Data.188 異人伝:手負いの獣
「獣爪連撃!」
連撃とは名ばかりのがむしゃらなひっかき攻撃がシンバを襲う。
狭く暗い穴の中で回避は不可能。
武器を使ってなんとか受け止めるしかない。
(くぅ~、こんな穴の中じゃスピードを生かすのは無理ねっ! 小細工なしの殴り合いをするしかないけど、アタシそういう泥臭い戦い方は好きじゃないのよっ!)
本来、シンバの職業である特殊第3職『音撃忍者』は、音の力と音のごとき素早さで敵を翻弄し撃破する職業だ。
音技は不可視、反響、装備貫通など特殊な性質を持ったものが多い反面、純粋な火力は決して高くない。
武器として持っているシンバル型手裏剣も投げる分には問題ないが、これを手に持って格闘戦をしろと言われれば困るような代物だ。
ならば至近距離で音技を使って攻撃……とはいかない。
狭い空間では音が反響しまくり、自爆の危険性がある。
反響効果のない音技の種類は限られる。
ネココは怒りのままにシンバを穴の中に引き込んだようで、実際は考えたうえで行動している。
しかし、この行動には1つ穴がある。
(でも、スピードが生かせなくて困るのはあなたも同じよね……子猫っ!)
そう、ネココもまた典型的なスピードタイプなのだ。
印象的な透明化奥義【見えざる猫まっしぐら】も全力疾走している間しか効果を発揮しない。
走るどころか早歩きも難しい穴の中では使い物にならない。
そして、火力面は……マッドスライムCORE戦で指摘された通り、雷属性の付与と【秘技・双爪】による強化を行わなければ並以下だ。
ネココは敵を追い詰めたいがあまり、自分をも追い詰めてしまった……というのが、シンバの考えである。
(純粋な力のぶつけ合いでは、攻撃ステータスが勝敗を分ける……っ! お互いあまりポイントを振ってないでしょうけど、どちらかと言えば……私の方が攻撃は高いはずっ! 根拠は速さの差っ! スピードだけなら子猫の方が速いっ! 何かが突出しているということは、その分他が低くなっているということよっ!)
シンバはにやりと笑う。
目が暗がりに慣れてきた。
これより攻勢に出る。
「音速振動刃!」
シンバルが高速振動することで、エッジの部分が刃物のような切れ味を得る。
「さらに音硬金剛光!」
シンバルの表面がダイヤモンドのようにキラキラと輝く。
いわゆるダイヤモンドコーティングを表面に施すことで、武器の耐久性を上げたのだ。
「私を穴に落とすのは名案だったわっ! でも、私たちは似た者同士っ! むしろここでは埋めようのない実力の差が浮き彫りになるのよっ! 食らいなさいっ!」
シンバの両腕の筋肉がボコりと膨らむ……!
どんな武器を持っていても発動できる汎用の奥義……!
ただ力に物を言わせて敵をぶったたくだけのシンプルな効果……!
「イキリッ……断チィィィィィィィィィッ!」
「爪天の霹靂……」
振り上げられたネココの爪は、いとも簡単に振り下ろされたシンバルをはじき返した。
それどころか、あまりのパワーにシンバの両手からシンバルが吹っ飛び、穴の中に転がった。
「な、なんなのよこのパワーっ!? いくら性能はそこそこの汎用奥義だからって、2つもスキル使って強化を……」
「……双爪!」
ネココの奥義は二段構え。
追撃の一撃がシンバの体をズバッと切り裂く。
しかし、切り裂いた部分は首ではなく胴体。
まだ装備も健在でプレイヤーの体の中では最も頑丈な部分だ。
これではキルどころか、まだ瀕死にすらならない……はずだった。
「お、おかしいわっ! 明らかに試合開始時より火力が上がっている……っ! この程度の奥義でアタシのHPと装備の耐久がごっそり持っていかれるなんて……っ!」
それは誰の目にも明らかだった。
シンバの装備はたったの一撃で深く切り裂かれ、もはや防具の役目を果たしていない。
HPも想像以上に減少し、もはや回復しなければ満足に戦えない状態だった。
「何をしたのっ!? 教えて……いらないわっ! もはやアタシの運命は決まったっ! 語る口なしっ、聞く耳なしっ、ヤりなさいっ!」
「サンダークロー!」
雷属性を付与した爪がシンバの首を切り裂く。
基本的なスキルである【サンダークロー】を使っただけの通常攻撃にしてはやはり威力が高い。
シンバのHPを削り取るには十分な一撃だった。
「急な攻撃力の上昇……そのタネがわかった気がするわ。でも言わない。だから、子猫も教える必要はないわよ。女の秘密は多い方が良いの……。あと、ゴメンナサイね。気にしてること、掘り返しちゃって……」
「本当はイジられても仕方ないと思ってるの、頭ではね……! プロなんだからミスしたらネタにされるのは当然って、頭は理解してるのよ……! でも、心が拒むっ! もっと冷静にならないといけないのに……!」
「うふふふん……乙女心とは奇妙なものよ……。あなたはマココのようなクールでドライなプレイヤーを目指しているようだけど、同じことをして追いつける相手じゃないわ。あなただけのプレイスタイルを見つけることね。かわいいかわいい子猫ちゃん……」
シンバは光となって消えた。
「あっ! ハタちゃんとペッちゃん、ごめんなさ~いッ!! 応援してるから頑張ってぇぇぇぇぇぇッ!」
最後に声だけが虚空から聞こえた。
シンバは強かった。経験的にはネココよりも……。
敗因はネココの職業である特殊第3職『野獣拳闘士』の固有ステータス『野生』の効果を見抜くのが遅れたことにある。
『野生』は戦士系統の固有ステータス『気合』に近い効果を持ち、ダメージを食らえば食らうほど攻撃、魔攻、速度のステータスが上昇する。
その上げ幅はすさまじいが、それに反比例して防御、魔防は下降していく。
手負いの獣は恐るべき戦闘能力を発揮するが、それは死を早める捨て身の力なのだ。
さらに『野生』には特殊な仕様が存在する。
本来、ダメージを食らえば食らうほど強くなる効果というのは、HPを回復すると消滅してしまう。
だが、『野生』は消滅しない。
傷が治ろうが傷つけられたという事実が消えないように、HPを回復しようとこれまでその対象から受けたダメージの分だけ、その対象への攻撃力は上昇し続ける。
そして、相手がパーティの場合はパーティ単位でダメージ計算がなされる。
相手パーティの1人からダメージを受けると、その他のメンバーへの攻撃力も上昇する。
今回の場合、ネココはペッタから大ダメージを受けていたため、同じパーティのシンバに対しても攻撃力が上昇していた。
この『野生』の効果は『その対象からさらなるダメージを受けない』または『ネココからその対象にダメージを与えられない』という時間が続けば続くほど薄れていき、最後には消滅する。
平穏な時間は怒りを忘れさせるのだ。
また、上昇値には上限、下降値には下限が存在し、際限なく強化および弱体化するわけではない。
今の戦闘でこれらすべての条件を察することが出来たプレイヤーは存在しないだろう。
しかし、ネココ・ストレンジが弱点である火力を補う手段を持っているということは広まった。
今までは弱点である首を狙うことで火力の上昇をごまかしてきたが、今回は思いっきり胴体の装備を大破させてしまったのだ。
これがトーナメントと観戦システムの難しいところである。
(本当に強かった……! 特別な切り札を晒してしまった以上、素直に勝利を喜べない気持ちもある……。でも、喜ぶの! 勝ったから良し! 次の試合のことは、その時の私が考えてくれる……はず!)
キュージィの楽観的な性格に引っ張られ始めているネココであった。