿を念写した物を、番様にお見せしたいと思われますの?」


「なっ…………! 見せたいはずがないだろう!?」


 まだ幼くて、周囲の女性陣に面白おかしく遊ばれていた頃の消し去りたい記憶を呼び覚まされて泡を食って否定すると、ルシアはくすくすと笑う。


「あら、とても愛らしゅうございましたのに。ともかく、女性にとってそれと同じ程に嫌な事ですわ。もし強行なさる様でしたら、私のみならず、姉と母、王太后様にも頼んで様々な情景を念写し、番様にお見せいたしますわよ」


「………………解った」


 幼馴染とはいえども年下で、幼い頃から世話をされていたレガートは頭を抱えながらもルシアの許可を得るまで少女の元に行かないと約束した。


「よろしい。ではご褒美に、姫様についてご報告を」


 ルシアの言葉にそちらを見ると、何やら書き付けたものを取り出した彼女はそれを見ながら口を開く。


「まず、お名前や素性については陛下が『最初に彼女の名を聞くのは私だ』などと我儘を仰るので伺っておりませんわ。ですが……まず高位の御令嬢である事に間違いはございません」


 喉から手が出る程欲しい情報に口を挟まず頷いて、続きを促した。


「古帝国語はなまり一つなく完璧。試しに挟んでみた、一般階級では使わない古語も自然に受け答えされておりました。着ていたドレスはぼろぼろになってはおりましたけれど人の国で手に入る中では最上級の絹で、レースも仕立ても良いものでした。宝石はむしり取られた痕跡がありましたわ。そして所作も完璧。かなり厳しい教育を与えられたものかと。それに、人に仕えられる事に慣れておいでですわね。傲慢ではありませんが、平民や中級以下の貴族であれば私に給仕されれば緊張するものですが実に自然体、かつ優雅」


「ふむ……では上位伯爵以上の身分、か」


「侯爵位以上かと。あの部屋に圧倒される様子も、怯む様子もありませんでしたから。冷静に調度や本を見て情報を得ようとなさっておいででしたわ。あれだけ弱っておられるのに、食事の間、一度も背筋や脇を緩める事無く、さぞかし飢えておいででしたのに逸る事も無く、見事な所作でお召し上がりでした。恐らくは、王族に嫁ぐ身としての教育を受けられた方でしょう」


 嫁ぐ、という言葉にレガートは苛立ちを覚え、眦を吊り上げた。

 無意識に魔力が漏れ、室内の調度がカタカタと震え始める。


「落ち着きなさいませ。落ち着かれないようでしたらこれ以上の報告は取りやめといたしますわよ」


「む……解った……。すまぬ。続けてくれ」


 ルシアの言葉に我に返ると、こぼれ出ていた魔力を消して息をつき、心を鎮めた。


「肝が冷えますわ。……身分については今のところこの程度ですわね。個人的な見解としての人格ですが……非常によく出来た方かと存じます。取り乱して泣きじゃくる事も、むやみに不安を顕わにすることも無く、限られた情報を慎重に見極めておいでですわ。侍女であるわたくしや他の下位の侍女に対しても傲慢に振舞う事無く、見下されない程度に礼を述べる所には好感が持てますわね。ただむやみに使用人へ感謝を述べるばかりでは侮られますが、粗略に扱っても反感を招く。その事をよくご存じで、兼ね合いの取り方も弁えておいでです」


「……ルシア。随分と気に入ったようだな?」


 もともと可愛い物、美しい物を好む幼馴染の楽し気な声に苦笑して問えば、彼女はにっこりと微笑んで頷く。


「ええ。とても良い姫君ですわ。わたくし、このまま専属の侍女としてお仕えしたく存じます。よろしいですわね?」


「無論だ。私の番と公になれば害をなそうとする者もいるだろう。彼女を守ってやってくれ」


「お任せ下さいませ。……ですが、姫君はまだ私を信頼しきってはおられませんわ。どのような経緯であれ程弱られたのかは解りませんが、私ばかりではなく、己以外のものを信じられなくなっておいでのようです。今はとても気を張り詰めておいでですから、面会が叶った後も、優しくして差し上げてくださいませ」


「解っている。私が、愛しい相手を粗略に扱う男だと思うか?」


 苦笑して言えば、ルシアは微笑んで首を左右に振った。


「いいえ。陛下は番様のみならず、私ども臣下や民に対しても……敵以外には寛大で慈悲深いお方ですわ。しかし、高貴なご令嬢があれほど辛い目に遭われたのです。その経験故の強さを得た方ともお見受けしますが、今は優しく包み込み、傷を癒して差し上げる時期。……ゆめゆめ強引に手を出されようなどと思ってはなりませんわよ?」


「……しないと言っているだろう」


「番を見出した竜の節操なさについては身を以って存じ上げておりますもの。私は獣人ですし返り討ちにして叩きのめせましたけれど、姫君はか弱い人間です。良い関係になるまで、決して二人きりにはさせませんのでご了承くださいませ」


 ルシアの言葉に、今は彼女の夫であり、共通の幼馴染である、平素は寡黙な親友が番を見出せる年齢になった瞬間に彼女が番と気付いたあげく暴走し、返り討ちにあって重傷を負った事件を思い出す。


 全治四ヶ月の重傷を負った彼は動けない間に冷静さを取り戻し、実に二十年通い詰めてようやく許しを得た上で結婚出来たのだ。


 獣人の中でも位が高く、寿命の長いルシアだから良かったが、人間である少女から同じ程の怒りを買った場合、結ばれる前に死に別れてしまうかもしれないと思えば肝が冷える。


「むしろ、私からも頼む。彼女が受け入れてくれるまで、かならず傍についていてくれ」


 無事番となり、受け入れられれば、二人のうち寿命の長い方と同じ長さの命を他方が得る。

 千年以上を生きる竜としてはまだ三百五十年ばかりしか生きていないレガートにとって、八十年足らず、長くとも百年少々で死ぬ事の多い人間の命など一瞬の灯の様な物だ。

 必ず、数年以内に少女の心を得ねばならぬと心を引き締める。


「そのお心がけに安堵致しましたわ。まず、姫君の体調を整え、落ち着かれましたら身なりについても整え、姫君の了承が得られましたら陛下をお呼び致します。それでよろしいですわね?」


「ああ。すべての采配はお前に任せる。大人しく吉報を待とう」


 重々しく頷くと、ルシアは良く出来ました、とでも言いたげに満面の笑みを浮かべて一礼し、部屋を辞した。


 気に入りとなった少女の元に早く帰りたいのだろう彼女が浮足立った様子で去っていく後ろ姿を見るともなしに眺め、今は同じ城にいる少女へ思い馳せたレガートは、天を仰いで溜息を零した。


お読みいただきありがとうございました。

体調の悪い女性の部屋に踏み込まれるのは自分なら家族以外はNGだなぁ、といつも思っていたのでちょっと我慢していただきました。

評価、ブクマ、誤字報告いつもありがとうございます。

続きが読みたい、面白かった、などありましたらブクマ・評価いただけますと嬉しいです。

よろしくお願いします。

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