Data.133 弓おじさん、英霊との遭遇
「まさか最後は逃げ出すのが正解とは、俺の頭では思いつかなかったぞ! やるなキュージィ! 俺なんか押しつぶされかけたぞ! ハッハッハッー!」
「いやぁ、偶然思いついただけなんですけどね!」
2時間のゾンビサバイバル終了後、すべてのプレイヤーは再び病院のナースステーションに戻された。
院内から触手は綺麗さっぱり消え、病院は本来あるべき清潔さを取り戻した。
スタンプはデスクの上に人数分置かれ、みんな周りに遠慮することなくカードにぽんぽん押している。
「これで最後……4つ目!」
スタンプの絵柄はもちろん戦いの舞台となった『黄泉比良坂総合病院』と個性豊かなゾンビたちだ。
戦っている最中は恐ろしかったゾンビたちもポップなデザインになると愉快に見えるなぁ。
これで〈破魔弓術・三印〉は〈破魔弓術・四印〉となり、グロウカードとしてついに完成……していない。
この状態のカードを最初にカードを渡してくれた占い師に見せて初めて完成する。
今プレイヤーキラーとかにキルされると、グロウカードは破壊されすべての努力は水の泡と化す。
むしろ、ここからさらに気合を入れないとな……!
4つ目のスキル【浄魔滅光】にも頑張ってもらわないと。
「それにしても、キュージィさんが外に出ていなかったら、僕らはどうなっていたかわかりませんね。あの触手は2時間経過する前に院内を埋め尽くしてすべてを圧殺しかねない勢いでしたから!」
グレイが心の底から安堵したような顔で言う。
彼は普通に院内で触手にキルされてしまったらしい。
「私なんて焦って階段から転げ落ちてダメージを負ったところを普通のゾンビにやられました……。肝心な時に役に立たない人間ですいません……」
カナリアは……本人の言う通りのようだ。
まあ、階段をローラースケートで移動するのは危ないからね……。
良い子のみんなもマネしてはいけない。
運動神経が鈍っている大人もマネしてはいけない。
「こちらは触手を凍らせて動きを止められることを発見した。……最後の最後でな。いろいろ迷惑かけた。感謝しているぞ」
キョウカはヤケクソで触手を凍らせたら凍ったけど、すでに周りを囲まれていたので意味が薄かったとのことだ。
俺としてはまったく迷惑なんて思ってないと何度も伝えたが、彼女のプライドの方が今回の自分を許せないみたいだ。
「やっぱりキュージィ様とこのスタンプラリーを巡って正解でした! 私なんて最後は触手から身を守るために大きくした鉄球と壁の間に挟まってましたからね!」
アンヌも含め、みんな失敗談のように最後の腐肉のバケモノとの戦いを振り返る。
しかし、俺が外壁のデカい目をロケットランチャーでぶっ飛ばしてバケモノが倒せたということは、みんなそれぞれの担当階の目玉はすべて破壊していたということだ。
「ガー! ガー!」
ガー坊はしゃべれないのでわからないが、きっと頑張ってくれただろう。
全員の活躍がなければ、この勝利はあり得なかった。
「俺はこのチームじゃなかったらクリアできなかったと思う。偶然のめぐりあわせで出来た即興のチームだったけど、自信をもってそう言うよ」
俺にしてはカッコつけたセリフだったと思うが、みんな口々に同意してくれた。
『また、どこかで』……その言葉で俺とアンヌは新生グローリア戦士団の4人と別れた。
彼らはここが2つ目のスタンプだったらしく、次の恐怖スポットを目指すルートを進んでいった。
俺たちは街に帰って占い師にカードを見せなければならない。
帰るまでが冒険とはまさにこのこと。
プレイヤーキラーという敵は今も俺たちを狙っているはずだ。
「それにしても、あの病院だけすごく難しかったですよね!」
「あ、やっぱりアンヌもそう思った? 案外力押しでゾンビと戦えたり、最後はみんなで外に逃げればいいとか裏技はあるんだけど、初見だとまず気づかないし本当にあのチームじゃなければ負けてた気がするんだよなぁ……」
「ほぉ、あのクエストを難しいと感じますか」
「……えっ!?」
今の返事はアンヌじゃない!
俺たちの会話が聞こえる範囲に誰かがいる……!
武器を構えて警戒していると、数メートル先にフッと誰かが現れた。
少年と青年の間くらいの顔立ちと体つき。
風に流れるけど長すぎない金髪に青い瞳。
白地に金のラインが入った装備はファンタジー世界の王子様を想起させる。
……どこかで会ったか?
顔立ちになんとなく既視感がある。
「もう一度聞きます。あの病院の戦いを難しいと感じましたか?」
「……ああ、難しかった。君もやってみるといい」
「いえ、僕はすでにクリア済みです。グロウカードを完成させ、このゴーストフロートにはいつでもファストトラベル出来ます。だからこそ、あなたが難しいと思ってるのが少々驚きなのです。いや、失望と言ってもいい。僕らと同じ難易度のチャリンを倒した『幽霊組合』の主力だというのに」
同じ難易度のチャリンを倒した……?
つまり、最初の弱体化なしの最強チャリンを倒したということだ。
そんなプレイヤーは限られてくる……!
「あ、少し訂正を。あの病院が他のスポットに比べて難しいのは確かです。でも、天上界に存在する街のファストトラベルを解放するクエストとしては……並以下です。天上界は地上界よりもいろんな意味で上です。ファストトラベル解放クエストも地上の街とは比べものにならないほど難しい。それこそ、天上界の街へワープ出来ることが1つの社内的地位になるほどに」
「要するに……?」
「病院が特別難しいのではなく、他のスポットが簡単すぎるのです。ゴーストフロートは天上界の中でも運と幽霊飛行船に乗り込むスキルさえあればたどり着けるだけあって……レベルが低い」
「なるほど、君の言いたいことはわかった。でも、まさかそれを伝えるためだけに俺たちの前に現れたわけじゃあるまい」
「ええ、その通りです。僕はあなたと戦いに来た。実力がいかほどのものか知りたくなったのです。あなたは僕らにとって脅威の1つですから」
相手が装備した武器は……2丁の銃!
彼も俺と同じ射手系統の職業ということか……!
「僕の名前はノルド。所属ギルドはVRHAR、役職はEinHerjar-Ein……要するにギルドマスターをやっています。さあ、トッププレイヤー同士の戦いを始めましょう。もっとも……『戦い』になればの話ですけど」