Data.172 弓おじさん、傘とレインコート
目の前の敵を倒せばいいだけ……。
そう思考を切り替えることで、景色すら鮮明になった気がする。
この際、どれだけ要領が悪いんだというツッコミは置いておこう。
集中してよく見ると、レインコートに包まれたゼラちんはかなり幼い見た目をしている。
手には水鉄砲、足には長靴なのもあいまって、黙っていれば本当の子どもだと勘違いしそうだ。
戦闘要素のあるVRゲームの中には倫理的な批判を避けるため、幼い子どものキャラクリエイトを不可能にしている物もあるという。
……NSOは恐れを知らないな。
まあでも、プレイできる年齢にはちゃんと制限をかけてあるので無法者というわけではない。
小学校低学年以下の子どもたちにVRゲームは刺激が強すぎる。
「相手の得意属性は水。ならばこっちは電気だ! ガトリング・サンダーアロー!」
ゼラちんに向けて雷の矢を連続で放つ。
とにかく強気でいこう。
同じ射手系統なら長所も短所も想像できる。
それにこちらにはガー坊がいる。
戦いにおいて数の有利は大きい……!
「うぅ……。啖呵切ったのはいいけど、やっぱり1人であの有名な弓おじさんの相手はキツイ……。ええい開け! カサコ!」
レインコートの中から傘を取り出したゼラちんはそれを開いて矢を受け止めた……!
なるほど、武器を温存していたか。
確かに彼女の水鉄砲は片手武器っぽいし、もう片方の手に盾として使える傘を装備すれば攻守のバランスが良くなる。
さらに、いざとなれば傘は武器としても使える。
これは誰もが閉じた傘を剣のように振り回して遊んでいたことからも明白!
接近戦にも対応できる万能武器……それが傘だ!
「カサコ、とにかくコアくんとサトミくんの喧嘩を邪魔されないようにおじさんを足止めしないといけないの。時間を潰す感じで戦うよ」
「カッサカサー!」
傘がしゃべった!?
まさか、武器として装備できるユニゾンなのか……?
いや落ち着け。そういうユニゾンを俺は知っている。
マココ・ストレンジもユニゾンをブーメランに変形させて強力な武器としていた。
これで戦力はお互い2対2……。
さあ、接近してくるか……?
「…………」
ゼラちんとカサコは……動かない!
そこに攻め込まない俺もどうなんだって話だが、こちらとしては時間が経つほどコア戦で使った奥義のクールタイムが終了して動きやすくなる。
相手もそれは把握しているはず……。
一体、何を考えているんだ……?
「……はっ!」
そうか、わかったぞ……!
ゼラちんは俺と戦っても勝てないと思っているんだ!
だから向こうからは手を出さず、守りを固めて時間を潰している。
これが1対1の勝負なら無意味な時間でしかないが、これは制限時間ありのパーティ戦であり、最終的に生き残っている人数が多い方が勝つというルールもある。
彼女は信じているんだ。
自分が俺を足止めしている間に、仲間たちが勝利を重ねて人数差で勝利を勝ち取ってくれると……!
だから、いくら待っても彼女は攻めてこない。
様子見してる時間は無駄なんだ。
「ガー坊、ガンガン攻めるぞ!」
「ガァー! ガァー!」
俺の宣言にゼラちんが身構える。
さあ、俺の考えた攻め手の一手は……。
「かかってこないならサトミの加勢に行く!」
ゼラちんに背を向けて走ることだ!
「……うぇ!? ちょちょちょちょちょ! さっきの2人の会話聞いてたの!? 兄弟喧嘩に水を差したら嫌われるってば!」
「知ったこっちゃないね! ここは真剣勝負の場さ! リアルの事情を持ち出して喧嘩するところじゃない! それに俺は無職なんだ! 少しでも2500万を手に入れる確率を上げたくてしょうがない!」
「な、なんて大人げない大人なの!? くっ……! こうなったら攻めるしかないじゃないの! コアくんに嫌われるのは嫌だもん!」
ゼラちんが立体交差の高い道路から飛び降りる。
「パラソルパラシュート!」
カサコと呼ばれた傘型ユニゾンの持ち手の部分がうにょうにょと触手のようにうごめき、ゼラちんの体にガッチリと絡みついた。
これで片手が空いたゼラちんは、アイテムボックスからもう一丁水鉄砲を取り出す。
「空中からの対地攻撃は得意中の得意! これぞ雨天決行降下作戦!」
空中から雨のごとく水の弾丸を降らせる戦法か。
しかし、対空攻撃に関しては俺も得意中の得意だ!
そもそも、さっきのセリフもゼラちんを空中へと誘う演技!
パラシュートでゆっくり降下してくるなんて良い的だ!
くるりと体の向きを変えて矢を撃つ準備に入る。
「ふんっ! あんな猿芝居を見抜けてないと思った? まあ、どちらにしろ私の雨天決行降下作戦は無敵なのよ! はい! キノコプター!」
さっきまでパラシュートの役割を果たしていたカサコが、ヘリコプターのプロペラのように激しく回転し始めた!
推進力を得たゼラちんは一気に俺との距離を詰めてくる!
「雷鳴天羽矢の大嵐!」
稲妻を迸らせた無数の矢がゼラちんとカサコに襲いかかる。
ヘリコプターはそこまで機敏じゃない。
矢の間を縫って飛行することは不可能だ!
「無敵だと言ったはず! カサコ! 平和的なキノコの胞子!」
カサコから発せられた白い粉がゼラちんを取り囲む!
矢はその粉に触れた途端勢いを失い、地上へと落下していく……!
「この奥義は防御専門の奥義よ! 胞子を吸ったところでダメージはないけど、敵の攻撃を無力化する力は強い! 特に今みたいに細かい攻撃判定をたくさん生み出すタイプの奥義には負けないわ! さらには効果は長く続ぐわあああァァァァァァーーーーーーッ!!!」
【雷鳴天羽矢の大嵐】は目くらましだ。
本命は真下に潜り込んでいたガー坊の【紅い死喰回転】!
単発超火力の一撃は胞子でも防ぎきれず、レインコートは構造上足元がお留守!
ゼラちんは両脚に重大なダメージを負い、太ももの付け根の部分に赤いバッテンが浮かび上がる。
なるほど、グロ描写を制限しているプレイヤーにも欠損して使えない部位をわかりやすくするため、こういう表示が追加されたのか。
確かに以前までの仕様だとグロ描写をオンにしている方がパッと見て相手の状態を把握できるから有利だったもんなぁ。
「くそっ……! 再生薬を……!」
「そうはさせない!」
HPやMPを回復するアイテムはサッと戦闘の合間に使用することも可能だ。
しかし、『再生薬』などの特殊な回復アイテムは効果が表れるまでに十秒前後かかる。
途中でキャンセルすると効果は発動しないし、その間はスキル奥義も使用不可。
物陰に隠れたり、仲間に援護してもらいながらでないとなかなか使えない。
敵の目の前で使用するのは無謀だ。
「むぐぐぐ……! コアくん、ごめん!」
「ガー坊、電気の奔流! ガトリング・サンダーアロー!」
雷の連撃を受けてゼラちんは消滅した。
激しい雨をはじく傘もレインコートも落雷には無力だ。
「これで1人目……!」
撃破情報は全プレイヤーに即座に伝えられる。
残り人数は勝利に直結する要素だけあって、この一報でマッドスライムCOREの動きが変わるかもしれない……。
セオリー通りに動くならサトミの援護に向かうべきだ。
兄弟は戦闘開始と同時に立体交差を下りて都市の中へと姿を消したが、戦いの音はまだ聞こえている。
行こうと思えば行けるが……。
「任せたぞ、サトミ」
男の勝負に割って入るものじゃない。
俺は他の標的を探す……!