まだまだ初冬
ワスレナグサ
今日、六時半に起きられたことは奇跡と言っていいだろう。
昨日の部活は予定通り九時半まで行われた。
後片付けを含め、帰宅は十時を少し回った頃になった。電車勢は四十五分頃に帰っていった。
家に着く時間は電車勢の方が遅いのだろうけど、何故か羨ましく感じてしまう。
帰宅する足の一歩一歩が重かった。
なにしろ、我らが藤の花高校の放課は四時からで、部活はいつも四時半から始まる。
昨日は、筋トレのみを五時間やり続けた。
家に着いてからも、太ももはパンパンに筋肉が張っていて、腕は箸が震えて食事に支障が出るほどだった。
そんなこんながあり、就寝は十二時を過ぎてしまっていた。
だから僕にとって今日六時半に起きられたことは小さな奇跡と言って差し支えないだろう。
筋肉痛で体は軋むが、いつもの登校準備を整え少しの期待と大きな緊張を胸に家を出た。
今日は快晴だ。
いつものように一人花道をゆく。
今日は塾のビラ配りは無く、上履きランキング一位を保持して階段をのぼる。二年生の教室は二階にある。
こんなにスムーズに登校できたのはいつぶりかと自分に感心しながら教室の前まで来て、違和感を感じた。
ストーブの稼働する音が聞こえない。いや、教室の中から音がしない。
極め付きとしては、蛍光灯が一つも点灯していない。
ドアを開けたとき、僕は一等賞だった。
僕は二年生になって初めてストーブの電源を押した。少し気持ちよかった。
今まであまりストーブの周りを気にする機会も無かったので気にならなかったが、ストーブの隣の棚には花瓶があり、そこには一輪の花が生けてあった。
一輪の勿忘草が花弁をこちらに向けていた。
勿忘草の花言葉は、「真実の友情」
「私を忘れないで」
「この花って……。」
今日は、初めて藤野さんより早く登校した。というより、藤野さんがいつもより遅かったという方が正確だ。
藤野さんは七時四十分の少し前に教室に入って来た。
彼女は先に着くといつものように教科書とノートを開き、自習を始めた。今日は数学のようだ。
今日の数学は確か三時間目からだ。
二十分が経ち、僕はそろそろエースが来るだろうと勉強道具をしまいながら、彼女に話しかけるタイミングを見計らっていた。
しかし、話したいことは山ほどあるのだが、話すきっかけが見つからない。
野球のルールの話でもしようか、いや野球の話で盛り上がる女子はミーハーが多い。(※主観です)
天気の話にしようか、いや最近天気の話なんてALTの先生以外としてないぞ。却下だ。
ていうか僕、人に話しかけたことってほとんど無いな。……。よし、これをきっかけにしよう。
話しかけようと近づいたとき僕はふと、彼女のノートに目を移した。
そこには、前に見たものと同じ自己啓発のような文章が公式のそばにすらすらと書き込まれていく。
しかし、前と違った点が一つだけあった。
ページの右端に、大きく濃く「+54」と書き込んでいたことだ。
書き込んでいる時の彼女の顔は、まるでノートの向こう側にいる何かに嘆いているようだった。
彼女も、自習に一区切りがついたらしく椅子に寄りかかりこちらの気配に気付いたようだ。
チャンスは今しか無いとばかりに僕は勇気を振り絞り、口を開いたとき
「キンコンカンコーン!」
チャイムが鳴り響いた。
不意を突かれたが、エースが来るまでまだ少し時間はあるだろう。
もう一度話しかけようとして
「話しかけないでくれる。」
藤野さんは教卓を向いたまま無表情で言い放っていた。
僕は嫌われていただけだった?
そしていつも通りエースが僕の左隣の椅子に座ると、藤野さんは事前に右に一つ席を移動していた。やはり彼の声は迷惑なのだろう。
いや、この動作すら僕を嫌がっていただけなのかもしれない。
何より、この場に留まるのは僕にとっても藤野さんにとっても得策とは言えないだろう。
「頼むエース、今日は外で話そう。」
エースが話し始めるより前に僕は切り出した。
今は一刻も早く藤野さんから距離を置きたい。
彼女はただ僕のことが嫌いなだけだったのだから、昨日一日中僕は立派な自分の主観で妄想を膨らませていたことになる。
恥ずかしい。死にたい。死ね僕。
切り出した僕に対して彼は
「明日からはちゃんとここで話してくれる空振り三振?」
周りから少し期待の視線が向けられている。断ってほしいのだろう。
僕が言うのはどうかと思うけど、言わなきゃ伝わらないことだってあるよ。例えば自分がどれだけ本気なのかとかね!
「うん、別にいいよ。」
勿論僕はあまり本気ではない。だから言わない。
外野からのヤジも…気にしない。
でもエースの言葉には、少し引っ掛かることがある。
「僕」と話すことではなく「ここ」で話すことが大事?
彼はこのクラスに嫌われたくて来ているのだろうか。
読んでくださりあざ丸水産よいちょ丸!……………はぁ…。