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わたくし、性格が悪いのです~虐げられ、追放された令嬢は復讐を望む  作者: ねこやしき


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10/20

目を背けてきた感情

「竜王陛下と言えば、とても神々しく恐れ多い方に違いないと思っておりましたが……本当は愛らしいお方でしたのね」


 思わず心に浮かんだままの言葉を零すと、蒼い瞳がぱちぱちと瞬いてから破顔した。



「愛らしいなどと言われたのは幼い頃に母や侍女に言われた以来だが、愛しい人にそう言われるのは嬉しい物だな。ルシアはあの仏頂面のユーグを可愛い人だと良く惚気ているが、それと似たものだろう?」


 地位のある男性に愛らしいなど、よほど親しくなければ怒りを買いかねない言葉であるのにレガートは実に嬉し気で、喜びの余りかエルミーナを抱き締めてから慌てて離す。


「……駄目だな、つい触れたくなってしまう。……膝に乗せてはだめだろうか?」


 唸るように言ったレガートがこちらの様子を伺いながら提案してきたが、エルミーナはきっぱりと首を左右に振った。


「駄目です」


 ミルカなら喜んで膝に乗るだろうが、貴族の令嬢として、未来の王太子妃として貞淑であれと厳しく教育されてきたエルミーナは、婚約者ですら無い男性の膝に乗るなど絶対に出来ない。


 そんな所がつまらない女だと言われるのは解っていたが、だからと言ってふしだらな事は出来ないし、レオナルドに口に出せないような事を求められた時もどうにか断った。


 彼の心がミルカに向いてしまった頃、あの誘いに応じていれば良かったのだろうかと悔いもしたのだが、今となっては応じなくて本当に良かったと思う。


 きっぱりと断られてしゅん、と落ち込むレガートが可哀相に見え、少し心が動くがここで応じてはしたない真似をするのはミルカと同じ地位に自分を貶める気がして嫌だった。


「……レガート様が嫌なのではないのです。ただ、婚約もしていない間柄であまり触れ合うのは、わたくしには少々恥ずかしくて……。それに、ミルカと同じ事をするのはどうしても嫌なのです」


 貴族の令嬢としてあまり本音を話すのは歓迎されないし、本来のエルミーナであれば当たり障りのない言葉と曖昧な微笑みで躱す所だったが、レガートに対しては不思議と思った事が素直に口から出てしまう。


「む……確かに淑女としては当然の事だ。私の方こそ、無理をいってすまなかった。ミルカとは確か異母妹だったな?」


「ええ。…………わたくし、とても性格が悪いのです」


 溜息を零して呟くと、レガートが首を傾げた。


「……わたくしは、追放される前からずっと、ミルカを見下していたのです。顔にも言葉にも出してはおりませんが、胸の内では、いつも」


 かつて見た様々な光景や聞いた言葉を思い出し、自然と眉が寄る。


「養父にも実母にも甘やかされて、貴族同士の挨拶どころか食事の作法すらまともに出来ない、序列も理解出来ず、学園の成績も低く、女性との交流はろくに持てず、殿方に媚びるしか出来ない無様な娘だと」


「……それは貴族の令嬢とは思えないが……母親が平民のメイドだったと言っていたか?」


「ええ。ですが、生まれた時から男爵家の娘として育っております。実父が私の父であるのは明白だったので一切叱られたりもせずわがまま放題に育てられたとか。そのせいか、紅茶を飲むだけの事でもカップを静かに置けず、食事の仕方も浅ましく……。ダンスはそれなり程度に出来ておりましたが、婚約者のいる殿方に平気で縋りついて、見目好い男性には本来の振り付け以上に密着して胸や腰を押し付けながら踊るので他の貴婦人たちは皆眉を潜めておりましたわ」


 かつて参加した夜会で幾度も見たあまりにも見苦しい光景を思い出して眉を顰める。


「外国語は一つも……古帝国語すら読み書き出来ず、隣国の名前を間違える事がある。そのくせ、見目好い男性や権力、財力のある男性には過剰なほどに身を寄せて……それこそ様々な殿方の膝に乗っている姿も何度か見かけました。そうやって媚びを売って金品をねだるのだけが得意な、ふしだらでみっともない、頭の悪い娘だと……そんなミルカを気に入るレオナルド様の事も……そう、わたくし、きっと心の底では軽蔑していたのです」


 その感情をはっきりと言語化してしまえば、自分の中にある黒い感情から目を反らせなくなるのが本能的に解っていたから、はしたない振る舞いに僅かに眉を潜める程度で深く考えない様にしてきた。


 未来の王妃として、清濁を併せ吞まねばならぬのを理解はしていたが、正しく、慈悲深い人間であれば、いつか目が覚めた婚約者が戻ってくると信じたかったからこそ己の中のミルカへの侮蔑を認めるわけにはいかなかった。


 しかし、荒野で死と向き合い、そして自分を受け入れてくれる場所へたどり着いた今、まっすぐその感情を受け入れられる事を不思議に思う。


 ミルカへの感情を言葉にしてみれば、その裏に隠されていたレオナルドへの失望や軽蔑もまた顕わになった。

 今の今まで思ってもいなかった婚約者への軽蔑は、口に出してみるとすとんと胸の中に落ちて来て、今もまだ少しだけ残っていた悲しみや、彼を繋ぎ留められなかった事への悔恨が霧散する。


「……不思議ですわ。わたくし、ずっとレオナルド様の事をお慕いしているのだと、そう思っておりましたの。ですが……今思い返してみれば、ミルカが現れる前、あの方が多くの女性と浮名を流し始めた頃には、失望していたような気がします」


 今思えば、何故ああも執着していたのだろうかと思うが当時のエルミーナには彼と結婚する未来しかなかったし、孤独な環境の中、他に頼れるものも何も無かったから、やはり依存していたのだろう。

 レオナルドにも問題は多かったと思うが、好きでもない、面白みのない女に依存された彼も迷惑だったろうと思えた。

 かといって公衆の面前で侮辱し、嘲笑した上、死ぬと解っていて荒野に捨てるのはあまりにも心無いやり方だと思うし、許すつもりはないが。


「かいつまんで聞いた事だけでも、失望して当然の男だ。ミルカとやらについてもそれだけ出来の悪い令嬢をそのまま表に出す男爵家の正気を疑うし、エルミーナという素晴らしい人と婚約を結んでおきながらそんな女に惑わされる男も程度が知れるな。しかし、エルミーナは……もうその男に未練は無いのだな?」


「どの様な相手を素晴らしいと思うかは、人それぞれですわ。レオナルド様にとって、きっとわたくしではなくミルカが最良の女性だったのでしょう。わたくしにはいささか測りかねますが。……先程までは、未練こそ無くともまだ少し、辛うございました。……ですが、こうして言葉に出して話す事で、心が整理出来たのでしょうか。今はむしろ、あのような方と婚姻を結ばずに済んで良かった、とすら思っておりますわ」


 晴れ晴れとした気持ちでにっこりと微笑む。


 多分、かつてのエルミーナを知る人がこの微笑みを見れば目を疑うだろう。

 今まではいずれ王妃になる令嬢として厳しく教え込まれたおっとりと柔らかい、嫋やかな印象を与える微笑みを常に浮かべる様意識し、周囲の状況に合わせて笑うべき時にのみ笑顔をより強く作っていたし、エルミーナは完璧にそれを行えていた。


 しかし、先程レガートを愛らしく思って不意にこぼれた笑い声と同じく、今、自然に湧き上がる感情のままに浮かべた笑みは自分の心までも軽く、華やいだ物にしてくれた。


 きっとこんな笑顔をあの国にいた頃浮かべれば、教師や父からきつい仕置きが待っていただろうが、この国であれば、レガートやルシア達であれば、受け入れてくれると疑いなく信じられる。


 ルシアは数日、レガートに至ってはまだ一刻も共に過ごしていないというのに、実の両親や十年も婚約していたレオナルド、会話はほぼ無いにしても幼い頃から世話になった使用人達にすら抱いた事の無かった信頼をあっさりと抱いてしまえた事を不思議に思いながら、目を見開き、僅かに頬を赤らめてこちらを見下ろす青年を見上げた。


「わたくし、まだいろいろと至らぬ部分が多いかと思います。竜族の事もまだあまり存じ上げませんし、番、という物についても理解できておりません。それでも、死の淵からお救い下さったばかりか、こうしてわたくしの事を真摯に考えて下さるレガート様に、真摯に向き合いたいと、そう、思いました」


 心の中を整理しながら、出来得る限り誠実に言葉を紡ぐ。


「今しばらく時間が掛かるかとは思いますが、なにとぞ、宜しくお願い申し上げます。レガート様」


 多分、自分はこの優しい竜を心から愛せるようになるだろうと予感しながらも、エルミーナは深々と頭を下げた。


お読みいただきありがとうございました。

やっとタイトル回収出来ました。

ブクマ、評価など、いつも励みになっております。

誤字報告がちょっと時間が無くて反映しきれていないのですが、近いうちにまとめて確認の上反映する予定です。こちらについても、いつもありがとうございます。

面白かった、続きが読みたいなどありましたら、評価・ブクマを入れていただけると嬉しいです。

明日も13時更新予定です。

よろしくお願いします。


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