ランドルの王宮にて
元婚約者視点です。クズです。
◇◇
「レオ! あの人たち酷いのよ!」
涙ぐんで抱き着いてくるミルカをレナオルドは受け止める。
「今度はどうした、ミルカ」
既に日常茶飯事となっているその光景を、周囲の者が微妙な顔で見ているが、ミルカはまるで気付いていない。
「礼儀の先生が酷いの! 少しぐらい食器が音を立てたっていいのに、エルミーナはそんな事しなかったって! それに頭の上に本なんて置いて食べられるわけないのに、エルミーナは出来てたなんてデタラメばっかり! きっとあたしが王妃になるから妬んでるのよ! あんな人に教わってたら覚えられるものだって覚えられないわ! 語学の先生もそうよ! 外国語なんて、王妃や王なら通訳を雇えるのに、自分で喋るなんてなんの意味があるの? 下民に仕事をさせてやるのも王妃の仕事じゃない! あんな人達、取り換えてくれるよね、レオ?」
レオナルドの膝に座り、愛らしく見える角度を意識しながら訴える内容は王妃どころか高位貴族の令嬢としてもあり得ないもので、元々ミルカにそんな高等な物を期待していないレオナルドですら一瞬眉を潜める。
「先月教師を変えたばかりじゃないか。礼儀の教師はもう六人目だ。そろそろ人を探すのも難しい」
「でも! 皆酷いの! もっと優しい人がいいわ。女の人はあたしに嫉妬して嫌がらせするから嫌。それに、今の先生達は未来の王妃に対して失礼すぎるの。不敬罪で牢屋に入ったっていい位よ」
ミルカは憤慨して言うが、そんな理由で教師を牢に入れては王族に教育を施せる人間がいなくなる。
レオナルドとて勉学は好きな方ではないが、外国語は竜の国の言葉と古帝国語、近隣の大国の言葉位は操れるし、男爵位どころか平民であっても古帝国語は読み書き出来ずとも会話は出来る者の方が多い。
前の婚約者であり、ミルカの異母姉でもあったエルミーナの様に十五ヵ国以上の言語を読み書き含めて流暢に操れとは言わないが、世界共用語として扱われている古帝国語まで習得していないのは流石に予想していなかった。
元々ミルカに手を出したのは、優秀かつ完璧と言われ、どんな令嬢と浮名を流しても気にする様子を見せなかったエルミーナが、公ではないが誰もが知る異母妹である彼女が相手ならどんな反応を示すのか気になった、というのが切っ掛け。
身持ちが固く、婚約者であるレオナルドに対しても幼い頃の頬への口付け以上の事は許さなかったエルミーナと違い、ミルカは軽く口説いたその日のうちに容易く足を開いた上、処女をレオナルドに捧げた後は色事に長けた侍女から教えられたという様々なやり方で他の貴族の令嬢や夫人達では味わえないような愉しみをレオナルドを味わわせた。
勿論平民の血を引き、男爵令嬢として育ったミルカを王妃になどするつもりは無かったが、元々公務や勉学よりも遊興を好み、最低限の仕事のみで済ませていたレオナルドに時折苦言を呈すエルミーナよりも勉学の事など考えてもいないミルカと遊ぶのが気楽であり、彼女と戯れている様を見たエルミーナが他の女の時とは違って悲し気な顔をするのが愉しくもあってずるずると関係を続けた。
それさえなければ、唯一の美点である容貌すら絶世の美姫、月の女神と称されたエルミーナに敵わない、会話が成り立つ限界と言った頭の悪さのミルカにはすぐに飽きていただろうが、その血筋と地位、優れた容貌故に少し微笑めば貴族の女達が転がり落ちてくるレオナルドは、ミルカが与える彼が経験した事のない娼婦の様な技巧にしばしの間嵌り込んでいた。
それから暫くして、そろそろ関係を切ろうと思っていた所で国王たる父に呼ばれていった先にはエルミーナとミルカの父であるメルヴァ公爵が共に待っていて、婚約者をミルカに挿げ替える旨を告げられた。
結婚するのはエルミーナと思っていたレオナルドは流石に驚いたが、話を聞いてみればミルカの方が確かに扱いやすく、エルミーナを王妃に据えれば今後王として立った後も口やかましく言われるに違いないし、ミルカとてエルミーナと同じ血を引いているのだから今から最低限の教養を詰め込めば良いのは確かにその通りだった。
母親は平民だが、メルヴァ公爵である実父の血も引いている上、公爵家の養子に入る事で後ろ盾も申し分ない。
父とメルヴァ公爵も、政務に口を出しかねない程優秀なエルミーナよりも、政務の事は理解できないミルカの方が飾り物として優秀だと後押しした。
瑕疵の無いエルミーナを廃する為に冤罪と判明しているミルカが日々訴えてくるエルミーナからのいじめを誇張し、公の場で断罪して王都からの追放を命じた上で密かに監禁し、王妃として必要な政務や、父やレオナルド、メルヴァ公爵の手が回らない書類や仕事を今以上に処理させれば良い、また、監禁した後は好きに扱って構わない、との言質も得るとレオナルドはすげ替えを了承した。
断罪の瞬間は実に愉しく、常に穏やかな笑みを保ち、せいぜい苦笑に変わる以外はさして表情の変化を表さないエルミーナが驚きに目を見開き、涙ながらに己の無実を訴える様は胸がぞくぞくと背筋が震えるほどの愉悦をレオナルドに与えた。
今夜は無理だが翌日の夜には監禁した部屋で、絶望に暮れる彼女を上手く慰めてレオナルドに縋らせ、存分に味わえる、拒まれるようならあの細い体を組み敷いて思うさま蹂躙出来ると思えば心が浮き立ったが、翌日になって、ミルカが昨夜のうちに彼女の取り巻きの男たちにねだり、エルミーナを王都の外に広がる荒野に捨てた事が判明する。
流石に激高した公爵やレオナルドが捨てた場所を吐かせようとしたが、月の無い夜であったことも災いして捨てた当人たちもどこに捨てたのかうっすらとしか把握しておらず、しかも恐怖を与える為に罵倒しながらさんざん荒野を連れ回した末に馬車から蹴り落とした、との事で大まかな方向すらあやふやだった。
荒野は広く、騎士を使って捜索はさせたものの、大勢の貴族の前で王都追放を指示した手前大人数を動かすことが出来ず、結局遺体すら見付からぬまま既に四か月が過ぎている。
今後任せる予定だった執務は当然それぞれが自分で処理せねばならないし、これまでレオナルドや国王、公爵が命じてやらせていたそれぞれの仕事も再び自分の手で処理せねばならなくなり、遊ぶ暇がない程忙しい。
それでも文官などにかなり押し付けてはいるが、優秀なエルミーナに比べれば速度も精度も落ちる上、準王族とも言えた彼女だからこそ任せられた類の仕事は自分でやるしかなかった。
ミルカは勿論書類を読ませても意味を理解出来ないし、王妃である母は彼女同様見栄えの良い人形である事を重視して選ばれた令嬢だから、礼法やダンス、社交に芸術の教養はともかくとして政務に関しては任せられない。
せめてミルカが通常の令嬢レベルででもまともに使えれば良いのだが、公爵家の養女かつ王太子の婚約者と言う地位を手に入れてからのミルカは更に増長し、最低限の礼法の習得すら嫌がって逃げる。
教師たちに少し叱られる度に酷い、解雇してくれ、若しくは処刑してくれと泣きついてくるミルカは自分の我儘が聞き入れられて教師を変えて貰ったと思い込んでいるが、実際は何を教えても意味が無い、と匙を投げた教師たちが自ら辞していただけの話だ。
今彼女についている教師はエルミーナが幼い頃に指導を受けた教師達で、彼らであれば多少は修正出来るかと思ったのもつかのま、一月と経たぬ現在、既に退職の打診が全員から届いている有様。
予想を超えるあまりの出来の悪さにレオナルドは勿論国王や公爵も頭を抱えているのが現状だった。
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