Data.23 弓おじさん、抵抗する
驚愕の一報から時を遡ること30分前。
俺たちはみんなが頑張って稼いだコストの使い道について話し合っていた。
WC……その存在はイベント開始前に公開されていたが、その使い道のすべては明かされていなかった。
イベントが開始され、リーダーを買って出たハタケさんはコストの使い道を決められる管理権を得た。
そして、管理ウィンドウを見た彼は何よりコストを集めることを優先した。
俺も見せてもらったが、このイベントはコストゲーじゃないかと思った。
各種回復アイテムの生成から、砦の防壁強化はもちろんのこと、大砲やバリアの設置。
さらにはバリエーション豊かなゴーレム兵の召喚。
攻める際には行軍を加速させることも可能だ。
まずコストを集めよう。
ハタケさんのその判断は正しいし、早々に敵が攻めてこないという判断も間違ってはないと思う。
ただ、敵軍の将であるバックラーにはその素晴らしい普通の考えが通用しなかっただけだ。
しかし、ハタケさんは自分の予想がことごとく外れて、まるで負けたような気分になってしまったようだ。
すっかり戦意喪失し、逃走の準備を始めている。
「ハタケさん、第2職……セカンドの俺が言うのもなんですけど、同じ第3職同士なら恐れることはないんじゃないですか?」
「ボクはあくまでもバッファーなのだよ……。周りを強くして戦ってもらう立場だ……。つまり、周りがそもそも頼れるプレイヤーでなければ強化したって意味がない。プレイングの問題だ……」
「確かに見知らぬプレイヤーとの連携は不安でしょうけど、ハタケさんのギルドのメンバーは頼れるのでは?」
「ああ……。でも、ギルドメンバーの全員がこの砦からスタートなわけじゃない。同じ陣営になってもスタートとなる砦はランダムのようだ。今この砦にいるボクの所属ギルドのメンバーは……あまり戦闘に秀でていないのだよ」
「それは……相手も同じかもしれませんよ。味方が頼りないなぁとか向こうも考えている可能性が……」
「そうだとしても、バックラーは単体で十分機能するプレイヤーさ。なんといっても大ギルド『正道騎士団』に名を連ねる『重装鎧兵』……最硬の前衛なのだよ。彼は味方が戦うために自分を盾にする。味方のためにという点で、ボクと似てるようで真逆さ……。ボクは後ろで旗を振ってるだけ……。みんなを守れる自信がない……」
完全に心が折れている。
ハタケさんは派手な旗を振り回しながら逃げてしまった。
それにつられてゾロゾロと他のプレイヤーも逃げ出す。
俺のグループで一緒に狩りをしていたプレイヤーたちも逃げ出した。
「キュージィさんも一緒に逃げましょう」と誘ってくれたけど、その気にはならなかった。
ゆるい繋がりは素晴らしいものだが、こういう時は固い繋がりが欲しくなるな。
本当に勝てないのならば逃げるのは上策だ。
ハタケさんの場合はバッファーだから、他の砦と合流して戦力を増やした方が立ち回りやすいのは間違いない。
被害ゼロで撤退後、戦力を増強して砦を取り返せば問題もない。
なんたってイベントの期間はゲーム時間で一週間もあるのだ。
だから、これからの戦いはたった一人のプレイヤーの勝手な判断で行う。
俺は……正直この戦いは勝てたと思っている。
それを話しても誰も信じてくれなかった。
完全に理屈だけで説明しろと言われると難しいが、半分以上は理屈で考えている。
風雲竜に勝てたからといって、自分が最強だと気を大きくはしていない。
まず、ハタケさんを含めた多くの人は、自分の予想が外れただけで自分が不利な状況に追い込まれたと勘違いした。
そして、相手が有名なギルドのすごいプレイヤーだから勝ち目がないと思った。
だが、果たしてそうなのだろうか?
コストを稼ぐことが重要に思えるこのルールでなりふり構わない進軍は悪手に思える。
バックラーというプレイヤーさんは強いのだろう。
第2職の俺では基本的に勝てない。
でも、イベントは『基本的な状況』じゃない。
敵軍を追い返せるかはわからない。
でも、俺の考えが正しいならたった一人でも多少食い下がれるはずだ。
カギを握るのはみんなで集めたコスト。
そして、まだ誰もこの陣取りのセオリーを知らないこと。
当たって砕けろ。
一人でやるだけやってみよう。
敵軍はまだまだ遠い。
というか進軍遅いな。なぜだろう?
理由はわからないがこれは救いだ。
今のうちにコストの使い道を考える。
コストの管理権はハタケさんが投げ出したので、残った俺に移っている。
どうやらコストは砦ごとに管理されるものらしい。
外でモンスターなどを倒してコストを稼いだプレイヤーが砦に入ると、砦側にコストが移動し蓄えられる仕組みのようだ。
「やはり砦を守るのだから、砦の防壁を強化するのがセオリーかな」
深く考えず砦の防壁強化にコストを突っ込もうとしたところで指が止まった。
「いや、砦の防壁なんてどうでもいいんだ」
俺は当然今回も射程の長さを武器に戦う。
だから、敵の攻撃が砦に届く範囲に敵を近づけたら負けなんだ。
もうどうにもならない。そうなったら諦める。
だから、想定する必要はない。
「代わりに近づけさせないための砲台やゴーレムを増やそう」
砲台は敵が今来てる方向だけに設置してコスト節約。
さらにレベルを上げる。
三段階まで上げられるので、悩んだ末に最大まで上げた。
こういう時にセオリーがないことを痛感する。
Lv3まで上げる意味は薄い、コスパが悪いとか。
Lv3まで上げると最強、上げないと意味がないとか。
普通のゲームなら調べれば出てくるもんな。
ゴーレムもバリエーションが多いのでどれを使うか悩んだ。
こっちには数が足りない。
接近する敵を足止めする前衛の代わりであるゴーレムにはこだわらないといけない。
まずは動きは遅いが大きく硬い防衛向きの『ガーディアンゴーレム』を多めに召喚。
レベルも上げられるだけ上げておく。
このゴーレムたちが全滅したら、後は俺の元に敵がなだれ込んでくるだけだ。
次に肩に2つの大砲を装備した『キャノンゴーレム』。
ガーディアンの後ろ、俺の前あたりのポジションに陣取って敵を殲滅する手伝いをしてもらう。
射程もまあまあ長いと思う。
そして最後に、隠し味的な『ラピッドゴーレム』を配置する。
他の2種とは打って変わって耐久が低い代わりに軽装で動きが早い。
戦場をかき回してくれよと願いを込めて配置する。
あとは俺自身へのバフだ。
コストを消費することでプレイヤーの能力も上げることができる。
本来ならば多くのプレイヤーにバフをかける想定なのだろうが、今回は俺一人だ。
コストは格安で済んだ。
肝心のバフの効果は……ステータスを全体的に1.5倍くらいか。
2倍、3倍は流石に運営も危険を感じたんだろうな。
上位プレイヤーが強くなりすぎるって。
「うむ、こんな感じだろう。やれることはすべてやった」
自分に言い聞かせるように独り言をつぶやく。
あとは射程に入った敵から撃ち抜くだけだ。
いつも通りのことさ。
でも、ゲーム内とはいえ何かを撃ち抜くことが『いつも』になるとは思わなかったな。少し前までは。
ゆっくりと弦を引きしぼる。
狙うはもちろん敵軍の将バックラーだ。
今、開戦の矢を放つ……!
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