Data.29 弓おじさん、軍師になる
しばしの休息を終え、まずやったことは防衛戦力の調整だった。
俺を助けに来てくれたプレイヤーたちは……全員いなくなっていた。
『ブルーディアー』との戦闘の時点でその数を減らしていたが、猫少女の襲来で全滅してしまったようだ。
人は勝利を確信した時、もっとも大きな隙が生まれる。
有名プレイヤーであるバックラーを倒し、敵の大軍を追い返して勝利を確信したところを狙われた。
気の抜けた状態であの暗殺とも呼べる攻撃を避けるのは無理な話。
俺は以前の経験のおかげで対応することが出来たが……。
こうなってしまった以上、彼らの頑張りを無駄にしないように戦い続けるだけだ。
ゴーレムに関しては、特にガーディアンタイプの被害が大きかった。
しかし、ゴーレムはプレイヤーと違ってコストでなんとかなる。
完全に壊れたゴーレムは消滅するが、半壊程度なら新たに作るよりも安いコストで修理できる。
直せるものは直し、それでも足りない場合だけゴーレムを新たに作った。
コスト自体は先の戦闘のおかげで豊富にあるのだが、問題は何を想定して戦力を増強すればいいのかわからないことだ。
俺はこれからこの砦の防衛をメインに行動するのか。
それとも、機会があれば敵の砦に攻め入るつもりで準備を進めるのか。
防衛と進攻でコストの使い道はまったく変わってくる。
だから今は最低限のコストだけ使って、あとは『保留』する。
敵もあれ以降攻めてくる気配はなく、味方もあれ以降戻ってくる気配がない。
一人で悶々とコストの使い道を考えながら、陣取り1日目は終わった。
◆ ◆ ◆
2日目の朝。
ゲーム内で寝るってちょっと不安もあったが、別にリアルと変わりなかった。
というか、いつ敵が攻めてくるかわからない状況で普通に眠れる自分に驚いた。
それだけ疲れていたのだろう。
今日はとりあえず回収した『プレイヤーメモリ』から味方として復活させたAI戦士たちのステータスや装備、スキルをチェックすることから始めた。
あの戦闘の後、AIバックラーとその他AI戦士たちに周囲を守られながら、猫少女が回収しきれなかったメモリも回収した。
結果的に約80人ほどのAI戦士が誕生した。
多いのか少ないのかはわからない。
メモリは近づくとシュポンと体に引き寄せられる系のアイテムだ。
戦闘中にキルされた味方のメモリを拾って撤退するのも難しくはない。
『ブルーディアー』のプレイヤーにはそこそこ逃げられたし、猫少女より彼らが大多数のメモリを持っていったのだろう。
まあ、もしかしたら彼らも今頃メモリになって『グリーンバタフライ』の陣営に運ばれている最中かもしれない。
もしそうなら、この砦はより安全な状態になったと言えるのだが……確認のしようはない。
実際、この砦以外はどうなっているのか?
自陣営『レッドボア』は押されているのか、押せ押せなのか。
他陣営はどう動いているのか……。
ぜひとも探りに行きたいが、あいにくこの砦には俺一人。
俺が不在の時に占領されて、今まで頑張って守った物がすべて奪い取られるのだけは避けたい。
とりあえず、予定通りAI戦士たちのチェックを続けよう。
みんなキャラクターメイクには凝ってるなぁ。
装備も案外みんな違う。モンスターからの確率ドロップで装備が手に入るゲームだからかな。
スキルとなると完全に同じということはあり得ないレベルだ。
AI戦士にもゴーレム同様命令が出せるので、いろんなスキルを見せてもらった。
負けたら手札が全部他人にバレるってとんでもないシステムだなと思いつつも、やはり人のキャラクターを見るのは楽しい。
これだけで半日は余裕で過ぎてしまった。
「流石にそろそろ行動を起こさないとなぁ……」
せっかく戦いを上手く切り抜けたのに、何日もダラダラしていたらアドバンテージが消えてしまう。
だが、何かしようとすると付きまとってくるのは『孤独』。
俺自身は砦の外に出ないまま、何か行動を起こせないだろうか……。
「あっ……!」
AI戦士とゴーレムたちはプレイヤーの命令で動かせる。
もちろん、移動を命じることも可能だ。
しかし、その命令は……どこまで届くのだろうか?
もしかしたら、彼らだけを狩場に送り込んでコストを稼げないか?
思い立ったら即行動だ。
一体のラピッドゴーレムを自分の命令下に置き、移動を命じる。
ゴーレムは俺の目が届くギリギリの範囲まで走っていった。
……これ、かなり遠くまで届きそうだぞ。
まさか、命令の届く範囲にも射程ステータスが影響してるのか?
運営のちょっとズレた射手系職の救済かもしれない。
しかも、射程ステータスがただ上乗せされているのではなくて、そこに倍率がかかっている気がする。
俺の射程なら狩場に送り込むのも可能かもしれない。
ただ、狩場に送り込むのならば『目』が必要だ。
見えないほど遠くでは、命令を臨機応変に変更してゴレームやAI戦士たちを動かせない。
管理ウィンドウを隅から隅まで読んで、何か手段がないか探す。
「おっ、これがあれば遠隔操作も問題なさそうだ」
それはゴーレムやAI戦士をコストでカスタムし、彼らの視界を俺の周りにウィンドウとして表示できるようにするものだ。
試しに一体のラピッドゴーレムにこのカスタムを施してみると、俺の前に1つのウィンドウが現れた。
そこに映るのは俺の姿。
そのラピッドゴーレムは今こちらを見ているので、正常に作動している証拠だな。
さて、このカスタムをさらに5体に施す。
あまりたくさんの視点があっても扱いきれないが、1つでは撃破された時に困る。
「これで遠征隊の準備は整ったかな?」
ゴーレムは足の速いラピッドゴーレムのみ。
ガーディアンやキャノンは狩場にたどり着くのに時間がかかる。
AI戦士も第2職をメインに編成する。
ただでさえステータスが低い初期職を動きの劣化するAI制御で扱うのは難しい。
まあ、狩りに使えないなら最早使い所なんてないだろって考える人もいるだろうけど……戦いは数だ。
いざ敵の砦を攻める時、並べられる人数は多い方が威圧感もある。
限られた人材は丁重に扱おう。
「ラピッドゴーレムの一体を命令で動かして、他はそれに追従する形にしてと……。これで近づいてきたモンスターを撃退してくれるはずだ」
送り込む場所は俺が初日に行った『西の森(仮称)』だ。
あそこならモンスターも弱いし、試運転にはちょうどいい。
「よし、出発!」
視点ウィンドウを確認しつつ、手早く遠征隊を動かす。
うむ、足の速いメンツを揃えたから移動も早いな。
それにAI戦士は動きがぎこちない代わりにスタミナの要素がない。
つまり、走り続けても疲れないしスピードが落ちない。
ただ単に移動させる分には不自由ないな。
たどり着いた森には、モンスターが復活していた。
日付が変わったからだろうか?
各視点ウィンドウをよく見て、倒せそうなモンスターに攻撃を仕掛けていく。
俺が直接命令を出しているラピッドゴーレムが攻撃を仕掛けると、後ろをついてきている仲間たちも攻撃を開始する。
そんな感じで森を探索し、モンスターを見つけては攻撃を命令する。
倒して得たコストはゴーレムにも蓄えられるので、壊れずに帰ってきてもらって、砦に移してもらわないといけない。
なんか、こんな感じのゲームが昔あった気がするな。
仲間をぞろぞろ引き連れて敵を倒して得たものを回収すると仲間の数が増えるのだ。
『メガネワシが仲間になりたそうにこちらを見ています』
「ん?」
急に新しいウィンドウが出てきた。
文面はわかりやすくモンスターが仲間になる時のものだ。
そういえば、このイベントは特定のモンスターを倒せば仲間にできるんだったな。
前回の狩りではその特定のモンスターと出会うことはできなかったが、今回は運がいい。
『メガネワシ』はその名の通りワシだ。
特徴は大きくて凛々しい目の周りにあるメガネのような黒い模様だ。
あと頭頂部にピンとはねたアホ毛がある。
善良そうなワシだし、仲間にするか。
ウィンドウに表示された『仲間にする』をタッチする。
『メガネワシが仲間に加わった! このモンスターには二つの特殊技能があります』
目の前にひときわ大きなウィンドウが表示された。
非常にワイドかつ鮮明に森の景色が映っている。
これがメガネワシの特殊技能【超視点送信】。
広い範囲を綺麗に映し、プレイヤーに送信してくれる。
メガネのような模様とアンテナのような毛は伊達じゃないということだ。
もう一つは【アイテム回収】。
このイベントだと『プレイヤーメモリ』くらいかな?
メガネワシは単独でそれらを回収する能力がある。
「実りのある狩りになったな。そろそろ帰還させようか」
メガネワシの広い視点で周りを見渡すと、前回よりかなり森の奥に来ていることがわかった。
奥に行けば強いモンスターが出るのはゲームの常識。
戦力を失わないうちに帰るべきだろう。
誰かを戦わせるって自分で戦うより緊張する。
いくつもの視点をチェックしながら命令を出して戦わせるのはより頭を使う。
本気の戦いをする時は、やはり俺自身が出向くしかない。
それがわかったのも収穫……だ……。
「なんだあれ?」
純粋な疑問が口からこぼれ出る。
メガネワシの広い視点の端っこ、それも結構遠くに映るそれは……。
「ダ、ダイナソー……?」
森の中にポツンと恐竜がいるぞ。
研究の資料として作ったのかと思うほどリアルなトリケラトプスの3Dモデルだ。
周りの景色と微妙に馴染んでいないから、ゲーム内のモンスターというより単にモデルを置いているように見える。
トリケラトプスを配置するフィールドは完成しなかったけど、トリケラトプス自体は完成したのでとりあえずマップに配置しておこうという運営の思惑を感じ取れる……。
このイベント、割と突貫工事だな。
開発現場は……想像しないようにしよう。
でも、強そうに仕上がっているのは間違いない。
モンスターのモデルは相変わらず質が高い。
俺が出向いて戦ってみるか……?
いや、少し情報を集めよう。
ゴーレムの一体にトリケラに接近するように命令を出す。
ある程度近寄ったところで、トリケラが突進を仕掛けてきた。
結構速いし、近くで見ると頭から生える三本のツノの凶悪さがよりハッキリわかる。
これは今は手を出さない方が良かったかもしれない。
遠征隊全員を即座に逃がす。
でも、このスピードだと追いつかれるか……!
その時、不思議なことが起こった。
いや、ゲームを遊び慣れた人には見慣れた光景だろう。
トリケラが見えない壁に阻まれるように前に進まなくなったのだ。
足は前に行こうとしているのに前に進まない。
しばらくトリケラは進まない突進を繰り返し、その後おとなしくなって定位置に戻った。
あらゆるゲームにおいて、敵がプレイヤーを追いかける展開はよく見る。
しかし、逃げるプレイヤーをずっと追いかけさせるわけにはいかない。
一定の距離逃げれば、敵は諦めることが多い。
しかし、ここまで露骨に『一定の距離』がわかりやすいゲームは久しぶりに見た。
あのトリケラはこのラインからこっちには来れない。
となると……もしかして実現するのか?
反撃されない位置からチクチク攻撃するという、俺の理想の戦法が。
今までは油断すると死ぬような反撃に怯えながら戦っていたが、ついにその時が来たのか……!?
※12/11追記
戻ってきた仲間たちが戦いの後どうなったのかわからないとのご指摘を受け、お話の冒頭に彼らに関する記述を追加しました。








