ランドルの王宮にて 2
引き続き元婚約者視点です。異母妹のほうがよりクズです。
そんな周囲を他所に、教師たちに少し叱られる度に酷い、解雇してくれ、若しくは処刑してくれと泣きついてくるミルカは自分の我儘が聞き入れられて教師を変えて貰ったと思い込んでいるが、実際は何を教えても意味が無い、と匙を投げた教師たちが自ら辞していただけの話だ。
今彼女についている教師はエルミーナが幼い頃に指導を受けた教師達で、彼らであれば多少は修正出来るかと思ったのもつかのま、一月と経たぬ現在、既に退職の打診が全員から届いている有様。
次代の王に公爵の血を入れる事は彼が後ろ盾となる第一条件だが、その公爵ですら、ミルカはお飾りかつ表に出さない正妃として子を産ませ、他の、あくまでも公爵の息のかかったまともな令嬢を第二妃として公務に当たらせるべき、と言い始めた程だった。
しかしミルカはミルカで上手く操っている男らがいて、候補に挙がった令嬢の内、顔合わせまで済ませた三人が攫われて一人は未だ行方不明、うち二人は凌辱と暴力を味わいつくした無残な姿で発見されている。
所詮頭の悪い女とその女に芯から誑かされた愚か者の杜撰な仕事ゆえ、既に裏も証拠も取れているが公爵の血の入った娘が他にいないうえ、完璧と言われた令嬢を追放してまで据えた新たな婚約者が犯罪者では示しがつかないので証拠は全て潰し、適当なごろつき達を下手人に仕立て上げて処刑して、あくまでも暴漢に襲われただけの事と処理してある。
それでも密かに噂は回るのもので、今は敵対派閥の貴族ですら第二妃に娘を推挙しなくなってしまった。
今はミルカと取り巻きの男達を切り離してあるが、社交を学ばせるための茶会などでは王太子の婚約者の地位を振りかざして令嬢達を威圧し、取り巻きと共に気に入らない令嬢……姿が美しいであるとか、優秀であるとか、過去レオナルドと関係があっただとかそういった理由から受け答えや視線が気に入らなかった、着ているドレスが上等だったと言う些細な理由で、虐待同然のいじめを繰り返している。
姉からレオナルドを奪おうとしていた頃には気を引くために大人しくしていたが、既に婚約者の座を手に入れ、頭が悪いなりに公爵の血を継ぐ自分を廃する事は出来ないという事だけは何故か理解しているミルカの醜態に、既にレオナルドはうんざりとしているものの、やはり彼女以外を娶る事は現状許されない。
気晴らしに他の出来の良い令嬢、せめて弁えた侍女達で遊びたくとも倍増した執務に追われて時間が無い上、以前から手を付けていた侍女達が前述の令嬢達と同じ頃に全員揃って行方不明になってからは、新たに侍女を見繕ってベッドに引き込もうとしても死にたくないと泣いて許しを請われるので興ざめしてしまう。
侍女達はとある場所で揃って土の下にいるのが見付かったが、子爵以下の令嬢ばかりだった為、そのままもっと深く埋め戻して行方不明と言う事で済ませた。
しかし共に働いていた彼女らは当然何があったのか察していて、それ以来レオナルドと二人きりになる事すら恐れている。
仕方ないのでミルカだけを相手しているが、技巧に優れた女だけに飽きはしないものの掛けられている迷惑を考えると心から楽しみづらい部分も多かった。
おまけにこうして政務の途中に執務室に駆け込んでくる事で仕事も中断され、後々負担が増える。
エルミーナであれば仕事の邪魔をしないどころか、こちらが慌ただしくしていると何も言わずに書類をさばき始め、なまじの文官より早く正確に仕事を減らしたし、侍女に手を付けようが令嬢や未亡人と目の前で口付けをかわそうが何も言わなかったから、今となっては婚約者のすげ替えは失敗だったとしか思えなかった。
ミルカには子を二人ばかり生ませたら病死でもしてもらうつもりだが、婚礼を控えた今はまだ子を作る訳にもいかないし、溜息の種は尽きない。
「ねえ、レオ様、聞いてるの? 私、あの人たちに虐待されてるの。きつくお仕置きして、他の人に変えて頂戴。次は優しい男の先生がいいわ。ね……ミルカのお願い、聞いてくれるよね……?」
甘ったれた声で訴えながら、ミルカが体を擦り付け始めると執務室にいた文官たちがそろそろと部屋から出ていく。
まだ数人残っているうちにミルカの指が足の間をうごめき始め、レオナルドが喉を鳴らした所で、不意に息せき切った文官が執務室の扉を叩いた。
「殿下! 朗報にございます!」
入室の許可を得るのも惜しいと言いたげに入って来た文官の手には恭しく捧げ持たれた書状があり、何事かと思いながらも不服を漏らすミルカを宥めて受け取ったレオナルドは、その封蝋を見て目を見開き、急ぎ開いた書状を読むなり息を呑んで、次いでこみ上げてくる笑いに唇の端を吊り上げる。
「ねえ、レオ、どうしたの? そんなお手紙どうでもいいじゃない。ねえ」
甘ったるい声で手紙を取り上げようとするミルカに内心で舌打ちしながらも、その内心を笑顔の下に押し隠す。
「どうでも良い手紙ではないんだよ、ミルカ。喜ぶべきことに、私達の婚礼……正確には結婚式の後の披露宴だが、そこに竜王陛下がおでましになるそうだ!」
弾む声を抑えず言えば、ミルカのみならず残っていた文官達、護衛騎士達も目を見開いた。
遠い竜の国は、人間の国とは隣接した数国以外は姻戚関係や交易で密に関わる数か国としか深い国交を持たず、馬で半年はかかる距離にあるランドルとは慶弔の折に書状と贈り物を送り合う程度の仲でしかない。
しかしあらゆる人間の国家にとって、強大な竜との関りを得る事は悲願でもあり、参加が有り得ないと解っていても大きな式典などには招待状を送るのが慣例だった。
勿論それに彼らが応じることは無く、丁重な断りの書状が届くのが常。
記憶にある限り、彼らが隣国以外の人間の王家の婚礼に参列したのは二百年以上前が最後の筈だった。
「竜王様が!? すごいわ! ミルカの為に来るのね!」
非常に美しいと言われる竜王に人間のあらゆる娘の例に倣って憧れているミルカがはしゃいだ声で言うが、当然遠国の男爵令嬢上がりの娘の婚儀を理由にわざわざ来るはずも無く、思わず鼻で笑いそうになる己を抑える。
「ミルカ。竜王陛下と呼ばねば不敬となる。注意しなさい。どうやら竜王陛下は婚約者様と共に旅行を楽しまれる予定で、丁度その頃にランドルの近くを通られるので挨拶がてら顔をお出しいただけるようだ」
記された流麗な文字を陶然と眺めながら告げると、ミルカは目を見開いた。
「えっ……竜王さ……陛下、婚約者がいるの? 番が見付かったなんて聞いた事無いけど……あ、きっと政略結婚なのね。かわいそうだわ……披露宴に来られたら、私が慰めてあげなくちゃ……」
「ミルカ。不敬な事はくれぐれもしない様に。竜王陛下を迎えるにあたって礼法はもっとしっかり学ばなくてはならないからね。竜王陛下は厳しいお方だと聞くから、礼儀作法の出来る娘の方が好まれる。明日から頑張ってくれ。ああ、竜の国の言葉や、せめて古帝国語は覚えた方が喜ばれるよ」
とんでもない事を言い始めるミルカに苛立ちながらも、竜王の来訪で学習意欲を多少は持ってくれるよういいきかせた。
「ええ~……仕方ないなぁ。でも、先生は別の人に変えてね?」
人前にも関わらず甘えてしなだれかかるミルカに眉を潜める。
これがエルミーナなら何の不安も無く任せられたが、ミルカが何をしでかすか予測できず、かといって主役の片割れである花嫁を宴に出さない事も出来ない。
竜王の前での失態の責を負いかねないと思えば教師達は潮が引く様にいなくなるだろうから、責を問わないと言う確約とどうにかやり過ごした後の多額の褒賞をぶら下げるしかないだろう。
「お前、これは父上には既にお知らせしているのか?」
「はっ! 書簡は二通同封されておりましたので、先だって陛下宛ての物を陛下とメルヴァ公爵閣下に、こちらの書簡は殿下宛ての物ゆえ、こちらにお持ち致しました。この後は関係各所への陛下からの指令を預かっております」
「そうか。では頼んだぞ」
言い置いて再び竜の国からの書状を眺め始めると、文官は一礼して部屋を出ていく。
「もう、レオったら、私がいるのにお手紙なんて読んでちゃ駄目でしょ? いくら竜王さ、陛下のお手紙だからって、私の方が大事でしょ?」
相変わらず膝から降りないミルカが甘えた声で言いながら手紙を取り上げようとするが、ミルカとこの先代々国宝として扱われるだろう竜王からの祝辞の書状ならばこちらの方が大切に決まっている。
しかし機嫌を損ねた彼女は何をするか解らないから、特に大切な書状を入れる引き出しに入れて厳重に鍵を掛けた。
「ああ、すまないね、ミルカ。拗ねないでくれ。この間欲しがっていた宝石を買ってやるから」
「本当? 約束よ。じゃあ、良い事してあげる。侍女がまた新しく教えてくれたのよ」
猫なで声で言いながら向き直ると、ミルカはすぐさま機嫌を良くしてレオナルドの膝に対面で跨りなおし、再び手を下へ伸ばしてまさぐり始める。
レオナルドの周りにいる、普通の貴族令嬢や婦人達は、その階級の中ではふしだらなどと言われ、簡単に誘いに応じてもミルカの様な手管は持たず、あくまでも貴族女性らしく男に任せるものだが、ミルカが繰り出す積極的な愛撫は何度味わっても愉しい。
更には竜王来訪の報せで心が浮き立っているのを感じながら、レオナルドはひと時の快楽に身を任せた。
お読みいただきありがとうございました。
明日からまたメインの二人の話に戻ります。
ブクマ、評価、誤字報告ありがとうございます。
また、前作「婚約破棄は構いませんけれど」が3万ポイント達成しました!
ありがとうございました。
本作もどうぞよろしくお願いいたします。
また明日も13時に更新します。




