Data.126 弓おじさん、オブ・ザ・デッド
1体目のゾンビが病院の自動ドアのガラスにへばりついた。
この病院は戦うために用意された戦闘領域なので、フィールドに存在していた黄泉比良坂総合病院とは構造も状態も違う。
もしかしたら、こっちの戦うための病院のことを『Zホスピタル』と呼ぶのかもしれない。
患者さんもお医者さんも存在していないところは共通しているが、建物の状態はこちらの方が良い。
それこそ、このまま普通に病院として運用できそうなほどだ。
まあ、数分後どんな状態になってるのかは知らないけど……。
ベタンッと2体目のゾンビがへばりつく。
ガラスの自動ドアってのは案外頑丈で、まだ割れる気配はない。
むしろ、こっちから攻撃を仕掛けるか?
……いや、今回の勝利条件は生き残りだ。
焦らず、時間を潰していこう。
ベタンッベタンッベタンッ!
ゾンビが加速的に増えていく。
どうやら、あちらさんはゆっくりする気はないらしい。
死んでるのに、生き急いでるなぁ。
ピシッ……とガラスのドアにヒビが入る。
ヒビはどんどん大きくなり、パリンッという派手や音を立ててガラスは粉々になった。
ヴゥ……ヴォォォ…………!
ゾンビ感ありすぎて、もはや歴史の匂いを感じるうめき声。
ボロボロの体は腐ったような緑色だが、血や欠損表現は抑えられているので、そこまでグロテスクさは感じない。
これは1つ俺にアドバンテージだな!
ゾンビの種類は……今のところ1種のみ。
多少見た目に差はあれど、すべて人型でノロマなポピュラーゾンビだ。
これなら通常射撃で十分処理できる!
キリリリリ……シュッ! ザクッ!
頭を撃ち抜けば一撃。
ヘッドショットはゾンビにも有効だ。
いや、ゾンビだからこそヘッドショットがよく似合い、よく効くのかもしれない。
なんてことを考えながら、とりあえず現れたゾンビをすべて撃ち抜いた。
「ほう! ウワサ通りの良い腕だ! 俺も負けていられないな!」
オリヴァーの武器は『大斧』の二つ名が示す通り大斧だ。
身長ほどもある大きな斧を振り回し、その斬撃波で広範囲のゾンビをぶった切るスタイル。
重い武器は1回振るたびにタメの時間が必要になるから、大量に現れるゾンビとの相性は悪そうだと思っていたが、どうやら杞憂だったらしい。
アンヌの方も問題ない。
聖なる鎖付きトゲ鉄球はゾンビとの相性がバツグンだ。
このくらいの数なら適当に振り回しているだけで処理できる。
5分、10分……どんどん押し寄せてくるゾンビの数が増えてくる。
自動ドアの隣のガラス壁もパリンパリンと割られ、ゾンビが侵入できる範囲も広がった。
それでもまだ余裕はある。
重火力プレイヤーが2人もいるのは心強い。
ばったばったとゾンビが倒れ、光となって消えていく。
グルル……ルル…………!
ついに人型ではないゾンビが現れた。
すばしっこくて倒しにくいのに、アゴの力は強くてダメージがバカにならないオオカミ型ゾンビだ!
大振りの攻撃を得意とするアンヌとオリヴァーには厄介な相手だ。
俺が率先して倒しておこう……!
「おおっ! 非常に助かる! 俺はちまちました戦いが苦手でな!」
「鉄球って速い敵に当てるのがすごく難しいのでありがたいです!」
なかなか好評だな。
誰かのために自分の力を使うのは気持ちがいい。
今のところMPも温存できているし、順調な滑り出しだ。
「オリヴァーさーん! 1階のアイテムの回収が終わりました!」
「グレイか! よし、回復アイテムの分配を頼む!」
「了解です!」
グレイがアイテムボックスから取り出したアイテムをみんなに配る。
HP、MP、状態異常を回復するアイテムを各種4~6個受け取った。
俺、アンヌ、オリヴァー、グレイの4人で分配して1人あたりこの量ってことは、かなり大量のアイテムが院内には眠っていることになるな。
「オリヴァーさん、僕も戦線に加わりましょうか?」
「いや、グレイには『トラップ』の設置を頼む! 階段周りを重点的にな! それが完了したら、中央病棟2階のアイテムを回収してくれ! 戦線に今のところ問題ない!」
「了解です。あ、これもお渡ししておきます。オリヴァーさんとキュージィさんに」
グレイから手渡されたのは、片耳に装着するインカムだった。
小型でSFチックなデザインが少年の心をくすぐる。
「これで同じフロアにいる仲間とは離れていても会話ができます。ですが、違うフロアには電波が届かないので、これから2階に行く僕には必要ありません。お二人が連携をとるのに役立てば幸いです」
「ありがとう、グレイくん。このサバイバルで通話手段があるのとないのじゃ大違いだ」
「そ、そんな、呼び捨てで構いませんよキュージィさん! 僕は僕の役目を果たしたまでです! ご武運を!」
グレイはサッと階段に向かった。
頼りになる少年だ……。
彼の頑張りを無駄にしないためにも、アイテムは大切に使わないとな。
「キュージィ! そろそろ15分になる! 俺たちも二手に分かれてもう1つの階段を守ることを考えなければならない時間だ!」
「もうそんな時間か……!」
20分になると俺たちがいる正面入口の反対側にある裏口からゾンビが入ってくる。
そして、2つある階段のうち1つは裏口に近い位置にあるのだ。
2つ階段を作るなら離れた場所に作るのは当然だが、ゲームとしてはいやらしい配置だと思わざるを得ない。
「そこで提案なのだが! そちらはキュージィと相棒に任せても構わないかい!? このルールだとユニゾンもプレイヤーの1人として扱われるから俺たちの命令もキミの相棒は聞いてくれる! しかし、キミの相棒に的確な命令が出来るのはやはり本物の相棒であるキュージィだけだ!」
確かにガー坊のスキルや特性を完全に把握しているのは俺だけだ。
俺とガー坊、アンヌとオリヴァーで二手に分かれるのが正しい選択だな。
「了解しました。裏口近くの階段は俺たちで死守します」
問題はない。
俺とガー坊は今まで2人で幾多の試練を乗り越えて来た。
それよりも同じ重火力タイプのプレイヤーで被っている2人の方が心配だ。
苦手な敵も被ってしまうから、対応に困る事態が起こりやすい。
「キミほどの実力者の考えていることならわかるよ! 同じタイプのプレイヤー2人では対応できない敵が出てきた時に困ると思っているのだろう!? 大丈夫だ! 俺がタイプを変えるッ!」
オリヴァーは大斧をしまい、ボクシングのように拳を構えた。
そして、喉を食いちぎろうと飛び掛かってきたオオカミゾンビをパンチでねじ伏せた。
そのままどんどん素早いオオカミたちをパンチで処理していく……!
「かつては大斧オンリーだったが、最近は弱点を補うために素手によるパンチスタイルを併用している! アクススタイルとパンチスタイル、重量と軽量、高火力と高速度、対極する2つのスタイルが俺の武器だ! 安心して裏口を守ってくれ!」
そうだ、ハッキリ思いだした……!
俺は彼らを南の海のポセイドンクラーケン戦で目撃している!
その時のオリヴァーは確かパンチスタイルだった。
キョウカとグレイがスキル奥義で海上に作った足場は不安定なものだったから、重い斧は振り回せなかったんだ。
状況に応じたスタイルの切り替え……面白い!
心配は無用と悟った俺は2人と一時別れ、ガー坊と共に裏口近くの階段に向かった。
これからどんどん強くなる敵にはスキルや奥義が必要になるかもしれないし、MP回復アイテムの管理には気をつけないとな……。
ヴォォォォォォ…………!
な、なんだ!?
今までのゾンビとは違う力強いうめき声だ。
正面入口にボスクラスが出たか?
いや、声は東病棟の方向から聞こえてきたような……。
「ぎゃああああああ! すいませんすいませんッ! 役目一つまともに果たせない生ゴミですいませーーーん!」
彼女は……インターネットアイドルのカナリアだ。
ローラースケートでガンガンと床を蹴ってこちらに走ってくる。
その顔はアイドルとは呼べない状態だ……。
「ヴァッ!? キュージィさん!? すいませんすいませんッ!」
「い、一体どうしたの?」
「あの、流れ作業のように無心でアイテムを回収していたのですが、その際に無心でよくわからないレバーを引いてしまったんです! そしたら、なんか、謎の扉が開いて、なんか、中から変なゾンビが出てきたんですッ!」
ヴォォォォォォーーーーーーッ!!!
「うおおおおおおーーーーーーッ!?」
サッと俺の体の陰に隠れるカナリア。
彼女を追って現れたのは……天井に頭がつくほど巨大なゾンビだった。
その姿はまるで……。
「Oh……GORILLA ZOMBIE……」
巨大化した胸板、多関節の腕、筋肉の脈打つ拳……。
異形の姿をしていても、俺にはわかる。
こいつはゴリラだ……!