Data.79 弓おじさん、疾走する
すべてのシープの解説を読み、すべてのシープでレースに挑んだ。
ゲームにおいて性能を言葉で説明しきるのはとても難しい。
書いてあることと実際使ってみた感覚がまるで違うなんてことはザラにある。
シープも同じく、解説を読むだけでなく自分自身で操作することで長所や短所を把握できると考えた。
8種のシープがいるわけだから、当然8度は走ることになる。
正直、すべてのシープに乗る前にクリア出来てしまうのではないか……という考えも頭の片隅にあった。
もちろん、そうはいかなかった。
レースには常に俺以外にも初心者が混じっていたが、ずっと走り続けてるであろうプレイヤーも思った以上にいる。
始めたばかりの俺とマッチングするということは、初期レートから上がらない程度の腕のプレイヤーということになるが、レースのイロハがわかっていない初心者に比べれば速い。
試練クリアのハードルを上げるには十分すぎる。
とりあえず各シープの特徴は覚えた。
みな個性豊かで、1頭の操作に慣れると他のシープに違和感が出るレベルだ。
クリアを目指すなら1頭のシープに絞り込んで練習するのがベターだと思う。
乗った感じ一番難しいと思ったのは『ボムボムシープ』だ。
・ボムボムシープ
スキル:ボムショット 奥義:スーパーバウンド
妨害耐性:大 特徴:遅めだが頑丈
スキルは爆発する毛玉を飛ばし、奥義は触れたライバルを超弾き飛ばす。妨害されても復帰が速い。
爆弾の『ボム』と弾む擬音の『ボム』をかけたシャレたシープだ。
オレンジの体毛を持ち、まん丸い体をしている。
妨害耐性が大なので、スキルや奥義がカスったくらいではゲージがなくならず簡単にスピンしない。
また、スピンしたとしても復帰が早い。
弱点はレースゲームとしては致命的なスピードの遅さ。
普通に走るだけだと確実に負ける。
加速の秘訣はスキルと奥義。
高い妨害耐性を活かして、自らのスキルで生み出したボムの爆風で加速する。
奥義は体毛が爆発的に伸びてさらに丸いフォルムになる。
この状態でライバルに当たると相手を強く弾き飛ばす。
飛ばす方向によってコースアウトにすることができるが、本当の使い道は障害物を使った加速法だ。
ライバルは動くものなので飛ばせるが、コース上の障害物はそうもいかない。
逆にこちらが吹っ飛ぶのだが、その飛ぶ方向を制御して前に進むことが出来る……。
俺にはどれも難しかった。
人のやってるのを見てこういう使い方もあるのかと驚いただけで、自分ではこのテクニックを使いこなせていない。
あと最初に乗ったのがスピード特化のシープだったせいで、遅めのシープはどうもストレスが溜まる。
そういう理由でボムボムシープと同じ大型シープの『ヴォルケーノシープ』も合わなかった。
・ヴォルケーノシープ
スキル:ファイアスモーク 奥義:マグマロック
妨害耐性:大 特徴:妨害が得意
マグマロックはコースに一定時間残る。狭い道に置くと効果大。自身の幅が広いので自爆に注意。
微量のダメージも与える【ファイアスモーク】で視界を奪い、先行するライバルにはメテオのように大岩を飛ばして進路を塞ぐ【マグマロック】を使う妨害特化のシープだ。
コース上に【マグマロック】で完全に塞げるほど細い道は存在しないので詰みはしない。
しかし、【マグマロック】にはダメージ判定があるので、横を通り抜ける時に接触するとスピンすることになる。
特に幅が広くて当たり判定が大きいシープは……な。
俺は注意通り見事に自爆した。
ならば小型で小回りが利くシープが扱いやすいのでは?
そう思って乗ったのは『ゴーストシープ』。
・ゴーストシープ
スキル:クリアボディ 奥義:インビジブル
妨害耐性:小 特徴:回避が得意
小型の体とクリアボディで妨害を避ける。インビジブルはコースの地形も一部無視して走る。
【クリアボディ】はゲージがある限り任意の時間シープを透明にできる。
その間は妨害の効果を受けない。
【インビシブル】は一定時間無敵になる。
妨害も効かないし、森の中の木などはすり抜けて直進することができる。
右に左に避ける必要がなくライバルと差をつけられる。
スピードもなかなかで扱いやすかったが、スキルと奥義が受け身すぎた。
【クリアボディ】は発動のタイミングも終了のタイミングも任意なので、敵の動きを観察して妨害してきそうな場面を読まなければならない。
読みきれずにダラダラ透明になっているとゲージだけが削れてしまう。
常に相手の顔色をうかがいながら走るというのは、なかなかに厳しかった。
得意な人はすべての妨害を透かして、自由気ままに走れそうだが……。
ならば攻防一体の万能型『オーロラシープ』ではどうか?
・オーロラシープ
スキル:アイスシュート 奥義:オーロラバリア
妨害耐性:中 特徴:バランス型
敵を鈍化させるアイスシュートと妨害から身を守るオーロラバリアを持つ。目立った弱点はない。
ゲージの消費が多く連射には向かないが、当たれば敵を鈍足化できるスキル【アイスシュート】。
奥義【オーロラバリア】はシープの背中を覆うバリアで、一定時間バリアに当たった一部スキルと奥義を反射する。
背中にバリアがあるので前からの妨害には無意味だが強力な奥義だ。
初戦で俺を苦しめた『エレクトロシープ』も面白い性能をしている。
・エレクトロシープ
スキル:スパーク 奥義:マグネットパワー
妨害耐性:中 特徴:混戦に強い
自分の周囲を痺れさせるスキルとライバルを引き寄せる奥義を持つ。後続も引き寄せる点に注意。
効果は身をもって知っている。
周囲に電撃を放つ【スパーク】と他のシープを自分に引き寄せる【マグネットパワー】だ。
自分で使ってみて驚いたのは【マグネットパワー】の効果が同じコースを走っている全シープに及ぶということ。
シープ間の距離が強制的に圧縮され、混戦が起こりやすくなる。
特徴のわかりやすさではレッドスターシープにも負けていない『ガンシープ』。
・ガンシープ
スキル:バルカン 奥義:ガトリングガン
妨害耐性:小 特徴:Sゲージが溜まりやすい
全体的な性能は並だがガンガン妨害していける。威力は低いので走りながら当て続ける技術がいる。
速度は並、妨害耐性は小という一見弱々しいシープだが、Sゲージが溜まりやすいので気軽にスキルを撃てる。
【バルカン】は弾丸を高速連射、【ガトリングガン】はさらに高速連射するという潔さ。
ダメージを与える系のスキルや奥義がぶつかりあった時には、連射の勢いで一方的に打ち消したりもできる。
一際目立つのは『メカシープ』。
こいつは……。
・メカシープ
スキル:ミサイル 奥義:レーザービーム
妨害耐性:大 特徴:高性能だが操縦が難しい
妨害をするのも耐えるのも得意。スピードも速いが小回りが利かずSゲージも少し溜まりにくい。
スキルはホーミングする【ミサイル】を放ち、【レーザービーム】はコースの光の壁すら貫通してどこまでも真っ直ぐに伸びるという奇妙な特性を持つ。
つまり、やぶれかぶれに撃ったレーザーが壁を突き抜けてコースのかなり先を走るシープに当たって順位を狂わせたりする。
俺は2度ほど当たった。
妨害耐性も大なので本当に厄介だが、自分で使うとあんまり強くないというあるある展開。
解説の通り細かいところの反応が鈍くて扱いにくい。
さて、この個性豊かな8匹のシープの中で、俺が最終的に選んだのは……『レッドスターシープ』だ。
選んだ理由は自分の走りに集中していればいいからだ。
最初はスキルが強いシープに乗り続けていた。
自分がレースをしている時、一番脅威を感じるのはライバルからの妨害だったから、俺も妨害しなければ勝てないと思い込んでいた。
しかし、妨害に集中するあまり俺は速度を緩めてスキルを当てようとしていることに気づいた。
追い抜くために妨害しているのに、スピードを緩めていては意味がない。
本来射撃を行う時、動かない方が当てやすい。
弓の時もそうだが、敵が動いているのにこっちも動いたら当たりにくくなるのは当然だ。
だから、こっちは立ち止まる。
立ち止まって……撃つ!
だがレースゲームで止まるのはマズイ。
それなら、いっそのこと撃たない方がいい。
覚悟を持って『レッドスターシープ』に乗り、コースを駆け抜ける……!
シグナルが青色を灯す。
レーススタートだ!
今回のコースは一番最初に走ったコースと同じだ。
実はコースも複数あって、なかなか飽きない原因になっている。
俺は今のコースが得意なので、ぜひ3位以内を狙いたい……!
といっても、気張ることはない。
ゲージを溜める干し草ロールをゲットしつつも、インコースを常に意識する。
カーブではドリフトを使い膨らみすぎないように。
直線では奥義【スーパーダッシュ】。
急な上り坂かつ直線の虹の橋で使えれば万々歳だ。
スキルは適宜使いつつ、【ダッシュ】1回分のゲージは常にキープしておく。
妨害を食らってスピンした後、すぐに加速してリカバーするためだ。
結局のところ、妨害されてもやることは変わらない。
インを攻めて走行距離を少しでも減らし、加速すべきところで加速する。
『静』の釣り、『動』のレース。
正反対に思える2つの試練。
しかし、実際はどちらも己との戦いだ。
人の妨害に心を乱されず、自分を貫くことが勝利につながる。
いける……!
前には2人で、バックモニターに映る後続の姿は小さい。
この位置関係なら【レーザービーム】や【マグネットパワー】を食らっても抜かれることはない……!
ゴールが迫る。
先頭の2人がゴールし、俺もゴールにそのまま突っ込んだ。
――パンパカパーン! 3位入賞おめでとうございます!
ギリギリだが……やり遂げた!
これで試練はクリアだ!
――銅メダルをどうぞ! こちらをチャリンに渡せばメダルとご褒美と交換してくれます!
首に銅メダルがかけられていた。
……こう言っては失礼極まりないが、銅って金銀に比べて素直に喜べない感じがある。
努力の結果だし素晴らしいものだが、前方で金メダルを貰って喜んでいるプレイヤーを見ると、俺も欲しいなぁ……って思ってしまう。
あれはバトロワの時か。
男なら1位以外は満足しないとか考えてたのは……。
全員ゴールしたので、自動的にフィールドに戻される
銅メダルをチャリンに渡せば目的達成だが……。
「レースにエントリー!」
やっぱり1位じゃないとクリアした気がしない!
俺は『レッドスターシープ』と共に1位をとるぞ!
◆ ◆ ◆
結果、1位を取ることができた。
銅メダルでもクリアはクリアだったからか、肩の荷が降りて走りも軽くなった気がした。
2桁もレースに挑戦しないうちに、俺は文句なし独走の1位を取ることができた。
「いよっしゃああああああぁぁぁぁぁッ!!!」
大人気なく叫んでしまった。
やはりスピードは人を変える。
フィールドに戻ってきた俺は、首に金メダルをかけたままスクショを撮ったり、人気のないところでメダルを噛んでみたりした。
生まれてこのかた、金メダルなんて貰ったことないからなぁ。
イベントだから何人も金メダルを貰っているとはいえ、嬉しいものは嬉しい。
あとはこれをチャリンに渡せばいいのだが……貰ってすぐに渡してしまうのも惜しいなぁ。
渡せば戻ってこないだろうし、もう少しだけ俺の金メダルにしておきたい。
熱中しすぎたせいか、空に星が輝く時間になっている。
……今日はメダルを持ったままログアウトして、明日渡せばいいか。
別に何が変わるわけでもないが、なんとなく……な。
金メダルを掲げ、夜空に輝くおひつじ座と並べて眺める。
また1つ、試練を乗り越えた。
残る試練はあと5つ……!
※1/29追記
見直しが甘かったので全体的に文章を整えました。








