After Data.27 弓おじさん、火山の魔神
登山自体は順調も順調だった。
ネクス、エイティ共に遠近両用の戦い方が出来るから、あらゆる場面で柔軟な対応が可能だ。
問題は登れど登れどボスが待ち構えているであろう洞窟が見つからないことだ。
いつものように火山をぐるりと一周しても、それらしき穴はどこにもない。
見逃している……ということはないと思う。
ネクスは答えを知っているからか、あまり口出ししてくることはないが、うっかりミスで洞窟を見逃している時には何かしらのヒントを出してくれそうな気がする。
チャリンをリスペクトしているのならなおさらだ。
エイティもなかなか知能が高いし、俺が洞窟を探していることは理解していると思う。
見つけていれば唸り声で知らせてくれると思うが、特にここまで反応はない。
こうなってくると、火山3体目のボスは洞窟の中にいないと考えるのが自然だな。
では、どこにいるのか……?
「山頂に行こう!」
山のボスがてっぺんにいるというのはあるあるネタだ。
しかも、ここは灼熱の火山なんだ。
最終決戦の舞台は、マグマの煮えたぎる火口付近がふさわしい!
ただ、屋外だと壁画が描けないという点は気になる。
雪山2体目のボスだったイエティは雪の下の地面に壁画が描かれていたし、そもそも他のボスも壁画じゃなくて天井画だろうというツッコミどころはあるが、一応屋内に描かれているという点は守っていた。
最後の最後でその法則を破るのだろうか?
……まあ、答えはきっと山の頂にあるのだろう。
俺たちは赤い大地を踏みしめて、ついに火山の山頂にたどり着いた!
「流石に火口付近はA装備をつけていても熱い……!」
眼下にはゴポゴポと音を立ててうごめくマグマ!
あそこに落ちたらここまで頑張って集めた装備もすべてパァになるんだろうな……。
そう考えただけで、自然と足が後ろへと動く。
さっさとボスを倒してここから撤退したい気分だが、肝心のボスが見当たらない。
屋外でも地面にそれらしき絵が描いてあると予想していたが、それすら存在しないとは……。
「ヴルルルルルル…………ッ!」
「エイティ、何か見つけ……」
振り返った瞬間、俺は言葉を失った。
山全体に黒い線が浮かび上がっているのだ!
それもまるで何かを描くように……!
「最後は地上絵ということか!」
確かに地上絵は壁画と同等かそれ以上に古代のロマンにあふれているし、規模も大きい。
最終ボスの姿を描く手法としてはこの上ないものだ。
素直に感心する。感心するが……そればかりではいられない。
これからこの大きさのモンスターと戦うというのか……!?
地上絵は火口を中心に描かれているため、俺たちの位置からでは全体の絵柄を把握できないほど巨大な物に仕上がっている!
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………ッ!!
今度は地面が大きく揺れる……!
噴火する……そう思った瞬間、火口から何か巨大なものが飛び出してきた!
ヴォオオオオオオオオオオオオーーーーーーッ!!
雄たけびを上げるそれは、紅蓮の炎をまとった人に見えた。
洞窟の奥に描かれた3体のボスの壁画、その最後の1体も人型だった。
つまり、あいつがこの火山最後のボス……!
その名は『紅蓮壁画神ヴォルケーノイフリート』!
「デ、デカイ……ッ!」
ボスというのは巨大なものだが、こいつは度を越している……!
少なくとも高さ50メートル以上はあるように思える!
風雲竜や蒼海竜ですら尻尾を上手く伸ばさなければこの大きさにはならない。
過去に戦ったモンスターの中でこれ以上といえば……南の海で戦った『ポセイドンクラーケン』や狼座の試練で戦った『ゼウス』くらいだろう。
しかし、両者ともにその巨体を攻撃に生かすことはほぼなかった。
基本的にはゆっくりと前に進みながら、飛び道具でじわじわプレイヤーを追い詰めるタイプ。
大きな体はプレイヤーの攻撃を当たりやすくするハンデと言ってもいい。
でも、このイフリートの場合は……!
ヴォオッ! ヴォオッ! ヴォオオオーーーッ!!
想像以上に機敏……!
さらに手足を使った物理攻撃を仕掛けてくる!
ただ、狙いは大雑把だし、機敏というのもこの巨体にしては機敏というだけで、動きを見てから回避すること自体は難しくない!
それでも巨体で格闘戦を仕掛けてくるという時点で心理的プレッシャーはすごいし、なかなか落ち着いて攻撃することも出来ない!
そもそも火口付近は足場が悪く、姿勢が安定しない。
しかも、イフリートが暴れるごとに山頂から丸い噴石が転がってくる。
あれに当たっても大ダメージだ。油断の隙もない……!
「どうするキュージィ殿! 私はとてもではないが、この状況には対応できん! 瞬時に処理すべき情報が多すぎて頭が沸騰しそうだ!」
ネクスはてんやわんやだ。
AIは情報の処理が得意ではあるが、最適化されていない状態では無駄な情報まで処理しようとしてしまう。
人間なら特に意識せずに歩くことが出来るし、このような斜面でも転ばないように最適な重心移動が本能的に出来る。
さらには不要な情報をシャットアウトして、目の前のことに集中することも可能だ。
しかし、AIはそれらをすべて計算ずくで行っている。
どう歩くのか、どう体を傾けるのか、どう攻撃するのか、どこを攻撃するのか……。
どの情報が必要なのか、どの情報が不必要なのか、その判別はどうつけるのか……。
とにかくネクスは今すごく考えて、その経験を蓄積している。
とはいえ、VRMMOの選択肢は無限に近い。
蓄積したデータにない場面に出くわすことも多々ある。
AIは学習していない状況への対応が非常に苦手だ。
なんとか似た状況のデータから対応を模索するも、失敗すれば一発で即死級のダメージを負ってしまうのがボス戦……。
ここは経験豊富な俺がサポートしてあげなければ!
自慢ではないが、戦闘経験だけは本当に豊富だからな!
「ネクス! 山を下りるぞ!」
「なにっ!?」
「やけくそになったわけじゃない! ちゃんと計算ずくさ!」
「う、うむ! 了解した!」
イフリートに背を向け、一斉に山を駆け降りる……!
逃げるわけではない。これは奴を倒すために必要な一手だ!