Data.31 弓おじさん、進軍せよ
陣取り3日目の夜明け前。
俺は隣接する『ブルーディアー』の砦へと進軍を開始した。
連れて行く戦力はAI戦士全員、ラピッドゴーレム全員だ。
この作戦は進軍スピードが重要になる。
バフをかけても脚が遅いガーディアンとキャノンは置いてきた。
しかし、最も鈍足であるバックラーは連れてきている。
トリケラトプスの背中に乗せて。
ある意味これがトリケラの特殊技能。
重い物を背に乗せても移動スピードが落ちないのだ。
エアロラプトルは脚が速いが、小型の恐竜ゆえ重い物を乗せると動けなくなる。
彼らには軽いプレイヤーを乗せ、特殊技能【ワイルドエアー】による速さバフを使ってもらう。
メガネワシで攻撃を仕掛ける砦を偵察。
こちらの砦に侵攻したこと、中央が主戦場であること、猫少女の追撃を受けたこと……。
さまざまな要因が影響して、防衛は手薄になっていた。
しかし、誰もいないわけではない。
防壁の上から見張りをしていたプレイヤーが、内部の仲間に敵の襲来を伝える。
俺はためらうことなく攻撃を開始した。
まずは砦の上を覆うドーム状のバリアに魔法や飛び道具を浴びせる。
大して強化されていなかったバリアはパリンと簡単に割れた。
次に砦の中に【ブラックスモッグ】をぽいぽいと投げ入れる。
黒煙と臭気が防壁の中を満たし、慌てたプレイヤーたちが出てくる。
あとは出てきた者からキルしていくだけだ。
中には臭気に耐えて砦の中に残り続ける優秀なプレイヤーもいた。
彼らはトリケラトプスに乗ったバックラーという目を疑うコンビを砦の中に突っ込ませて処理した。
この砦はものの数分で落とすことが出来た。
俺は前には出ず、AI戦士の中でも初期職を集めた集団に紛れて戦った。
こちらの軍勢で一番目立つのはバックラー&トリケラだ。
その次にAI戦士の中でも第2職の精鋭を乗せたラプトル隊。
余り物っぽい初期職の集団は目立たないし、危険度も低く見えるだろう。
そこにあえてAIっぽく振舞いながら紛れる。
実際、一人だけ離れた位置から矢を撃っていると「あ、こいつだけ他の奴と違うな」と感づかれる。
俺がキルされた時点でこの軍団は機能しなくなる。
少しでも長く生き残るためなら小細工も使っていく。
「もたもたしている時間はない。次だ……!」
砦は占領した時点でその砦の持っていたコストも奪い取れる。
だが、この砦はコストをほぼほぼ使い切っているうえ、ゴーレムなども配置されていなかった。
おそらく前線にすべて流しているのだろう。
少数のプレイヤーを倒して得たコストだけでは、大きく戦力を強化することは出来ない。
AI戦士を一体作るコストを稼ぐには、プレイヤーを一体キルするだけでは足りない。
コストは回復アイテムの補充に使い、戦力は現状維持のまま前に進もう。
◆ ◆ ◆
次に攻める砦はより敵陣営の中心に近い場所だ。
ここを突破できれば次は本拠地を狙える。
『防衛』の要所だけあって守りは硬い。
さらにここら辺にはコスト稼ぎ用の狩場も豊富だ。
稼いだコストを使って生み出した戦力を中央の激戦区に送り込む『攻撃』の要所でもあった。
それだけ戦いは激しく、長引いた。
この砦に第3職が待機していなかったことだけが救いだ。
しかし、戦闘の最中にどこかへ飛んでいく鳥型モンスターを仕留められなかった。
かなり小さくけばけばしい色合い……おそらくインコモチーフのモンスターだろう。
当たり前だが、俺以外にもモンスターを仲間に加えているプレイヤーはいる。
飛び去った数羽のインコには、増援を要請するメッセージを吹き込まれていると思われる。
敵の軍勢に前後を挟まれたら終わりだ。
特に第3職と戦うことになったら勝てるはずがない。
ここには砦も豊富なコストもないのだ。
バックラー&トリケラという最強の盾に隠れて矢を撃ちまくる。
ある程度数を減らしたところで敵は撤退を始めた。
負けを認めたわけではない。
増援のめどが立ったので、一度本拠地まで退いて迎え撃つ準備をするのだろう。
俺の予想通り、もぬけの殻となった砦にはコストはおろかキルしたプレイヤーのメモリも少なかった。
コストは最前線に流れているとして、メモリは撤退したプレイヤーたちがある程度回収していったんだな。
これではまた戦力は現状維持になる。
増援を迎え撃つためにこの砦に籠ったところで耐え切れない。
防衛の要であるガーディアンゴーレムとキャノンゴーレムがいないのだから。
「もとより覚悟の上だし、とにかく当たって砕けろだ」
残った戦力を引き連れ、『ブルーディアー』本拠地を目指す。
しかしそこには、先ほど撤退した戦力と元々配置されている防衛戦力が待ち構えている。
正直、俺は後方の砦に行くほど戦力が薄くなると思っていた。
なぜなら、中央でこの合戦の勝敗を分ける激戦が行われているのだから、後ろに戦力を置いても意味がないと考えたからだ。
でも、重要なことを忘れていた。
このイベントはコストゲーなのだ。
後方の安全な狩場でコストを稼ぎ、コストで生み出した戦力を前線に供給する。
非常に大事な役割を後方の砦は担っているのだ。
コスト稼ぎという名目で後方に残されている戦力も、いざとなれば防衛戦力に早変わり。
今さっき占領した砦に人が多かったのはそういうワケだ。
となると、本拠地はもっと戦力が多いのだろうな……。
だとしても最後まであがいてみるだけだ。
そう決意してたどり着いた本拠地は……案外手薄だった。
「いや、これは……突破できてしまうぞ……」
い、いいのだろうか?
さっきの砦にあれほどの戦力を置いておいて、本拠地が手薄なんてことは本来あり得ない。
きっと何か理由がある。でも、俺にはそれがわからない。
わからないまま砦内部に侵入できてしまった……。
本拠地は内部の敵を一掃する必要はなく、砦の奥に存在する『コアクリスタル』を破壊すればいい。
破壊した段階で『ブルーディアー』の砦はすべて『レッドボア』の物となり、三つ巴の状態が崩れる。
つまり、ほぼほぼゲームエンドだ。
いいのか、『ブルーディアー』……。
本当にコアクリスタルまでたどり着けてしまいそうだぞ。
俺にこのバランスが危ういイベントを完全に破壊しろと言うのか……。
葛藤を抱えて、俺は青いクリスタルと対峙する。
まさかこんな展開になるとは……。
そして、こんな感情を抱えて弓を引くことになるとは……。
キリリ……シュッ! キンッ!
甲高い音を立てて矢がクリスタルに刺さる。
一発じゃ壊れてくれないのか……。
普通に手が震える。
このゲームでこんなに緊張するのは初めてだ……。
お、終わらせてしまう……!
俺が一週間続けるはずのイベントを三日目にして破壊してしまう……!
「やめておこう」と心の片隅で叫んでいる俺もいる。
だが、俺の心の大半は勝利を掴めと叫んでいる。
どんなものであれ、目の前に輝く勝利があるのなら手を伸ばしてしまう。
飛んで火にいる夏の虫……俺も勝利という輝きの魅力に抗えない……!
キリリ……シュッ! パリンッ!
崩壊するクリスタルの光で視界が真っ白になる。
視力が戻ったころには、クリスタルは消滅していた。
終わった。
いろんなものが終わった。
まあ、思っていたより清々しい気分だ。
勝利……はまだ確定じゃないけど、ほぼほぼ勝ったわけだからな。
それも自分の手で勝利を引き寄せたのだから、気分が悪くなりようがない。
でも、本拠地の防衛が手薄だったことだけは引っかかる。
本来ならばありえないはずだ。
「おや、キミはいつぞやのダンディなおじさまじゃないか! 生きていたのかい!?」
その疑問の答えを持った男は突然現れた。
彼もまた忘れもしない人物だ。
「あなたは……ハタケさん! そちらこそ生きていたんですね」
「当然さ。あれは戦略的撤退だよ……!」
バックラーの開幕突撃に心を折られて逃げ出した男ハタケさん。
第3職『旗の魔法使い』でバフを得意としている。
でも、彼がなぜここに……?
※ご指摘を受け、戻ってきた仲間たちに関する記述をData.29の冒頭に追加しました。








