Data.38 弓おじさん、深海へ
「では、第4の試練を始めるぞい!」
翌日、第4の試練は早朝からスタートした。
仙人が言い渡した試練は『マッハマグロ』2匹の討伐。
このモンスターは特にレアというわけではなく、ある程度沖合に出れば簡単に見つかる。
しかし、攻撃を仕掛けるとすごいスピードで泳ぎ始める。
ただ逃げるわけではなく、動き回りながら突進で攻撃してくる。
威力はさほどでもないが、どんな攻撃も積み重なると危険だ。
動きながら攻撃も仕掛けてくる敵にどう対処するのか……という試練だが、まあ問題ない。
突進を仕掛ける時、マグロは俺に向かって真っ直ぐに泳いでくる。
【捕鯨砲】を一番当てやすいのはそのタイミングだ。
攻撃する時こそ、もっとも防御がおろそかになる時だ。
無事2匹の『マッハマグロ』を討伐し、仙人に報告した。
仙人はまた驚いた顔をして言った。
「お前さんにとってはこういう試練の方が向いているようじゃな……」
◆ ◆ ◆
第5の試練も海中のモンスターとの戦いだった。
相手は『デビルヒトデ』。その名に恥じない毒々しい色の巨大ヒトデだ。
彼らは俺の足元に広がるサンゴを求めて、360度全方位から迫ってくる。
そう、今回は防衛ミッションだ。
ヒトデたちから10分間サンゴを守りきればいい。
射程極振りスタイルが防衛にて最強なのは証明済みだ。
迫りくる無数のヒトデをバシバシと狩っていく。
「せっかくだし、使えるようになった海弓術も使っていこうかな」
通常射撃にあたる零の型【捕鯨砲】だけでも問題なさそうだが、せっかく7つも型があるのだから有効活用していかないと7つも考えた人に申し訳ない。
「二の型・海月!」
放たれたのはスローな矢。
まるでクラゲのようにゆっくりと海の中を進んでいく。
【海月】と呼ばれる理由はそれだけではない。
注目すべきは矢の後ろから伸びている細長い光のオーラだ。
これはくらげの触手を再現していて、触れた相手を『毒』状態にする。
しかも、この触手の長さはプレイヤーの射程ステータスによって決まる。
【不動狙撃の構え】が発動していれば、1キロメートル以上の触手が海の中を漂うことになる。
もはや罠を設置するような感覚だ。
ただ、明確な弱点がいくつかある。
まず脆いこと、そして流されやすいこと。
プレイヤー相手だとスキルで簡単に対応されてしまうだろう。
でも、今回みたいにただ突っ込んで来るだけのモンスター相手には重宝する。
デビルヒトデたちはどんどん『毒』状態になり、そのHPをじわじわ削られていく。
「元から毒々しい色しているから、もしかしたら耐性があるかと思ったけど……効いて良かったな」
状態異常は強力だが、モンスターによっては耐性を持っている場合がある。
使いどころには気をつけないといけない。
何はともあれ、弱ったデビルヒトデを殲滅して第5の試練もクリアだ。
これは後で知ったことだが、本当にサンゴを食い荒らすヒトデって存在するんだな……。
海底に大の字で寝ころんでるだけのイメージだったから驚いた。
◆ ◆ ◆
第6の試練もやはりモンスターとの戦いになる。
『アックスヘッドシャーク』という名前だけで関わるのを避けたくなるモンスターの巣からタマゴを持ってこいというのが今回の試練内容だ。
先ほどと打って変わって、俺が移動することを求められる。
アックスヘッドシャークはその名の通り、頭が斧のようなサメだ。
この斧のような頭部は非常に硬く、弱点を守る兜にも、敵を倒す武器にもなる。
これが何匹も巣の周りをぐるぐるしている。
「まずは遠くから数を減らすか……」
あの群れの中に突っ込んだら全身を切り裂かれて終わりだろう。
卵を獲得するには巣に近づかないといけないが、敵を倒すのは遠くからでいい。
射程の見せどころだ。
「四の型・梶木!」
上顎が鋭く伸びた大型の肉食魚カジキをモチーフにしたこのスキルは、そこそこ高威力でそこそこ速いという非常に素直で使いやすい効果を持つ。
これでアックスヘッドシャークの頑丈な頭を砕き、数を減らしていく。
サメたちは俺が敵であると認識し、一斉にこちらに向かってくる。
流石に泳ぎが速い。接近する前に全滅させることは出来ないな。
「一の型・針千本!」
体中に針を持つフグの仲間をモチーフにしたスキル。
縦横360度すべてに小さな矢を飛ばすことが出来る。
しかし、一本一本の威力は低く、【インファイトアロー】のように射程が短い。
あくまでも接近してくる敵を一時的にひるませる技で、キルは狙えない。
しかし、五の型と組み合わせると途端に凶悪になる。
「五の型・鮫!」
言わずと知れた海の王者をモチーフにしたスキル。
俺が何らかの手段でダメージを与えた敵をホーミングする効果を持つ。
ダメージを与えた後じゃないとホーミングしないところが、血の匂いを嗅ぎつけて寄ってくるサメの習性を上手く効果に反映させていて素晴らしい。
ちなみにダメージを与えた後でも、そこから30秒以上経つとホーミング出来ない。
また、【鮫】のダメージで【鮫】のホーミング効果は発動しない。どこまでもホーミング出来てしまうからな。
他の方法で新たにダメージを与える必要がある。
【針千本】で与えた微々たるダメージに導かれ、サメと化した矢がサメを襲う。
もちろんサメの名を冠するスキルだけあって威力も高い。
それでも仕留めきれなかった数匹は噛みつかれそうになりながら【捕鯨砲】で仕留め、ガラ空きの巣から『卵』の回収に成功した。
これで残る試練は一つ……!
◆ ◆ ◆
「ついに最後の試練じゃな。最後は海溝の底に存在する『海神石』を拾ってきてもらう」
「海溝の底……ずいぶん深いところですね」
「なに、大したモンスターは出てこんわい。ただ……暗いので苦手な者は苦手じゃろうな。仲間と組んで挑むとよい」
「仲間ですか……」
俺以外に海弓術の試練を受けている人はいるのだろうか……と思っていたら、仙人はその疑問を見透かしたように言葉を付け加えた。
「この試練で拾ってくる『海神石』は、とある人物に地図を描いてもらうために必要な材料なのじゃ。砕いて特殊な液体で溶けばインクになるらしい。お前さん以外にも海溝に潜る者はおるぞ。地図を埋めるためにな。お前さんも地図を埋めたいなら、今回の試練で手に入れた『海神石』を使うとよい。ワシには見せるだけでよいからな」
まさか地図を埋めるための方法まで教えてくれるなんて……。
仙人には世話になりっぱなしだ。
頭を下げてから俺は試練の海溝に向かった。
仙人の言う通り、海溝の近くにはたくさんのプレイヤーが集まっていた。
でも、よくよく考えるとおかしな状況だな。
目的である『海神石』は海溝の底にあるはず。
こんなところで集まっていても意味が……。
「あぁ……そういうことか」
海溝は徐々に深くなっていくのではなく、大地に走った亀裂のようにパックリと口を開けていた。
ここに入っていくには、水中とはいえ崖から飛び降りるような勇気が必要だろう。
それに底は見えない。完全な真っ暗闇だ。
流石に俺もこれには怖気付いてしまう。
他のプレイヤーも同じのようで、ソロの人は即席でパーティを作っている。
なんでも、1人のプレイヤーが拾える『海神石』は1つだが、4人パーティを組んで味方が3人やられている場合は自分と仲間の分、つまり4つの石を拾えるようになるらしい。
誰か1人でも生き残って街に帰れば、みんなに石を渡すことができ全員でクエストを完了できる。
こんな場所に何度も潜りたくはないし、パーティを組むのは合理的だな。
ということで、俺の顔を見てすぐに声をかけてくれた3人組とパーティを組む。
みな第2職で水中用の装備を揃えている。
これはいろいろお世話になるかもしれない。
「じゃあ、行きましょうか」
4人で広がる闇の底へ。
すると、俺を含めたプレイヤーの周りに発光するクラゲが現れた。
これで闇の中でもお互いの顔くらいは認識できるようになった。
「まさか、あのキュージィさんとパーティを組むことができるなんて!」
「私、戦闘苦手なのでお世話になりますね!」
「俺は水中戦が得意だから背中は任せてくれよな!」
本当に有名になってしまった。
謙遜しつつ素直に礼を言う。
実際、こんなに暗いと当てるべき敵も見えないから俺の矢も……。
「あ……!」
暗闇の中に赤い流星。
昨晩見た赤い光そのものだ……!
しかも、今回は何度も何度も俺の目の前に現れる。
「みなさん、気を……」
……やはり、俺はこうなる運命なのか。
もう周りには誰もいなくなっていた。








