Data.24 弓おじさん、立ちはだかる
放たれた矢は放物線を描き、最前線にいるバックラーに向かう。
さて、どう出る第3職……!
「…………」
彼は何もしなかった。
矢は鎧に命中したが、それだけだった。
射程ギリギリから撃った通常の矢ではダメージを与えられない。
正直、これは予想通り。
相手は上位のプレイヤー、普通に矢を撃って倒せるはずがない。
次はバックラーの周りのプレイヤーを狙う。
『最硬』と呼ばれるプレイヤーには効かなくとも、普通のプレイヤーにはこの距離からでも多少は効果があるはずだ。
「ロック! マルチショット!」
10人のプレイヤーに向けて矢が飛ぶ。
これで少しでも数を……。
「エナジーバリアⅢ!」
バックラーが両手を矢に向けて突き出す。
そこからオレンジ色した長方形のバリアが発生する。
デカい……! 10本の矢を全て防がれた。
でも、まだ驚くほどではない。
前衛職ならばバリアスキルの1つや2つ持っているだろう。
ちょっと想定より範囲は広かったが、数千人の軍団すべてを守れるほど広くはない。
もっとバックラーから離れた位置のプレイヤーにならば矢は通る。
それより、注目すべきは敵軍の歩みの遅さだ。
足元にオーラが見えているので、コストを使って行軍高速化はしているのだろう。
それなのにあの遅さなのだ。
その原因がやっとわかった。
他でもないバックラーのせいだ。
彼は防御を高めるあまり速さを犠牲にしすぎている。
装備は硬いが、重いのだ。
しかも、バリアを発動する時には立ち止まる必要もある。
そんな鈍足な彼を置いて進むことが他のプレイヤーには出来ない。
彼は有名ギルドに所属するトッププレイヤーだから。
おそらく、この奇策とも言える開幕突撃を考えたのも彼だろう。
セオリーのない初イベントだからこそ、今までのイベントで結果を残しているプレイヤーの意見は通りやすい。
このことから、敵軍はろくにコストも稼がないまま進軍していることがわかる。
コストを稼いだ後に進軍してきたというのはありえない。
なぜなら……このイベントは長距離ワープスキルが禁止されているからだ。
禁止というのは使ったら罰則とかではなく、使えなくされている。
このルールは事前に発表されていなかった。
俺もイベントが始まってから気づいた。
【ワープアロー】でカッコつけて移動しようとしたのに、不発で笑われたのを覚えている。
だから、進軍を速めるにはコストを消費しての高速化か、プレイヤーが持つ速さバフスキルを地道に使うほかない。
そんな状況で鈍足のバックラーがこの砦にたどり着くには、それこそ早めに動き出すしかない。
モンスターを狩ってコストを稼ぐ時間はない……はずだ!
「風雲一陣!」
敵軍に向けて風を吹かせる。
無理して来てもらったところ悪いが、帰ってもらうぞ!
「ブラックスモッグ!」
黒い球をいくつも地面に投げつける。
弾けて外に漏れ出した煙は、風に乗って敵陣へと流れていく。
流石にこれをバリアでは防げまい!
「サイクロン!」
「ウィンドブラスト!」
「大地の息吹!」
「旋風槍!」
反応したのはバックラーではなく、他のプレイヤーたちだった。
みんなで風を起こすスキルを発動し、黒い煙をこちらへと押し返す。
あ、そりゃそうか。
このイベントでフンを投げようとするのは俺だけでも、風を起こせるのは俺だけじゃないよな……。
なんてしょんぼりしている場合じゃない。
臭い煙がこっちに流れてくるぞ!
複数のスキルを合体させた強力な風だ。
【風雲一陣】も簡単に押し負けてしまう……!
ギ……ギギギ……ドォンッ!
キャノンゴーレムたちの砲撃による爆風で、臭い煙は拡散した。
危うく自分の切り札で自分を苦しめるところだった……。
やはり、勝利のカギは悪臭による嫌がらせではないか。
みんなで稼いだコストを使って召喚、強化を施したゴーレムたちだ。
今はAIによる自動操作にしているおかげで、俺の命令なしに勝手に対応してくれた。
しかし、戦車みたいな大砲を背負っているんだから、もう十分敵軍に砲撃が届くんじゃないか?
もしかして、攻撃に対して反撃する設定になっているとか?
それなら敵から跳ね返された煙には反応して、敵軍には反応しないわけだ。
AIの設定をサーチ・アンド・デストロイにしたいな。
とにかく射程に入った動くものは狙い撃ってほしい。
「えっと、ゴーレムの管理用ウィンドウを開いて、全個体一括で設定を変更して……。あ、命令による砲撃も可能なのか」
プレイヤーの指示で照準を合わせ、プレイヤーの合図で砲撃を行うモードもあるようだ。
これを使って最大射程がどれほどか調べよう。
「照準!」
地面に赤い丸のエフェクトが表示される。
今の状態で撃ったらここに当たりますよ、という目印だ。
この照準をもっと前に移動させる。
おお、遠くまでいけるじゃないか。
普通に敵軍まで届いたぞ。
やっぱりAIの設定が違ったんだ。
射程に敵が入ったら問答無用で攻撃するモードに切り替える。
これで全キャノンゴーレムと砦の砲台による一斉砲撃が……始まらなかった。
この感覚……。
若い頃にフリーゲームを作ろうとして、思い通りにキャラが動いてくれなかった時の感覚に似ている。
もどかしい。正解がわからない……。
「いやっ、そうか!」
すべては射程だ。射程なんだ。
ゴーレムは操作しているプレイヤーの射程ステータスがのるんだ。
だから、AIに任せるとまだ砲撃が届かない。
届かないから攻撃しないんだ。
「全キャノンゴーレムと砲台のコントロールを俺に!」
地面に無数の照準が表示される。
それをすべて敵軍に合わせる。
「砲撃!」
ドォンドォンと爆音を響かせ砲弾が飛ぶ。
バックラーは【エナジーバリアⅢ】を展開。
連発できる防御スキルとしては破格の強度と範囲だが、流石に数千人はいるプレイヤーすべてを守りきれない。
他のプレイヤーたちも自衛のためにスキルを発動する。
結果的にほとんどの砲弾が撃ち落とされてしまった。
だが、1つ2つ……撃ち落としきれずプレイヤーの近くで爆発した。
何人かが吹っ飛び、悲鳴が上がる。
悪くない……! とにかく、今は少しでも数を減らすんだ。
キャノンゴーレム、砦の砲台ともに一度撃ったら次弾の装填に少し時間がかかる。
その隙は俺自身の射撃で埋める。
バックラーの防御スキルの届かないところにいるプレイヤーから削っていく。
そして、装填が完了したらすぐに……。
「砲撃!」
敵は慌てている。さっきより撃ち落とせた砲弾は少なく、着実に被害が増えている。
このまま無抵抗で倒されてくれればいいが、そんなわけにはいかない。
もうすぐ『ある行動』に移るプレイヤーが出てくるはずだ。
それを許せば敗北する。何としても叩く……!
今回は文字数が多くなったので二分割しました!
後半部分も今日中に更新します!








