Data.51 弓おじさん、十二の迷宮
イベント当日、いつも通り俺はゲームにログインしていた。
開始は発表と同じく午前7時だ。
大多数の社会人に厳しい時間帯だが、今回のイベントは他人と攻略のスピードを競うものではない。
むしろ、情報が出そろってくる後続の方が楽に攻略できるかもしれない。
無論、俺はいつだって率先していばらの道を行く覚悟だ。
「それにしても、最終決戦の舞台である『サーペント・パレス』の位置が初期街と被っている……。結構建物が密集した街だし、どこに舞台を作るんだろうか?」
その疑問はイベント開始と同時に解消された。
初期街の上空に巨大な円盤が現れたのだ。
円盤の底には黄道十二星座が描かれている。
位置的に円盤の上面は見えないが、きっと古代ギリシアのような景色が広がっているのだろう。
あれが『サーペント・パレス』。
へびつかい座をモチーフにした舞台。
あそこに行くには試練を乗り越え、星座のメダルを集めなければならない。
集めるべきメダルは12枚。
当然、試練を行う迷宮も12箇所存在する。
白羊迷宮 金牛迷宮 双児迷宮
巨蟹迷宮 獅子迷宮 処女迷宮
天秤迷宮 天蝎迷宮 人馬迷宮
磨羯迷宮 宝瓶迷宮 双魚迷宮
さて、まずはどの迷宮から攻めようか。
初期街から一番近いところは人が殺到するだろう。
本能的に人が多いところは避けたくなる。
かといって、遠いところは移動が面倒だ。
早くイベントがどんな感じか知りたい。
非常に好奇心とモチベーションが高い状態だからこそ、近場かつさほど人が集まらなさそうな迷宮を選びたい。
海辺に迷宮が配置されているかに座はどうだ?
港町にファストトラベル出来る俺なら近場と言える。
だが……なんとなくだが、かに座は小手調べの一番手に選ぶプレイヤーが多そうだ。
なんとなくある、弱そうなイメージ。
となると他に選択肢は……。
よし、決めた!
「みずがめ座、宝瓶迷宮だ」
場所は初期街周辺マップのギリギリに入っている霊山キクリ。
みずがめ座という生き物ではなく物がモチーフというのも少し変わっていて、最初に選ぶ人が少なそうだ。
これまた、なんとなくのイメージではあるが。
「他のプレイヤーも各々行くべき迷宮を決めたようだな」
街の外へ向けて歩き出すプレイヤーや、マップを開いて他の街へファストトラベルするプレイヤーが目立ち始めた。
このイベントの期間は長いし、他のプレイヤーと争うこともないとはいえ、はやる気持ちは抑えられない。
俺は駆け足で初期街を後にした。
◆ ◆ ◆
宝瓶迷宮の存在する霊山キクリには……たくさんの人がいた。
まあ、イベントが開始してすぐはどこもこんな感じだろう。
しかし、平日の朝なのにみんな気合入ってるなぁ。
このご時世働き方なんて色々あるから、平日朝だからって働いてて当然というわけではない。
だが、やはりその古くからの時間のリズムを守って働いている人は多い。
運営もわかっていて朝にイベントを始めたのだ。
夜のゴールデンタイムとかに始めると、負荷がいきなりとんでもないことになるからな。
とりあえず、今のところ不具合はなさそうだ。
ラグや通信障害もまったくない。
安心して試練に挑めそうだ。
で、そもそもどうやって試練に挑むんだ?
こういう時は……人が集まっていく方向に逆らわず流されていけばいい。
『はいはいだにょん! こっちでルール説明と試練に必要なものをお配りしているだにょん!』
霊山と呼ばれる神聖な場所にそぐわぬ絢爛豪華な噴水。
その中央に女神の石像のごとく鎮座するのは、このイベントの主催者である高性能AIチャリンだ。
髪型や服装は生配信の時と変わっている。
ツインテールをほどき、長い金髪の髪をひとまとめにして肩から流している。
服は天界の天使を思わせる白い布を体に巻きつけただけのもの。
そして、肩には水瓶を背負っている。
その姿はまさにみずがめ座。
どうやら、迷宮ごとに異なるコスプレ姿を見られるようだな。
彼女のファンからしたらたまらないサービスなのだろう。
『まずはグラスをどうぞ!』
全プレイヤーの目の前にガラスのグラスが現れる。
ジョッキとは言わないが、なかなか大きなグラスだ。重みも相応にある。
『ルールは簡単! この霊山キクリの中腹あたりには聖なる水が湧き出ている岩場があるにょん! そこで聖水をグラスに入れて、出来る限りこぼさないように持ち帰ればOKだにょん!』
なるほど、迷宮といってもダンジョン攻略ばかりではないとはこういうことか。
確かにこれはレクリエーションに近いな。
『ただし! 持ち帰ってくる聖水は一定量以上じゃないといけないにょん! 私の持ってるグラスに水を移し替えてもらって、グラスに刻まれているラインで合否を判定するにょん!』
彼女のグラスには赤と金のラインが入っている。
赤は合格ライン。メダルが手に入る。
その上にある金はご褒美ライン。メダルとご褒美が手に入る。
シンプルかつ直感的なルールで感心するな。
『最後にもう2つ! このグラスの上部を塞ぐことは出来ないにょん! 水が溢れないように手で押さえることも、スキルを使って押さえることも出来ない仕様だにょん!』
まあ、塞げたらゲーム性が崩壊するもんな。
それは納得の制限だ。
『また、グラスは体や装備の好きなところにくっつく仕組みだにょん! これで両手武器のプレイヤーが不利になることはないにょん!』
試しに自分の腹にグラスを押し付けてみる。
おお、がっちりくっついて固定されるぞ……!
これなら水を保持しつつ弓を撃てるな。
『ルールは以上だにょん! さあさあ、みんな頑張ってここまで聖水を運んでくるにょん!』
チャリンの話を聞いていたプレイヤーたちが一斉に山を登っていく。
なかなか数が多いので少し時間をおいてから山に入ろうと思ったが、チャリンの周りには続々と後続のプレイヤーが集まってくる。
彼女の話が終われば、また新たなプレイヤーたちが山に解き放たれる。
その繰り返しだ。
今回ばかりは人ごみに紛れても進むべきだな。
そう思って山を登っていくと、少しずつ周囲の人が減っていく。
モンスターに倒されているわけではない。
山は広いので、思い思いに登っていくと次第に人が分散していくのだ。
俺も自分の思うように山を登り、しばらくして岩から水が湧き出しているポイントを発見した。
どうやら、聖水が湧き出る場所は複数あるみたいだ。
チャリンも場所が1つだとは言ってなかったな。
指定のグラスに聖水をくみ、体の下腹あたりに固定する。
ここなら弓を引く時に邪魔にならないし、いざという時は体を丸めて守れる。
「制限時間もないし、焦らずに下りるのがポイントだな」
基本的にグラスという物は液体を入れてもこぼれないように設計されている。
こぼれてしまった時は、基本的に人間側のミスだ。
グラスを水平に保ってゆっくり移動すれば、グラスと水の方から俺を裏切ってくることはない……!
とはいえ、山にはモンスターが出るので妨害されることもある。
トラップも設置されていて、山を下りていくプレイヤーが足元にピンと張ってあった縄に引っかかって聖水を全部こぼすところも見た。
モンスターにもトラップにも出会わない安全なルートはないのだろうか?
空でも飛べれば楽そうだ……な?
「そういえば、ワープアロー……禁止されてないぞ」
勝ったな。
山肌から張り出した岩に登り、山のふもとを見下ろす。
ここからならチャリンのいる噴水の近くに【ワープアロー】を撃ち込める。
ワープの際に衝撃が発生することはない。
水がこぼれる心配もないというわけだ。
「ワープアロー!」
キリリリリ……シュッ! チュンチュン!
俺の放った勝利の一矢は、突然木から飛び立ったスズメに咥えられてしまった。
咥えられた箇所は矢の真ん中あたり。
そういえば【ワープアロー】の効果は『矢の刺さった位置にプレイヤーを移動させる』だった……!
真ん中を咥えられたらワープが発動しない……!
スズメはしばらく飛んだ後、『ペェッ!』と勢いよく矢を地上に吐き捨てた。
そして、俺はワープした。池の中に……。
体はびしょ濡れ、グラスにも池の水が混じる。
なるほどな……ワープしてもいいけど対策はしてますよってことか。
でも、グラスの中は水でいっぱいだ。
もしかしたら、これを聖水だとごまかせ……。
『ざんねーん! それはもう池の水でしかないにょん! AIの目は残念ながら誤魔化せないにょん!』
「うわっ!?」
チャリンが俺の目の前に現れた。
そうか、彼女はAIだからゲーム全体の状況がわかるし、分身を作ってプレイヤー個人に話しかけることも出来るんだな。
何万人ものプレイヤーが同時に遊ぶVRMMOを管理するのに、これほど適した存在はいない。
『ちなみに、グラスは割れない限り使いまわしてもらって構わないにょん。割れたらもう一度噴水のところにいる私から受け取らないといけないにょん!』
「そ、そりゃどうも」
チャリンは言うだけ言って消えた。
簡単なようで実はかなりの難易度の試練かもしれない。
まあ、だからこそ面白い。
時間をかけて何度でも挑めばいいだけだ……。
なんて、主人公みたいなセリフが自然と思い浮かぶのは、俺の精神が若返っているからなのか?
「さあ、この冷たい池から出て再チャレンジだ……!」
冷えた体を温めるように俺は山を駆け上った。
今年最後の更新です!(ギリギリ)
来年も元日から更新予定なのでよろしくお願いします!








