表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
わたくし、性格が悪いのです~虐げられ、追放された令嬢は復讐を望む  作者: ねこやしき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/20

愛しい人

レガート視点です。

◇◇



 初めての顔合わせが終わり……というよりも晩餐を共にするならばそれに合わせた装いに着替えるべき、と浮き立った様子のルシアがエルミーナを連れ去り、応接室を追い出されて戻った執務室で、レガートは書類に目を通しながらも深く息をついた。


 触れ合った肩や手に、まだ彼女のぬくもりが残っているような気がして落ち着かない。


 初めてまともに言葉を交わしたエルミーナは、そのか弱く優し気な容貌とはうらはらな強い光を宿した瞳でレガートの心を貫いた。

 勿論、番であるから心惹かれる部分も大きいのだろうが、言葉を交わせば交わす程、彼女の事を知れば知る程垂直の壁を転がり落ちる様に愛しさが増していく。


 竜の番は生まれる前から決まっていて、魂だけの頃からどちらかが生まれるその瞬間まで寄り添っていた相手だと言う。

 人が伝えるおとぎ話では心正しく美しい魂を持つものが番に選ばれるのだ、などと言われるが、実際はそうではない。


 そもそも竜自体が苛烈な者が大半で、竜の国の法と竜王の強力な魔力と権力で縛らねば何をしでかすかわからないのだから、その番の魂が善なるものに限られる筈がなかった。


 それでも一説には気の荒い竜には神々が宥め役として穏やかで善良な魂を寄り添わせるのだとも言うだけあって、確かにこれまで見た番は正邪を問わず、どれも互いに補い合うような組み合わせが多かった。


 しかし善なる魂を持つ者であっても育った環境によってはその性質がねじ曲がり、最初に寄せる爆発的な感情以上の愛情を抱けない、むしろ目減りしていく場合もあると言う。

 それでも愛しくはあるから、竜の愛を笠に着て他者に害を為そうとする場合は手の内に囲って外部との接触を断ち、出来るだけ矯正を試みたり、気の短い者は心を壊してそのまま囲い込んだりする事もある。

 最初は害をなさずとも、人間として平凡に暮らして来た番が竜に溺愛され、あらゆる望み叶えられ、人の想像を超える贅沢を与えられるその生活に慣れるにしたがって傲慢な性格へ変わっていく話も散見された。


 同じ竜や、他種族であっても番を持つ種族、寿命の長い種族であればその割合は少ないのだが、元々寿命が短く、魔力も低い人間の番、中でも贅沢に縁が薄く、教養が低い平民として育った者にはそうした割合が他に比べて幾分高いと聞いたので、レガートも番が人間であると解った時には少なからず不安に思った。


 しかし実際にまみえたエルミーナは高い教養を持つ聡明な少女で、ルシアに聞き及んでいた通り指先一つの所作までが美しかった。

 荒野で発見した時の悲壮な空気はなりを潜め、上品かつ嫋やかで、どこか儚さを感じさせる線の細い美貌は美形ぞろいの竜族の中にあっても劣る事は無いだろう。

 日昇直前の東の空を思わせる、銀と見まがう淡い金の髪は艶やかに波打ち、夕暮れ時の空の様な澄んだ菫色の瞳は美しさの中に叡智の光を宿していた。


 レガートの姿を見て驚いたらしく、僅かに動揺を見せはしたもののすぐに気を取り直し、優雅な一礼と共に感謝を述べる声は、数日前に聞いた、渇いてしわがれた声とは違う滑らかさで、心地よくレガートの耳をくすぐった。


 面白げな顔をして見ているルシア達を廊下に追いやった末、段階を踏んで、と思っていたのに勢いに任せて求婚した時の見開かれた菫の瞳は吸い込まれそうなほど美しく、喉がひりつく様な渇望に身が震える。


 ルシアの忠告もあって自らの身分を明かし、改めて求愛したレガートに彼女が告げた過去は酷いもので、腹の底から湧き上がる怒りに彼女を虐げた全てへの復讐を誓ったが、それ以上に彼女が見せた強い怒りが放つ輝きに心を奪われた。


 与えられた仕打ちからすれば彼女が望む復讐は実にささやかかつ優しい物で、その望みをかなえた上でレガートからの報復を十全に与えねばならない程だったが、それは彼女の心の優しさ故の事だろう。

 己の力だけで復讐したかったのだと目を怒らせて言いながらも、その感情に流されず、レガートの力を借りて行う事の利点を見極められる冷静さ、そしてただ竜の愛に縋ってそれを受け入れるのではなく、培ってきた知識や教養をもって己の価値を示し、対価を支払おうとする気概にもほれぼれとした。


 エルミーナが望むのならばレガートの感情など幾らでも利用して構わないのに、誠実に向き合おうとしてくれる事も嬉しく思う。


 これまで接した大半の女……人間だけではなく、竜や亜人の類も含めて、彼女らの多くがレガートの姿や権力、財産、或いは政治的な思惑を目当てに媚びを売り、しなだれかかって来るのが常だった。


 レガートは今まで番を持っておらず、番と愛人を併せ持つ竜や亜人もわずかながら存在する上、一度寵を与えた後に番が現れればそれまでの相手に対してそれなりの便宜を図ったり多額の財産を与えたりもするからそれを狙っているのだろう。

 特に人間の国に赴く折にはレガートの寵を、ひいては竜の国から利益を得ようと、貞淑であらねばならぬはずの王女達までもが本人たちの意志、或いは王命によって寝室に忍んで来る事などありふれた事だった。


 しかし、エルミーナは、レガートと正しく向き合う為にあまり頼らずにいたい、と言う。

 頼って貰えない事は寂しくもあったが、番である事を感知出来ないエルミーナがただレガートの想いに縋る事で負い目を感じ、向き合いにくくなる、という気持ちも理解出来た。


 その言葉故に衣食に掛かる費用も辞退されるのかと思ったが、高い地位にある人間が周囲への示しとして位に見合った生活をせねばならぬ義務を理解しているエルミーナはレガートの提案を抵抗する事無く受け入れた。

 今揃えている上等だが既製品のドレスを入れ替える件については若干抵抗されたが、下位の貴族女性たちに対する上位の女性の義務を持ち出せば苦笑交じりに納得してくれて、彼女が自身の願いである自立に腐心するあまり周囲への配慮や義務を見失う人間では無い事が伝わってより好意が増す。


 断固として質素な生活を貫こうとしても見損ないはしないが、レガートの立場では身分に合わない装いを番にさせたまま他者の目に触れる場所で暮らさせる事は出来ないし、それでも、と言われれば離宮にでも閉じ込めるしかない。

 閉じ込められる事を拒まれても、竜王の番である無力な人間など、あらゆる勢力からの恰好の的になるから、本人の安全の為にも宮殿内で保護する以外の道は無かった。


 昔、高位の竜の番となった人間の少女が、本人曰くの『身の丈に合った』質素な暮らしを人間の国の市井で送りたいと主張し、番を溺愛していた竜が折れて厳重に警護しながら人間の国で暮らさせたものの、護衛を嫌がった番が隙を見て単身街へ遊びに出かけた末に攫われて人質となり、助けようとした竜が命を落とした上、暮らしていた街へも多大な被害を及ぼした事があった。


 番の少女は守られて生きながらえたが、その被害によって壊滅した街の生き残りや死んだ竜の家族達の怒りは激しく、生き残り達の手によって惨殺された後は竜達の手によって、次は番として生まれて来られぬように、と魂を潰されたと言う。

 ちなみに、人間の国で番を暮らさせるにあたって治安の良い交流のある国を選定し、国の上層部との折衝だの警護の為の整備だので少女の目に触れぬ場所に掛けられた金額は莫大な物だった。

 古くから住んでいた貧民街の者達はその為に住処を追われて彷徨の民となったし、被害を受けた国と街、遺族達への賠償もやはり並々ならぬ額だったと言うから、あくまでもその『質素な生活』は少女の自己満足のまま、なまじの王族よりも金のかかった暮らしをしていた事になる。


 以来番がどう主張しようとも安全な場所で暮らさせる事が互いの為に一番だと竜は認識しているが、説得になかなか応じない者も多い。

 贅沢に釣られる者よりも、それまでの暮らしを崩したくない、或いは貴族の生活を嫌がる者の方が竜族から見れば面倒で、エルミーナが自身の立場が周囲にもたらす影響を考え、その上で叶え得る範囲で望みとの折り合いを付けられる女性であった事を嬉しく思った。


 あんなにも美しく、その上聡明な女性を捨てたと言う人間の男の愚かさがいっそ不思議な程だったが、その元婚約者とやらが手放したからこそ早く出会えたとも思うと複雑な心境だった。


 とは言え許すつもりはないので、まずはランドル及び王太子の周辺と近隣国との関係等を良く調べる必要がある。


「ユーグ」


 王位に就く前から側近として使える青年の名を呼ぶと、少し離れた位置の机で書類をさばいていた彼は無言で顔を上げ、こちらを見た。


「ランドルについて調査を。特に王太子とその婚約者については詳細に」


「御意。……半月ばかりお時間を頂きます」


「ああ。頼む。金と手は惜しむな」


 短く告げるとユーグは頷き、立ち上がって部屋を出ていく。


 広いその背を見送ってから、改めて書類に目を向けた。

 未だ指先や肩のぬくもりの記憶は消えないし、彼女の事で意識が塗りつぶされそうにはなるが、まずはこの仕事を終えてしまわなくては晩餐を楽しめなくなってしまう。

 寡黙だが仕事には厳しいユーグ以外にも、はっきりと意見を伝えてくる頼りになる側近や臣下は多くいるから、いかに番との初の晩餐とは言えども仕事をおろそかにしていては晩餐を中止にされかねない。

 大昔、まだ即位したばかりの頃に公務をさぼった折、先代から仕える宰相が怒り狂って追って来た時の顔を思い出してぶるりと身震いしたレガートはペンを取り上げ、書類に取り掛かった。


お読みいただきありがとうございました。

ブクマ、評価、誤字報告、本当にありがとうございます。

仕事と執筆で時間が無く、まだ誤字報告を反映しきれていないのですが、時間を見つけて精査のうえ反映させていただくつもりですので、今しばらくお待ちください。

また、レビューを頂きました!ありがとうございいます。

感想は少し怖いので閉じているのですが、主人公を可愛いといっていただけて嬉しいです。


続きが読みたい、面白かった、などありましたらブクマ、評価などいただけると励みになります。


明日はエルミーナの母国の話しで13時アップ予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ