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さわさわという優しい音を耳が捉えた。
ほのかに甘い香りを含んだ風が頬を撫でていく。
ついさっきまで私が居た場所とは似ても似つかない感覚ばかりがある。
恐る恐る目を開けてみると。
「うーん……。どう見ても森だ……」
こちらを見下ろす木々に、視界の端にチラチラと見える色とりどりの花々。
木漏れ日に照らされた花びらが淡く光を跳ね返していて、とても幻想的だ。
幻想的?
うん、そうだよこれはきっと夢……。
「ぃひゃい……」
じゃなかった。
残念ながら感覚がしっかり仕事をしてくれちゃっている。
現実と分かればずっとここでうだうだしているわけにもいかない。
じわじわと痛みだす頬をさすりながら上体を起こした。
「で、ここはどこ?」
見渡す限りの森、森、森。
鬱蒼とした暗い森ではなく、光の差し込む明るい森なのは不幸中の幸いか。
「あ、そうだカバン」
足元近くに落ちていたカバンを手繰り寄せ、中からスマホを取り出す。
地図アプリなら現在位置がわかるのでは?
そう思ったのだが。
「圏外……」
電波が届かないならGPSは使えない。
ついでに助けも呼べない。
ちょっと買い物のつもりだったから、野宿出来るような装備のわけでもない。
「詰んだ……!」
腕を大きく広げて後ろにパタリと倒れる。
森の柔らかい地面がクッションのように衝撃を吸収して痛くない。
ふわっと強めの風が吹き、花びらが数枚舞い上がる。
「ふぇっひょんっ!」
偶然こちらに飛んできた1枚が鼻をくすぐり、くしゃみが出た。
[にゃむち!]
近くの花の群生から、白い何かが一瞬だけひょこっと跳び上がる。
「はい……?」
にゃむち……?
[むんん……にゃむにゃん……]
にゃむにゃむ言いながら花をかき分け姿を現したのは……なんだろうか、この生き物。
言うなれば、うさ耳うさしっぽのマヌルネコ?
顔や胴体などはマヌルネコのようではあるけれど、垂れた耳や丸いしっぽはうさぎみたい。
真っ白な毛並みは見ただけでもふわふわで、触り心地が良さそう。
[にゃむち!]
私の目の前までてちてちと歩いてきて、ドヤァ……ともっふもふの胸を張る謎の生き物。
なに、もふれって?
では、存分にもふらせて頂こうじゃないの。
「うりゃうりゃうりゃ」
[にゃんむにゃんむにゃんむ]
手が毛の中に埋まる。
それくらいもふもふしてる。
「ねぇ、君って野生だよね……?」
まるで手入れされているかのような毛並みだ。
野生の動物ってこんなにもふもふしてるっけ?
[にゃんむ? にょんむにゃむにゃむ]
ごめん何言ってるか分からない。
[にゃんよ!]
すくっと二本足で立ち上がる謎の生き物。
猫背はどうした。
[にょんやにゃんにゃむ!]
抱っこしろ、ということなのだろうか。
前へならえみたいに両前脚を差し出してきた。
「よいしょっ」
あ、意外と軽かった。
[んにゃふー……]
腕に抱えると、満足そうに目を細める。
で、どうしたらいいんだろう。
当分の間生きるための行動をしなければいけない。
それはわかっているが、何をすればいいのか皆目見当もつかない。
[にゃむ? にゃむち! にょんにゃむ!]
ん?
なに?
[んんー……にゃむち!]
垂れ耳をピクピクッと動かしたと思えば、ピッと両耳でとある方向を指し示す謎の生き物。
[にゃむにょんにゃむ!]
私の腕をぽふぽふと叩いて何かを促してくる。
「えっと……もしや、あっちに行け、と?」
[にゃむち!]
こくり、と頷かれた。
うーん……。
まぁ、ここでいくら頭を捻っていてもどうしようもないなら、行ってみようか。
「わかった、行こうか」
[にゃんにゃむち!]