Data.37 弓おじさん、海弓術の試練
俺は釣竿をひっさげて桟橋まで来ていた。
周りには釣りを楽しむ他のプレイヤーたち。
みんな糸を垂らして獲物が食いつくのをじっと待っている。
そう、このゲームの釣り要素はミニゲーム的な簡略化されたものではない。
……ガチ釣りだ。
糸を垂らしたら数秒以内に反応が合って、あとはボタン一つでお手軽に大物ゲットとはいかない。
じっと待つ。そこに獲物がいるのかもわからぬまま。
でも、これはこれで悪くない。
『ゲームでガチ釣りをする必要があるのか?』と思う人もいるだろうが、古来よりリアルさを追求した釣りゲームも需要がある。
それにリアル世界で釣りって案外ハードルが高いのだ。
内陸の場合は移動とか、釣り道具の手入れとか、そもそも釣った後どうするんだという問題もある。
俺はさばいて調理なんて出来ないし、リリースが無難なんだろうけど……。
子どもの頃に親父と一緒に釣りに行った時は、何も釣れなくても楽しかった。
大人になると余計な事ばかり考えて、無駄が楽しめなくなるな。
だが、今の俺は違う。
時間などいくらでもある。
一日中ボーっと釣る覚悟は出来ているぞ……!
勢いよく振りかぶって遠くに針を投げ入れる。
……思った以上に遠くまで飛んで行ってしまった。
まさかこれにも射程ステータスが反映されているのか?
まあ、沖の方が大物が釣れそうだし悪くない。
1メートル以上の大物を釣ったら今回の試練はクリアだ。
「それにしても、この釣竿……ちょっと変だな」
竿、糸、それを巻き上げるリールはちょっとファンタジーの世界観にそぐわないほど忠実に再現されている。
しかし、竿から伸びて腰に巻き付けられたロープには何の意味が……。
「すいません。あなたもしかして……キュージィさんですか?」
「あ、はい」
隣のプレイヤーが遠慮がちに話しかけてきた。
俺に負けず劣らずオッサンキャラに仕上がっている人だ。
「ご活躍は聞いていますよ」
「それはどうも。スクショ撮りますか?」
「いや、それは……」
「すいません、最近よくお願いされるもので……。うぬぼれてました」
「いえいえ、こちらこそ勘違いさせて申し訳ないです!」
おじさん同士の会話は時に遠慮の連打で本題に入らない。
「それで何用でしょうか?」
「ああっと、そうでした。キュージィさんはすごい遠くまで針を飛ばせるんですね。でも、私の聞いた話では沖に針を飛ばし過ぎると、普通の力では釣りあげられない大物がかかって、海に引き込まれ……」
「うわああああああああああああッ!!」
「あ……」
やっぱり単刀直入にものを言うって大事だ。
俺はすでに海に引き込まれていた。
お、落ち着け……!
正直、腹にくくり付けられたロープの時点でこのオチは予想できていた。
オチはすでについていたのだから、落ち着け……!
海の中でも呼吸は出来るし、焦る必要はない。
蒼海竜との遭遇も心配する必要はない。
あの竜は海の中を回遊していて、こんな近海に来ることはあまりないそうだ。
つまり、普通に遭遇してしまった俺は運が良いのか、悪いのか……。
とりあえず、竿を握りなおしてリールを巻く。
針に食いついている獲物にこちらから接近するんだ。
「うわ、でっかいなぁ……」
食いついていたのはマンボウだった。
それも通常より巨大サイズだ。
水族館で動くマンボウを見た時は感動したな。
失礼だが、本当にこういう生き物なんだなって。
しかしながら、近くで見ると同時に恐怖も感じた。
なぜこの姿なのかと……。
地球の生き物感がどうしても薄い。
……ちょっと、思い出に浸りすぎだな今日は。
海に来たらセンチメンタルになるガラでもないのに。
「ここは海弓術の出番だ……!」
零の型はなにも使えない状態ではない。
特殊な型ゆえに例外として『零』を与えられているだけだ。
「海弓術・零の型……捕鯨砲!」
矢が銛のような形状に変化する。
ゲームにおける水中の射撃武器と言えば『ハープーン』だ。
銛を射出する銃というイメージがあるが、俺の場合は弓はそのまま矢だけがハープーンに変わる。
これでスキルではない通常の射撃は海水による威力と射程の減少を受けない。
それにしても、術とか型とか和風に統一しようとしたものの『ハープーン』だけは代用の物が見つからなかったようだ。
そのまま『ほげいほう』と呼ばせても直感的にどんな武器か伝わらないし、『銛』じゃ味気ないし海の生物の名前が入っていない。
だから零の型にして【捕鯨砲】にした。
運営の苦労が伝わるな。
「これでマンボウをちょっと弱らせよう」
マンボウに向けてハープーンを3発放つ。
すべてヒットし、マンボウは大人しくなった。
脆いな……マンボウ。
あとはマンボウを針に引っ掛けたまま海面に浮上する。
そんなに沖まで引っ張られてはいなかったので、【捕鯨砲】を解除して通常の矢に変え、【ワープアロー】を砂浜に撃ち込んだ。
これで一瞬でおじさんとマンボウが砂浜に現れるという状況が完成した。
少し騒ぎになったが気にせず仙人に報告だ。
「釣り上げました」
「うむ! 見るだけで数メートルはあるとわかる立派なマンボウじゃ! 第1の試練、合格!」
正直、釣り上げたというより仕留めたって感じだが、仙人が良いと言うならそれでいい。
一応まだ釣竿に食いついてはいるしな。
「さて、第2の試練もこのまま受けるか? まだまだ序の口のぬるい試練じゃがな!」
「受けます」
簡単な試練だからこそ、早めにサクッと終わらせとかないと。
◆ ◆ ◆
第2の試練は『タートルジェット』。
これまた、よくあるタイプのミニゲームだ。
大きなカメに乗り、重心移動で海を進む。
海上に配置された光のリングを順番通りに進めばクリアだ。
難易度自体は高くなく、タイムアタックがメインのコンテンツだ。
仙人は『タートルジェット』の難易度『並』で『1分以内』を条件にしてきた。
この難易度だと30秒台を記録しているプレイヤーもいる。
余裕だろう……と、思っていたのだが。
「おおおおおおおおおおおっ!?」
足を滑らせザパンッと海に落ちる。
単純にカメの上に乗るのも難しいのですが……。
甲羅の上って結構滑るし、『タートルジェット』はサーフィンのように波に乗るのではなく、生きているカメがヒレをバタバタさせて水上オートバイのように加速する。
振動もすごいぞ……。
でも、みんなは普通に乗りこなして楽しんでるんだよなぁ。
タートルジェット……恐るべし。
結局、昼下がりに挑戦を始めたのにクリアしたのは夕方。
夕日のビーチはロマンチックだが、俺はそれを楽しむ余裕もないほどクタクタになった。
まあ、上達が実感できたから楽しかったのは間違いない。
「これで第2の試練もクリアじゃ! よくやった! そろそろ海は暗くなる。第3の試練はまた今度にした方がよいぞ」
「次の試練は……なんなんですか?」
「水中的当てじゃ。零の型を使って水中に設置した的を撃ち抜いてもらう」
「あ、それなら今からでも終わらせることが出来ると思います」
水中的当ては、制限時間内に的をたくさん撃ちスコアを競うミニゲームだ。
動く的やすぐに消える的、撃ったら減点の的などがどんどん現れる。
しかし、実際の戦闘に比べれば獲物の動きが鈍すぎる。
いつものスタイルで射撃を繰り返し、合格となるスコアは簡単に獲得できた。
ただ、減点の的も結構撃ち抜いてしまった。
とにかく視界に入った物をすぐ撃つ癖がついてしまっている。
一瞬の油断が命取りの戦いを繰り返してきたから、こればかりは仕方ない。
「これで第3の試練も突破ですね」
「ああ……そうじゃのう。さっきは不器用な男じゃと思ったが、今度は器用なものじゃ。人間というのはなかなかわからんものよ。まあ、今日の試練はここまでじゃな」
海は暗くなり始めていた。
夜の海は飲み込まれて戻ってこれなさそうな怖さがある。
俺も入るのはごめんだ。
「第4の試練からは常に戦闘がつきまとう。覚悟して挑むのじゃぞ」
「はい、わかりました」
仙人は去っていった。
俺は暗い海をしばらく眺める。
やはり引き込まれそうで恐ろしいが、それだけ目を離せない魅力がある。
砂浜には炎がともり、夜釣りを楽しむ人が見える。
俺も何かするか、ログアウトして休むか……。
「……ん?」
海から目を逸らそうとした時、赤い光が流れ星のように水中を横切った……ように見えた。
夜空の流れ星が海面に映ったのか?
いや、それにしてはハッキリとした光だった。
「よ、夜の海には怪物でもいるのか……?」
なぜか海から見られているような気がして、俺はそそくさと砂浜を離れた。








