Data.140 弓おじさん、川辺の王者
俺の水中での戦法は海弓術の七つの型がほぼすべてだ。
ぐるりと周囲を囲まれているのなら上下左右360度すべてに細かな針のような矢を飛ばす一の型【針千本】が有効だが……海弓術は型の数字が小さいほど威力も低くなる。
ワニみたいな硬い皮膚を持ったモンスターにこのスキルではロクなダメージにならない。
かといって一体一体相手にしていては食い殺されるし……。
「……あっ! もしかして海弓術は弓矢融合出来るんじゃ!」
結界を張ったり、刃を生み出したり、罠を設置したりする〈破魔弓術・四印〉のスキルは特殊過ぎて融合できなかったが、〈海弓術・七の型〉は海の中専用ということ以外シンプルな効果のものが多い。
もし融合させることが出来れば、水中での戦法も無限に広がる……!
「水属性に特効のある【トライデントアロー】と【針千本】で……三つ又の針千本!」
……出た!
まるでフォークのような細かい三つ又の矢が全方位に発射される。
だが、スキルとスキルの融合ではワニを倒しきるのに威力が足りない。
ここから間髪入れずに追撃だ!
「海弓術・五の型合技……鮫の矢の嵐!」
【鮫】は俺の矢によってダメージを受けた対象をホーミングする!
【三つ又の針千本】ではかすり傷程度にしかならないワニとて、サメの群れに襲われれば無事ではいられまい……!
「ガー! ガー!」
ガー坊も弱ったワニに追い打ちをかけて数を減らしていく。
よし、これなら問題なく処理でき……。
「ぐぅ……!?」
と、飛んできた……ワニが!
グルグルとドリルのように回転しながら矢のごとく突進してきた……!
ワニたちは得意技もガー坊と似ている……!
いや、それより無傷のワニが結構いる……。
体の小さいワニはあらかた処理できたが、体の大きいワニはかなり残っている。
これは【鮫の矢の嵐】のせいではなく、【三つ又の針千本】の威力不足が原因だ。
ダメージを与えた敵をホーミングするということは、裏を返せばダメージを与えていない敵には当たらないということ。
最初の攻撃を避けるかスキルによって相殺してダメージをゼロに抑えたワニにとって、2撃目は避けるまでもなく勝手に矢の方から避けてくれる状況になっていた。
とはいえ、攻撃判定を持つ矢がそこらじゅうを飛び交っていたのは確かで、ワニたちはそれが収まってから狙いを定めて突進してきた。
まったく頭の良いワニさんたちだ……!
【矢の嵐】を使った今、それ以上の攻撃は【流星弓】とか【南十字星型弩砲】だが……。
【流星弓】でガー坊を引っ込めたら探索が滞るし、どデカい発射台を設置する【南十字星型弩砲】は水の抵抗をもろに受ける。
スイスイ水の中を泳ぐワニに照準が定まるとは思えない。
かくなる上は……!
「戻れ! ガー坊! いけっ! 海弓術・四の型合技……私は梶木!」
水の中から逃げるのみ!
ここは川であって海のど真ん中じゃない。
スピード自慢の【梶木】と【アイムアロー】を組み合わせて飛べば、陸地なんてすぐそこだ。
戦闘というのは、相手の土俵で行うものではないのだ。
自分の土俵に相手を引き込む……!
ざっぱああああああんっ!
水の中から出た!
このまま飛べるだけ飛んで、効果が解除されたら【浮雲の群れ】で空中に陣取って地上を確認したのち、安全なところに下りればいい。
ガアアアアアァァァーーーッ!!
「なっ!? うわああああああッ!!」
左脚を何かに噛まれた!?
そして、回転の方向が変わる……!
【アイムアロー】のきりもみ回転から、側転のような横回転に……!
「がッ! ぐっ……! ああ……」
嫌な音がした後、体が草地に投げ出される。
サバンナを思わせる背の低い草はクッションにもならなかった。
だが、まだ瀕死ではない……。
案外、体も無事……。
「……左脚の感覚がない」
グロ設定をほぼオフにしている俺の目にはまだ脚があるように見えてはいる。
だが、実際そこに左脚はなく、動かすことが出来ない。
風雲竜との戦いの時に味わった部位欠損状態だ。
これ治すには『再生薬』というHP回復薬とはまた違うアイテムが必要になる。
そして、前と同じく俺はこの薬を所持していない!
最強パーティ決定戦でも欠損状態になる可能性はあるし、なんとか作っておかないといけないな……。
両腕がなくなれば弓が撃てなくなるが、両脚なら問題ないってわけでもない。
ここ最近、強敵から学ばされることが多いな。
その俺の左脚を食いちぎった強敵というのは……やはりワニだ。
カラスのように黒いウロコを持つワニは、もはや恐竜のように見える。
古代に存在したとされるワニの先祖をモチーフにしたモンスターだろうか。
あの巨大な口で襲い掛かられたのに左脚1本で済んだことを感謝したくなるレベルだ。
それに激しく回転しながら食いちぎってくれたおかげで、体が吹っ飛んで古代ワニから十分な距離をとることが出来た。
まさか群れのボスともいえる古代ワニが地上で待ち構えているとは思わなかったが、奇襲をかけられてこの状況は運が良いな。
普通にのんびり地上に上がっていたら即死もあり得た。
【アイムアロー】をぶっ潰す攻撃力には恐れ入るが、結果的に身を守ることは出来た。
脚は1本なくなっているが、戦いの流れはこちらにある……そう思おう。
いや、戦わずに一度【ワープアロー】で撤退するという手も……。
「ガー! ガー! ガー!」
「どうしたガー坊?」
いつもより鳴き声が激しい。
それに今にも襲い掛かろうというほど興奮している……。
「まさか、あいつが持ってるのか? 進化に必要なアイテムを……」
「ガー! ガー! ガー!」
その鳴き声はガー坊なりの返事に思えた。
……この状態でやるだけやってみるか!
マップを見た感じこのサバンナは街道からかなり外れているし、1発の【ワープアロー】では近くの村までは飛べない。
場合によっては着地を他のモンスターに狩られる可能性もある。
ならば、ここであの古代ワニを倒して進化したガー坊と共に移動する方が安全だ。
脚がないからなんだ。砲台くらいにはなる!
これはガー坊の進化をかけた戦いだ。
ガー坊をメインに据えて戦おう!