Data.26 弓おじさん、切り札
これで左右に回り込もうとする敵は気にしなくていい。
もちろん、今戻って来てくれた戦力だけでは倒しきれないが、移動を遅らせるには十分。
結局のところ、このまま戦っても数の力で押しつぶされる。
俺たちにとっての勝ちは、敵を撤退させること。
そのためには何としても敵軍の将であるバックラーをキルしなければならない。
足の速い敵はすでにガーディアンゴーレムとの戦闘に突入。
何体かは破壊されているが、キャノンゴーレムとここまで空気だった動きの早いラピッドゴーレムは十分な数残っている。
プレイヤーを倒して手に入れたコストでもっと数を増やしたいところだが、砦の周辺で戦闘が起こるとコストによる戦力の強化が出来なくなる。
出来たら攻める側が不利になりすぎるから、こればっかりは仕方ない。
今の戦力が尽きたら終わりだ。
「クリアアロー!」
見えざる矢で散らばったプレイヤーを各個撃破していく。
このイケイケの乱戦状態で見えない攻撃を避けられる者は少ない。
クリアアローは低威力なので仕留められない場合もあるが問題ない。
矢が刺さり動きが鈍くなった標的ならAI制御のゴーレムでも簡単に処理できる。
仕留めそこなってもトドメは他に任せて元気な敵を狙い撃つ。
この作戦で戦力はどんどん削れていく。
バックラーを倒すにはとにかく周りのプレイヤーを倒さないと始まらない。
そもそも仲間を守るために防御特化にしている人なんだ。
仲間がどんどんやられていくのを見たら、絶対に焦るはず。
彼はまだ一人ぽつんと遠くにいる。守るべき仲間はもう周りにいない。
強力な防御スキルも、もはや意味をなさない。
俺なら焦って一刻も早く戦線に加わりたくなる。
それはバックラーも同じだった。
彼は少しでも速度を上げるため、重い装備をはずし始めたのだ。
バックラーという小さな円盾を意味する名前に似合わぬ大盾を。
分厚くて【インファイトアロー】すらロクなダメージにならなかった鎧を。
NSOにおいて装備は非常に重要な要素だ。
俺の『風雲弓』は攻撃に100、射程に80、合計180もプラスされる。
サードの装備となれば一つの装備で200近くプラスされてもおかしくない。
それを外すと確実に脆くなる。
この瞬間を待っていたんだ……!
「全力連射ッ! インファイトアロー!」
気合でどんどん矢を放つ。
バックラーはすべての装備を外し、黒いインナー装備だけになった。
このインナー装備は全年齢向けのこのゲームで描写してはいけないところを隠すための物で、防御力はない。
つまり裸も同然。ここに矢を何発も受ければ……。
「まさか本当に戦力がこれだけとは困惑したぞ弓使いッ! おかげで対応が後手後手になってしまったわッ! わけもわからず殺された仲間たちには申し訳が立たんッ!」
バックラーが左手を突き出す。
そこには円形の小さな盾が装備されていた。
あれは……実物のバックラーだ。
しかし、彼はすでに大盾を装備していた。
このイベントもバトロワと同じくサブの装備は持ち込めない。
開始時点で装備していた物しか使えないはず……。
「もしかして……最初から装備していたのか? 両手に盾を」
両手剣ならぬ両手盾!?
ゴツイ鎧と盾に目を奪われて注目していなかった。
でも、盾2つ持って何になるんだ……?
大盾2つならわかるけど、あの小さい盾にそんな高い防御力が秘められているとは思えない。
「ヘキサゴンシールド!」
バックラーの周りに六角形の小型シールドがいくつも浮遊する。
俺が放った複数の矢はそのシールドにヒット。
パリンパリンと小気味良い音を立ててそれを砕いた。
「ぬぅ……! そうだそうだ、忘れておったわ。俺のシールド系スキルは俺自身の防御ステータスによって強度が変わるのだった! 景気よく砕け散ってしまったわ! わははッ!」
矢はシールドを砕いたことで軌道が変わってしまった。
数本がバックラーの体をかすったくらいで、大したダメージにはなっていない。
そりゃ笑っていられるわけだ。
「とはいえ、手練れだな弓使いよ。このまま突っ立ていたらいずれ致命傷を食らいそうだ。本来ならばちょこまかと動き回る主義ではないが、味方に戦わせて後ろで待っているのは好かん。こちらから動かせてもらう!」
バックラーが走り出す。
やはり、装備には速さをマイナスにする効果があったのか、今は非常に軽快に動いている。
しかし、別に速さにバフがかかったわけでも、ステータスが優れているわけでもない。
マイナスがゼロになっただけだ。
これならオオカミ型モンスターの方がまだ速い。
「インファ……むっ!?」
バックラーがガーディアンゴーレムの懐に潜り込んだ。
デカいゴーレムの陰に隠れることで姿は完全に見えなくなる。
なるほど、こうやってゴーレムからゴーレムへと身を隠しながら接近するつもりか。
だが、こちらには陰を狙える【バウンドアロー】が……。
「ぬぅぅぅん!!」
「……え?」
俺の背後でズドォンと爆音。
信じられないが、吹っ飛ばされたゴーレムが砦にめり込んでいた。
それこそ古き良きバトル漫画のように……。
「おっと! お前さんに当てるつもりが外してしまったわ! まあ、もともと角度を合わせるとか細かいことは苦手なんだがな!」
彼のどこにそれほどのパワーが……。
ステータスを何かに特化させるということは、何かしらが犠牲になる。
防御に特化すれば、攻撃はどうしてもおざなりになるはずなんだ。
俺自身が極振りをしているから知っている。
またバックラーがゴーレムの陰に隠れる。
今度こそ【バウンドアロー】で……。
「ぬぅぅぅん!!」
「またか!?」
今度はゴーレムが真上に吹っ飛んだ。
頑丈だが重量もとんでもなくあるゴーレムは、落下ダメージに耐え切れず崩壊した。
そして、バックラーはまた次のゴーレムに向かう。
困惑のあまり【バウンドアロー】を撃てなかった。
いや、今こそ撃たなければ!
「バウンド……バウンド!?」
そうか、あっちもバウンドさせているのか……!
あの左手に装備された小さな円盾には、物を弾き飛ばすスキルが内蔵されているんだ。
それを使ってゴーレムたちを吹っ飛ばしている。
吹っ飛ばされた時点では大してダメージも出ないが、何かにぶつかったり、落下すると大きなダメージになる。
防御に特化した自分の攻撃では、何をしても大してダメージにはならない。
だから、衝突や落下でダメージを発生させる。
そうでなくても、厄介な敵を吹っ飛ばして遠ざけるというのは、パーティの盾役として非常に頼れるスキルだ。
大ギルドの第3職恐るべし。
両手盾は伊達じゃない。
だが、これで手の内は見えた。
切り札は先に切った方が負けだ。
この長い戦いを終わりにする。
「奥義・弓時雨!」
バックラーがゴーレムを吹っ飛ばして姿を現すタイミングに奥義を重ねる。
雨粒を少しばかり弾き飛ばしても次の雨粒に当たるだけ。
この奥義でも同じことだ。
「奥儀・ストリームシールド!」
バックラーの正面に水の渦巻きが発生する。
その激しい水流は矢を絡めとって受け流していく。
「雨は大地に吸収され、川となって流れていくだけ! このタイミングにクールタイムがあけた奥義を使ってくるとは思っていた。お前も特化型のプレイヤー、攻撃力の低さには悩まされていると見える」
「ええ、そうですね」
「だろうだろう! だから、奥義という切り札を切るのを待っていたのだ! スキルでは俺に大したダメージを与えられんからな! あとは切り札を失ったお前さんをキルして、他の有象無象も処理するだけだ。ゴーレムは出来る限り残したい。占領した時そっくりこちらの戦力になるからな」
「えっ!? そうなんですか? そ、それは本当に知らなかった……。みんなで鍛えたゴーレムまで奪われたら大変なことだった……」
「そうだそうだ、大変なことなのだ……ん? ど、どうしてだ……ああ?」
バックラーの体が白く発光する粒子に変わっていく。
その左胸には深々と一本の矢が刺さっていた。
通常の矢とはデザインが違う。
羽の部分は空色の竜の翼のようで、矢じりの部分は極限まで薄く鋭い。
「な、なんだこの矢は……? いつから刺さっていた……? 透明の矢を撃てることは知っているぞ……。しかし、透明系のスキルは総じて威力が貧弱すぎて、装備のない俺ですら致命傷にはならんはず……」
風雲装備には、セット効果がある。
それは装備している間だけ発動する効果ではなく、装備を集めたものに贈られる『祝福』のようなものだ。
一度すべての風雲装備を装備した時に与えられ、以降はどの装備でも発動可能。
風雲の試練を乗り越えた真の証は、その身に刻まれるのだ。
「奥義・裂空」
風を追い越し、雲を切り裂く……超高速の矢として。








