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「んんむうぅぅ…………」
もそもそとお布団の中で寝返りをうつ。
そのせいで、カーテンの隙間から漏れる太陽の光が顔に直撃した。
「うぅ……」
眩しい。
お布団の中に潜れば今度は息苦しい。
くっ……目がさえてしまったじゃないの……!
せっかくのお休みなのに!
半月ぶりの!
「起きるか……」
目が覚めちゃったのなら仕方ない。
朝ごはん食べるか。
お布団よ、しばしの別れだ……。
「よっこらせ」
泣く泣くお布団からにじり出て、朝ごはんを作るためにキッチンに立つ。
作るって言ってもチンしたトーストにジャムを塗るだけだけど。
あとは時々、目玉焼きのせたりとか。
パカリ、と冷蔵庫を開ける。
「…………」
パタン、と閉じた。
なんということでしょう。
何もない。
買い物しなきゃいけないじゃん。
一日引きこもってダラダラする予定がぁ……。
とりあえずは食パンをお皿にのせて電子レンジにイン。
トーストモードのボタンをピッと押した。
これ、間違えて普通に温めるとカッチカチのパンが出来上がってしまうのだ。
何度間違えて歯で削りながら食べたことか……。
焼き上がりを待つ間に、冷蔵庫に唯一残っていたジャムと、それをトーストに塗るスプーンを用意する。
電気ケトルに水を注いでセット、コーンポタージュの粉末を出して準備は完了。
あとは伸びをしながら待つばかり。
「朝ごはん食べたら少しまったりして、それから買い物かなぁ……」
あとはのんびりしよう、そうしよう、と心の中で決める。
ちょうどその時、トーストの焼き上がりを知らせるピーッ、ピーッという音が響いた。
急いで取り出し、ジャムを塗る。
熱々カリカリの状態が一番おいしいと、個人的には思う。
お湯も沸いたので、コーンポタージュの粉末にとぽとぽ注ぐ。
これでよし。
小さな折り畳みテーブルにトーストとコーンポタージュを置き、腰をおろした。
テレビをつけて、適当に情報番組を流す。
「最近は物騒だねぇ……」
いい具合に焼けたトーストを頬張りながら呟く。
どこそこの国で死傷事件、あそこの県で起こった事故で何人が亡くなった。
そんなニュースばかりが耳を通り抜けていく。
無関心、なのだろうか。
その現場はかなり凄惨だったとわかるのに、何も感じない。
それが嫌になって、ぶちっとテレビを消した。
「なんだかなぁ……」
ため息とともにそう独り言ち、コーンポタージュを飲み干す。
「さて、お皿洗うか」
よっ、と立ち上がり、シンクにお皿を置いて蛇口をひねった。
ちゃちゃっと洗い、食器用ふきんで水気をとって棚へ。
それが終わるとベッドへと舞い戻り、ポスンと腰を下ろした。
「うーん、9時か……。買い物行っちゃおう」
まったりする時間は無くなるけれど、どのみち今日はお休みなのだから、帰ってきたら好きなだけゴロゴロすればいいだろう。
衣装ケースから服を引っ張り出して着替え、買い物袋をカバンに放り込んで家を出た。
「目がシパシパする……」
寝起きからそれほど時間が経っていないからか、太陽の光が目にしみる。
部屋がいつも薄暗いっていうのもあるだろうけど。
部屋はちょっと暗めの方が好きなんだよね。
そっちの方が落ち着くから。
ぼんやりと考え事をしながらいつもの道を歩く。
「ふあぁーあ……」
人通りがかなり少ない道であることをいいことに、大きなあくびをした。
おっと、もうすぐ大通りに出る。
カバンを揺すって肩に掛けなおし、背筋を伸ばす。
先程までのだらけた感じではなく、シャキッとした風を装って1歩を踏み出した。
「……え?」
突然視界がぐにゃりと歪む。
アスファルトを踏みしめたはずの足裏には、こんにゃくを踏んだような頼りない感触がある。
景色がぐるぐると回り出す。
平衡感覚が狂う。
どっちが上?
どっちが下?
回る景色の中心から真っ黒い何かが溢れ出す。
頭がガンガンと内側から叩かれているように痛む。
キーンという耳鳴りが全ての音をかき消す。
身体の中で刃物が暴れ回っているような鋭い痛みが全身を襲う。
これは何?
何が起こっているの?
じわじわと迫ってくる真っ黒い何か。
私を呑み込もうとしているかのようだ。
指1本動かせないどころか、声さえも出ない。
逃げたいのに、逃げられない。
靄のようなそれは、ゆっくりと私を覆う。
そして、私の視界はどこまでも黒一色で染め上げられた。
手足の指先から、感覚が消えていく。
じわりじわりと、外側から食われていくように。
相変わらず目眩、頭痛、耳鳴りは止まない。
そしてやはり動けないし、声も出ない。
身体中の痛みが増していく。
黒一色だった視界に、白いものがチカチカと瞬き、膨らんでバチッと弾ける。
”今度こそ……今度こそ……私の……”
何処からか聞こえてくる、誰かの悲痛な声。
どこか懐かしく、ひどく胸を締め付けられる。
それと同時に、私の意識はふつりと切れた。