Data.16 弓おじさん、風に吹かれて
俺も小さい頃は雲に乗ってみたいとか、虹を歩いてみたいと思ったものだ。
まさか、この歳になって夢が叶うとは……。
またVRゲームの良いところを知った。
同時に恐ろしさも知った。
「た、高すぎる……」
自分の置かれた状況を確認するため、地上を見下ろしたのがマズかった。
余りの高さにめまいがして、危うくフラっと落っこちるところだった。
全身から冷や汗が噴き出す感覚……久々に味わったな。
リアルすぎるのも考え物だ。
さて、雲の上には特に何もない。
王国もなければ、怪物もいないな。
まだ実装されていないだけなのか、そもそも雲に乗れるのはオマケ要素なのか。
大の字になって雲の上に寝ころぶ。
ふにょんふにょんしていてぐっすり眠れそうだ。
これが地上に置かれたお布団ならば……な。
「やっぱり今日は雲が多いなぁ。もっと高いところにある雲も乗れるんだろうか?」
今の地点よりさらに高いところをウロコ雲が流れていく。
適度に間隔をあけて浮かぶ雲はまるでアクションゲームの足場のようだ。
それもきっとボスステージだな。
ちょうどウロコ雲の群れの真ん中には繭のような雲の塊がある。
ゲームならあそこからボスが飛び出してくるんだろうな。
キョオオオオオオォォォォォォーーーーーーッ!!
繭の雲がはじけ飛んだ。
中から何かが飛び出し、雲の合間を飛び回る。
まさか天空の城……いや、あの速さは鳥か?
どちらも不正解だった。
あれは……ドラゴンだ!
龍ではなく竜タイプのドラゴンだ!
空色の鱗に大きな翼、長い首に比較的細身の胴体。
スラッとしているが西洋竜だ。
「か、カッコいい!!」
ドラゴンはいくつになってもカッコいいと思える。
存在そのものがカッコいいし強い。
デザインのモチーフにしてもカッコいいんだ。
武器やら魔法やらエンブレムやらにドラゴンを取り入れると、それだけで特別感がでる。
ボスにしてもサマになるし、主人公がドラゴンの力を宿しているというのも王道だ。
脇役にしてもそのビジュアルで存在感を放つ。
移動手段として空を飛び、冒険できる世界を広げてくれることもある。
とにかくドラゴンは素晴らしい。
ドラゴンって男の子だ。
それはそれとして、俺はこの状況をどうすべきなんだ?
ドラゴンはまだ俺に気づいていない。
こちらから手を出さない限り襲い掛かっては来ないだろう。
きっと、今まで戦ってきたモンスターとプレイヤーの誰よりも強い。
見て見ぬふりして帰るのも悪い選択肢じゃない。
すでにゲーム開始から3日が過ぎ、死ぬとデスペナルティが適用される。
死ぬ前に立ち寄った街に強制送還され、お金の一部を失う。
さらに一定期間ステータスが弱体化される。
負けた敵にすぐにリベンジというわけにはいかないし、普通の冒険も危険になるだろう。
「でも、戦ってみたいなぁ……」
おそらく、あのドラゴンは超レアモンスターだと思う。
風が強く雲の多い日だけ上空に現れるのだ。
ここで逃げたら次はいつ戦えるのかわからない。
それにもし勝てたら竜の装備を手に入れられるはずだ。
俺も竜の力を受け継ぐ主人公になりたい!
強敵を目の前にして逃げ出すのは男の子じゃないな!
「かかってこいドラゴン! 俺が相手だ!」
最初の矢がドラゴンに命中した時、大いなる戦いの火ぶたが切られた。
◆ ◆ ◆
「はぁ……はぁ……強いっ!」
何発矢を撃ち込んでもダメージが見えない。
この『見えない』には二つの意味がある。
一つはそのままドラゴンが矢を食らっても苦しむそぶりを見せないこと。
もう一つは単純にHPバーが表示されていないことだ。
おそらく超レアモンスターの特殊な仕様だ。
ダメージが可視化されないことで、より戦闘に没入できる。
しかし、『あとちょっとで倒せそう!』とか自分を鼓舞できなくなるのは辛いな。
「飛行特効がドラゴンにも適用されてるといいんだけどな……!」
足場となるウロコ雲は面白い仕組みになっている。
『上へ』という意思をもって踏み込むとトランポリンのように跳ねる。
『下へ』という意思をもって踏み込むとするんと下へすり抜ける。
まさにアクションゲームの足場だった。
この仕組みを利用してドラゴンの攻撃を避けつつ攻撃するのが正攻法のようだ。
俺はこれに加えて【ワープアロー】が使えるので、より動き回りやすい。
ソロというのもプラスに働いている。
四人でこの足場を飛び回ると確実にごっつんこして誰かが落ちる。
ギスギスの友情破壊ゲーになりそうだ。
さて、ドラゴンの攻撃は大きく分けて三種類。
近くで食らうと体がビリビリする『咆哮』。
口から吐き出される空気の衝撃波で足場の雲を消し去る『空気のブレス』。
高速飛行で一直線に俺を狙う『突進』。
『咆哮』と『空気のブレス』は簡単に避けられる。
この戦場と【ワープアロー】との相性が良すぎるからだ。
逆に【不動狙撃の構え】は相性最悪で使う機会がない。
飛び回ることを求められる状況では30秒もジッとできない。
問題は『突進』だ。
これは一度俺から距離を取った後、俺をロックオンして一直線に飛んでくる。
かわすには単純にロックオンされた後、他の雲に逃げればいい。
なにが問題なのか?
これまた単純で当たり判定がデカすぎるのだ。
しかも、飛ぶドラゴンの周囲には衝撃波が発生する。
これに当たっても吹っ飛ばされて雲から落っこちる。
衝撃波は見えないので目測を誤りやすい。
雲から雲へ跳んで逃げたり、ワープした後にも判定が届いたりするから、さらに動くことを要求される。
実際に何度か吹っ飛ばされて【ワープアロー】で緊急復帰した。
吹っ飛ぶだけでダメージ判定があるところに巻き込まれていないのが幸いだ。
【ワープアロー】は生命線なのでMP回復にはこだわる。
それこそ攻撃のタイミングを逃すことになっても回復する。
もどかしいが、強敵との戦いはパターン化が大事なんだ。
このドラゴンの場合は『突進』の後に大きな隙が出来る。
一度足場のウロコ雲がある場所から大きく離れて休憩するのだ。
普通のプレイヤーなら攻撃が届かない距離だが俺の矢は届く。
攻撃のタイミングはここだけだ。俺の場合はね。
ドラゴンが近い時はぴょんぴょん逃げる。
決して攻撃はしない。
一撃食らったら死ぬんだから、慎重に立ち回って反撃されない時だけ攻撃する。
これが俺の戦い方だ。
チクチクと攻撃を繰り返し続けたことで、ついに変化が訪れる。
ウロコ雲の足場が減少し、ドラゴンの『突進』が加速する。
明らかに段階が進んでいる。体力は削れている!
「ここまで来たら絶対に勝つ!」
跳ぶ、撃つ、跳ぶ、撃つ……。
速さを増した『突進』が俺のスタミナを削っていく。
悲しいことに、ここまで速くなると体がついて行かない……!
両足が衝撃波に巻き込まれ、感覚を失った。
これは……部位欠損状態というやつだ!
俺は欠損描写設定をオフにしているので脚がくっついたままだが、オンにするとしっかり脚がなくなっているはずだ。
これ治すには『再生薬』というHP回復薬とはまた違うアイテムが必要になる。
結構レアで店売りはしてないので、俺は持ってない。
つまり、もう跳べない。
ワープは可能だが……やめだ。
俺の運動神経じゃ、これ以上逃げてもジリ貧になるだけだろう。
もう、限界まで撃つことに集中するまでだ……!
不動の射撃こそが俺の本気だと教えてやるぞ、ドラゴン!
キリリリリ……シュッ! シュッ! シュッ!
矢の雨をドラゴンに浴びせる。
ドラゴンが俺をロックオンし、突進の姿勢に入る。
空色の巨体が俺に迫る……。
その時、視界が光に包まれた。
※反射神経が良すぎるとご指摘を受けたのでドラゴン戦の描写を一部変更しました。
※キュージィの現在の射程はステータスの110をベースに『スパイダーシューター』の+30、『森の賢者の拳』の+50、スキル【弓術Ⅴ】で+50で240あります。
これに【不動狙撃の構え】を発動すれば3倍で720メートルになるので、まあ届く雲もあるかなと思います。








