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まだ初冬

青春したい。

        スイセン


僕は独りで素早く校門を通過し、上履きに履き替え、教室へ向かう。

これにはしっかりとした理由がある。

まず校門には塾への勧誘のビラ配りの人がいたので、無視するために敢えて機動性を重視して一人で通ったのだ。

上履きは、えっと……あぁ、僕はいつも履き替えランキング一位を保持することにプライドを持っているんだ、きっとそうだ。

よしっQED証明完了っと。

うちの野球部には朝練はない。

毎年一、二回勝つだけの部活に朝練は必要ないそうだ。

なので、朝は一時間程早く学校に来て勉強の時間にあてている。

そして教室に着いたとき、自分の証明が間違っていたことを思い出した。

部活の荷物を教室と反対の廊下の隅に置き二年一組の教室に入る。

一人の女と目が合った。

俺は…履き替えランキング二位を保持することにプライドを持っているんだった。


俺の名前は広瀬孝介、二年一組、出席番号二十六番。

ひとクラス四十人単位で、さっき目が合った女は右隣の席の藤野巴、出席番号二十八番。

憎き登校ライバルで、未だ勝てた試しが無い。

始業の一時間半前の七時に登校した日も藤野さんはいた。

僕より早く登校しているだけあって、テストは毎回トップテン入りしているし、顔もそこそこ美人。ちょうど肩にかかるくらいのショートヘアで、チャームポイントは、月見草を模したようなデザインの髪飾りだ。職人の努力が窺える凝ったつくりだ。顔の理想を言うのならば、全体的に緩い顔つきの方が僕のタイプだ。

いつも一番に来て、夏は窓を開けて換気を、冬はストーブをつけてくれている事には感謝しか無いけれど、

僕は一度もその厚意の現場を見たことがないので少し不気味さを感じている。

ぶっちゃけ、この時間に来てメイクとかどうしているんだろう?

藤野さんも朝に自習をしている。

今年の秋頃に見せてもらった、いや、藤野さんが席を外している間に拝見したノートにはびっしりと文字が書きこまれていた。

文章自体はとても理解しやすく素晴らしいノートだったのだが、気になることが一つあった。

それは…

文章の最後のほとんどが自己啓発のように、「〜絶対に覚えなさい」などで締められていたことだ。

その事は、気になってはいるが問い詰めるほどの事でもないと思い、聞かないまま二ヶ月が経っていた。


この僕と藤野さんだけの空間は毎日三十分前後で終わりを迎える。

まぁ、話すことなんて一度も無かったんだけどね。

始業チャイムの三十分前にこの高校の大体の生徒が登校してくる。おそらく、電車の到着時間だろう。

僕が通う共学の藤の花高校からは、西に歩いて約六分の所に藤の花駅という小さな駅がある。

野球部の我々、徒歩勢、自転車勢にとって電車勢は憎い存在だ。いつも、帰りの時間を電車の時刻に合わせて、我々を後片付けに回し、僕等を見下している節がある。(※主観です)

まぁ、時々電車を諦めて手伝ってくれるからいいんだけどね。

あとは、昇降口まで手を繋いでくる男女は全員○ね。うちに風紀委員は無いのか。無いなら今すぐ作れ。

手を繋いでいる奴等全員の評点を赤点ギリギリまで落としてやる。

そんなことを考えていると時間が経ち電車勢が教室に入ってきて二人の空間は崩壊した。

僕は、いつも通り自習に励んでいると

「おい広瀬、今日の練習九時半まで筋トレだけだってよ!くそったレフトオーバースタンドイン!!」

左隣から、いや、レフトスタンドから爆音が飛んできた。

爆音を放った彼は野球部のエースで、テンションがいつも爆上がりしている。

「……マジで?」

内容が内容だった為、聞き返さずにはいられない。

うちの部活は、基本的に八時までしか活動していないのに急な一時間半の追加。部員の誰かがやらかしたな。

「マジでスリーランホームラン!」

事前に言うと、彼は嫌われています。

普段の話は、内容は面白いのだが、声量に問題があるらしい。

絶対に隠し事に向かないタイプの人間だ。

あと、個人的には死刑宣告に等しい内容でもこのテンションなのが腹立つ。

あとは…

隣のクラスなのに僕の隣の席に当たり前にいるのが…腹立つ。

毎日始業の三十分前になると隣に居座るので、エースの座っている席の男子生徒、つまり僕の本来の左隣の席の人は、いつも一緒にいるグループとそそくさと隣の多目的室に移動してお喋りしている。

彼が移動する際に時々睨んでくるのが怖い。

いや、僕だって勉強したいんだ。昔一度だけ遠ざけようとしたさ。

「勉強の邪魔になるから朝はあまり絡まないでくれるかな。僕はさ、ほら一つのことにしか集中できないタイプだから。」

そしたら…

「俺より勉強の方が大事ってことか?」

その一言には、いつものテンションはなく、突き放したような真顔だった。

それから僕は始業までの三十分を彼とのお喋りにあてている。

どうせ僕は長い物に巻かれて生きてきた人間だ。

今更どうにかなることじゃない。

僕の人生はそういうものだと自分に言い聞かせるのが癖になってしまっている。

そういえば、毎日藤野さんはエースが来ると一つ右の席に移動する。

やはり、彼の声は勉強する人達の妨げであることは周知なのだろう。

そういえば、もう一つだけ気に入らないことがある。

僕とエースがぼっち、いや、「孤独を愛する者達」として一括りにされていることだ。

うんざりしながらエースの後ろの窓から見える校庭を見た。

そこからは小さなスイセンが咲いているのが見えた。


スイセンの花言葉は「自己愛」

         「報われぬ恋」


八時半の始業まであと四分。

周りの視線が無ければ話してもいいのだが、やはりエースの声量は他方からは色々アウトらしい。

なんだか大御所に無茶振りされてる売れない芸人の気持ちが分かった気がする。逃げ出したい。

アウトだと思っているなら誰かが注意しろよ。

そんなことを思うのは、ここに呼んだ、いや、ここに居てしまった者として少し無責任だと感じながら僕は長針が真下になるのを待っていた。

ようやく八時半のチャイムが鳴りエースは素早く席を立ち帰っていく。

「さよなランニングホームラン!」

そして彼はいつものルーティーン、教室を見回してから帰っていった。

彼が帰ってからの目の敵は勿論僕だ。

言葉にはしないけれど、あからさまに避けられている。

罪悪感からか、疲労感からなのだろうか、いや、多分どちらの感情でもない。僕は先生の話を聞かずに机に突っ伏していた。

「おい広瀬!話を聞きなさい!」

教卓から先生が叱責する声が聞こえる。

周りからクスクスとクラスメイト達の笑い声が聞こえてくる。

僕の身体は、本能的に回避方法を会得してしまっている。

僕には弁明する気力も無ければ、するような友達もいないし、僕がとれる行動はこれしかないのだ。

これでみんなのストレス発散になるのならばこれでいいや。

そんな妥協に満足していたとき、周りの笑い声の中に一つだけ違う感情の声があった。

「可哀そう。」

それはとても小さな声だったけれど、笑い声に掻き消されるような小さな声だったけれど、その声はとても透き通って胸まで届いた。

それは、藤野さんの声だった。

見上げてみると、彼女の顔は……張り付かせたような満面の笑みだった。

いや怖い怖い怖い。

でも少なくともその笑みは、周りとは違う。蔑むベクトルが一段と強い。

僕の奥底の、本質を見られている気がした。

その全てを知っているかのような笑みに僕はただならぬ恐怖を感じていた。

でも、何故か恐怖と同時に僕の胸に流れ込んできた感情は

好奇心だった。

おかしなことに、周りに笑い者にされながら僕の胸の中は、ゾクゾクさんとワク○クさんがぎっしりと詰まっていた。

僕は決めた。

明日は、藤野さんに話しかけてみよう。

なるべく勉強の邪魔にならないように。


読んでくださりありがとうございます

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