Data.75 弓おじさん、双魚の試練
「じゃあ、俺はそろそろ山を下りるよ」
双魚迷宮は初期街から西に位置する。
つまり、同じく西に存在する霧深山脈のふもとにあるダーパンの街から向かうのが一番近い。
空上郷のファストトラベルはすでに解放した……いや、解放できていた。
まさか、解放の条件が『工房でレア装備に関する仕事を依頼する』だとは知らなかった。
修理や進化などを依頼して、レア装備を預けた時点で後々取りに来る必要があるのだから、非常に合理的な解放条件ではある。
むしろ、親切すぎてビックリするくらいだ。
これでもうあの霧深く崖ばかりの山を登る必要はない。
他の街からいくらでもワープできる。
今度から気になる素材を手に入れたら気軽にウーさんに見せに来よう。
「僕もしばらくしたらイベントに戻るつもりですんで、また何かあればお願いしますね」
「ああ、お互い全部の迷宮をクリアできるように頑張ろう。それと最後の試練もあったっけな」
今日は霧深山脈を覆う雲が少し薄い。
遠くには初期街の上空でプレイヤーたちを今か今かと待ち構えている最終決戦の地『サーペント・パレス』が見える。
あそこで最後にチャリンと戦うという話だが、いったいどんな戦いになるのか想像もつかない。
「あと何日かすれば上位のプレイヤーたちがあそこに乗り込むのでしょう。そうすれば嫌でも戦いの内容が耳に入ってきますよ。まあ、僕らも十分前を走ってるプレイヤーだと思いますけどね」
「だいたい1日で2枚ずつゲットしてた俺で12枚のうち5枚のメダルを持ってるから、早い人はそれこそ10枚近いかもしれないな……」
「貪欲なプロゲーマーは自分が一番にサーペント・パレスの秘密を暴いてやると意気込んでいるでしょう。一番乗りが大きく話題になることは間違いないですから、自身の知名度アップに古参から新参まで必死ですよ」
「一番乗り……か。ちょっと憧れるけど、やっぱり俺はマイペースに進めるのが性に合ってるかな。それにもっと鍛えないとそもそもクリアできないような……そんな予感がするんだ。試練を進めつつ、スキルも装備も十分に鍛えようと思う。あと、レベルもね。もうすぐ第2職のレベルが最大になりそうだし」
「それが良いと思います。焦って装備を壊されたらまた足止めですからね。あと、幽霊組合の件ですが、ネココさんに会ったら前向きな返事をしようかなと思ってます」
「お、心が決まったのかい?」
「ええ、人間は助け合って生きるのが一番楽だな……と。それはつまり自分も誰かを助けるということなのですが、まあ、ネココさんから誘ってくれるということは、僕みたいなプレイヤーでも彼女のお眼鏡にかなったということでしょう。やるだけやってみますよ」
サトミはネココのゲームに対する熱意に怖気づいて幽霊組合への加入を渋っていた。
俺は普通に面白そうだなと思って入ったが、ゲームを楽に楽しみたいサトミにとっては引っかかる部分もあったのだろう。
「まあ、これから先パーティやギルド限定のコンテンツが出た時に集まろうってチームだし、気楽に考えればいいさ」
「ふっ……そうですね。では、お達者で」
「ああ、また」
マップを開いて『ダーパン』を選択。
俺の体は光に包まれ、次の瞬間にはパンダだらけの街に到着していた。
◆ ◆ ◆
ダーパンの街から街道を歩き、双魚迷宮を示すマップ上のピンを目指す。
そしてピンを目指している最中、ある事に気づいた。
よくよく見れば、そのピンは内陸にあるのだ。
海に関係していそうなかに座の迷宮は海辺にピンが刺さっているのに、魚釣りを予感させるうお座の迷宮は陸地の中にある。
この疑問の答えは、たどり着いてすぐにわかった。
「なるほど……そうきたか……」
川だ。大きな渓流を釣り堀に改造してある……!
ゴツゴツした岩を排除し、人工的な段差で区画を分けて網で仕切り、その中に魚を放流してある。
プレイヤーたちはジッとその場にとどまったり、首をかしげながらやたら場所を変えていたりと様々だ。
釣り堀は川に合わせてかなり長く展開している。
たくさんのプレイヤーが同時に釣りをしても、まだスペースがあるな。
俺も釣竿を受け取って試練を始めよう。
あ、クリア条件とご褒美の条件も聞いておかないとな。
『はいはーい。大声を出すとお魚がビックリしちゃうから、今回は普通の声の大きさでみんなに説明するにょん』
ここのチャリンは……ファンタジー感ゼロの釣り人スタイルだった。
ポケットの多いベストとか、水をよく弾きそうなズボンとか、長靴とか……。
長い金髪の上には安っぽいキャップまで被っている。
でも、こういう男のする服装そのままを着てる女の子ってのもなんだか悪くないかも……。
『ここの試練はある意味最もシンプルだにょん。これから貸し出す釣竿を使って、この釣り堀でお魚を釣るだけだにょん。お魚は足りなくなったりしないから安心するにょん。メダル獲得の条件はお魚の中でもレア度☆4以上の物を釣り上げること。ご褒美の条件は最高レア度☆5の大物を釣り上げることだにょん』
本当にシンプルだな。
ちなみにこの釣り堀で連れる魚はイベント専用のものなので、たくさん釣ったからといって素材に流用出来たり、売ってお金に出来たりはしない。
つまり、☆3以下は釣っても無意味ということか……。
『釣り方もとってもシンプルだにょん。ウキが沈んだら素早く竿を上げる……これだけだにょん。大物がかかった時は竿がしなったり水面がバチャバチャしたり演出が入るけど、竿をぶん投げたりしない限りそのまま釣れるにょん。要するに反射神経だけが物を言う試練だにょん』
……えっ!?
いま恐ろしい言葉がチャリンから発せられた気がするが……気のせいか?
まさか最新の技術を使って作られたVRゲームにおいて、昔ながらのボタンを押すタイミングだけで結果が決まる釣りゲームなんて……。
南の海でやった時はリアルなガチ釣りだったはず……。
『そうそう、あの超有名スローライフゲームの釣りみたいな感じだにょん。魚が食ってウキが沈んだらボタンを1回! そのタイミングで成否が決まって、後はメダカだろうがシーラカンスだろうが反応は一緒だにょん』
……なかなか面白い試練を紹介してくれたじゃないかサトミくん。
俺にとってプレイヤーとしての成長が問われる試練になりそうだ。
年を取ると反射神経が鈍る……これは避けようのない事実。
だがしかし、俺はゲームを始める前に比べて成長している自信がある。
そしてこの体に、この世界に、馴染んでいる実感がある。
ついに見せつけてしまうかもしれない。
このゲームに適応した俺の本当の実力を……な。








