Data.108 弓おじさん、幽霊たちの死闘
それにしても、種族を変えるとは恐れ入った。
NSOはキャラメイクで人間しか作れなかったので、それ以外の種族はモンスターでしか見ることはないと思っていたが、まさかスキル奥義で変化することができるとは……。
猫又の場合は亜人というほど見た目に変化はなく、グレードの上がった猫のコスプレといった感じだ。
しかし、身体能力は飛躍的に向上している。
おそらくステータス面で攻撃、速度あたりが上昇していると考えられる。
また、特殊なアクションが可能になっているようだ。
具体的に言うと『空中ジャンプ』!
アクションゲームではおなじみだが、リアルでは絶対にありえないとんでもない動きだ。
NSOでも普通のプレイヤーは空中ジャンプなんて出来ない。
さらにネココはこの空中ジャンプを2回行える。
地面を蹴って跳んで、そこから空中でさらに2度跳べるということだ。
しかも能力で跳んでいる間は体が加速し、【見えざる猫まっしぐら】のように姿も消える。
姿を消したまま敵の周りをシュシュシュッと跳び、忍者のごとき連続攻撃をお見舞いすることも可能だ。
進化した見えざる攻撃はチャリンを確実に翻弄していた。
しかし、彼女はすぐに弱点に気づいた。
見えないうえに素早いと言っても、結局ネココは爪でひっかくために接近してくる。
自分の体の近くに攻撃を『設置』すれば、勝手に引っかかるのだ。
『コレクトワンド・リブラ Ver.NSO! 裁け! 天秤座のごとく!』
チャリンの新たな武器は両端に丸い宝石が装着された長い棒状の杖だった。
このワンドを振るたびに空中に光の球が出現する。
球は浮かぶことも沈むこともなく空中に静止し、強い衝撃を与えられると爆発を起こす空中魔法地雷とでも言うべき代物だ。
矢が当たっても当然爆発するので、俺はより注意を払って射撃を継続する。
まあ、矢は細いし『星域射程』の効果で撃った後に多少軌道を変えることもできる。
球の間を通してチャリンに当てることは難しくない。
だが、ネココの方はそうもいかない。
スリムな彼女でも地雷の浮かぶ空間をすり抜けて攻撃を加え、さらに離脱まで行うのは無理がある。
球に触れて吹っ飛んだり、チャリンの近くでジャンプ回数を使い切って姿を現し、杖で殴られるシーンが増えてきた。
チャリンの攻撃はなかなか容赦がない。
より大きなダメージを与えるために頭を殴ってくるし、ジャンプを封じようと足を攻撃してくることもある。
普通に接近戦をするとネココよりチャリンの方が強い。
なので、ネココは難しくとも奇襲を繰り返すしかない。
そんな彼女をサポートするのがサトミとゴチュウだ。
サトミの【自動戦闘状態】は古き良き仲間AIといった感じで、地雷である光の球に近づいたかと思いきや、引き返してウロウロしたり謎の動きをたまにする。
チャリンに攻撃したいが、この球の間を通り抜けて攻撃するのは無理と判断しているのだろうか。
ただ、攻撃に対する反応速度はズバ抜けていて、チャリンが銃や大砲に切り替えて行う射撃も機敏なステップで回避するレベルだ。
AIサトミの今の役割は主に回復。
ユニゾンに依存した職業なだけに回復手段は豊富なようだ。
離れた位置にいるゴチュウやネココが少しでも傷ついたら超反応で回復し、狙われても攻撃を回避し続けるその姿はある意味理想のヒーラーなのかもしれない。
一方、ゴチュウはとにかく邪魔な光の球をスキルで除去し続けている。
ネココを爆発に巻き込まないように、でもチャリンは爆発に巻き込めるように気を使って攻撃をしているのがわかる。
サル型ユニゾンなだけあって知能がかなり高い。
ほぼほぼプレイヤーに近い動きをしている。
「……悪くないペースだ」
正直、今のところ上手くパターンを作ってチャリンに立ち向かえている。
攻撃、回復、補助……歯車が噛み合って動いている。
光の球は攻防一体の強スキルだが、チャリン自身もその中に閉じ込められて移動が出来なくなっている。
結果的に俺にチャリンを近づけさせないという基本方針を守れているのだ。
このままの状態が維持できれば、いずれチャリンを削りきれる……。
続けられれば……な。
ネココの表情に焦りの色が見られる。
サトミは無表情に見えるが、序盤より強く歯を食いしばっているのがわかる。
おそらく【妖怪変化:猫又】にも【自動戦闘状態】にも時間制限がある。
だから、早く仕留めたいと言う気持ちが顔に表れ始めているのだ。
どちらかが近いうちに賭けに出る……。
そんな予感がした直後、動いたのはネココの方だった。
わざとチャリンの前で姿を現した彼女の体を金色のオーラが包み込む。
そのオーラは……竜のような形をしている!
「爪天の霹靂!」
稲妻が駆け抜けたような目にも留まらぬ一閃。
チャリンが防御に使ったワンドは遥か彼方に吹っ飛ぶ。
『び、ビリビリする……!?』
受け止めきれなかった稲妻がチャリンの体を駆け抜け、彼女は麻痺状態となった。
今がチャンス……!
しかし、ネココもまた猫又から元の人間に戻り、光の球の空間から抜け出せなくなった。
まずは彼女を離脱させないと、巻き込んでしまう……!
「問題ない! 私ごと攻撃して!」
……そうだったな。
何度も年下の子に注意されてちゃ、おじさんの名が廃る!
最終決戦はパーティが勝てばキルされたプレイヤーにもご褒美が与えられる。
女の子を犠牲にした勝利なんて後味が悪いが、これはゲームだ!
ゲームでしか味わえない勝利の形がある!
「流星弓!」
最強の奥義……さらに今回は一工夫加えて威力を上げる!
『星域射程』は撃った後の矢の軌道を変えられる。
ならば、本来なら拡散してしまう無数の矢を真ん中に収束させることも可能ではないか。
矢がチャリンに引き寄せられるイメージで……!
「……いける!」
完全に一点集中とはいかないが、矢が中央に寄っている。
多少は威力が上がっていることを願って、撃ち続ける!
残っていた光の球がすべて爆発し、ゴチュウも火魔法スキルをどんどん発動するので、フィールドはぐちゃぐちゃになる。
チャリンの姿はまったく見えなくなってしまった。
だが、これだけ攻撃を加えれば……。
【流星弓】の発動が終わり、ゴチュウもMPが切れたのか大人しくなる。
フィールドの土煙が晴れ、ガタガタになった地面があらわになる。
そこにはネココの姿もチャリンの姿もなかった。
「やったか……」
完璧な勝利とはいかなかったが、これもまた1つの……。
『危なかった……。本当に負けたと思った……』
「なっ……!?」
戦場から少し離れた場所からチャリンが姿を現す!
ヘルムもローブもブーツもボロボロだが、まだ生きている……!
一体、どうやってあそこから抜け出したんだ……!?