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Data.103 弓おじさん、再び現実を知る

 地上に落とされた俺は、ドンっと尻餅をつくように着地した。

 減速があまりない手荒い落下だったので、カッコよく決められなかったな……。

 まあ、そんなことはどうでもいいんだ。

 負けてしまった今となっては、着地をカッコつけたところでどうなんだという話だ。


 でも、地上で俺の戦いを観戦していたプレイヤーたちは称賛の声や拍手を送ってくれた。

 よく頑張ったとか、感心したとか、惜しかったなぁとか……非常に温かな言葉の数々が耳から入ってくる。

 正直、まだ悔しさが心に渦巻いているが、塩対応は良くない。

 俺は精いっぱい笑顔を作ってみんなに礼を言った。

 しばらくすると他の挑戦者が現れ、ギャラリーの関心がそちらに移ったので俺は一人になることが出来た。


 やらなければならないことはたくさんある。

 まず装備の修理だ。

 チャリンの斧で一刀両断されたのだから、装備だってぶった切られている。

 首に巻いていた『風流の襟巻』、胴体の『風雲の陣羽織』、脚部の『風受の袴』は真っ二つだ。

 こりゃ時間がかかるかもな……。


 一方で両手の『雲穿の弓懸』、両足の『羊雲渡の足袋』は無事だ。

 斧の刃は体の真ん中を通っていたから、端っこの手足装備に影響がないのは当然か。

 同じ理屈で武器である『黒風暗雲弓』も無事だった。


 直すべき装備は合計3つだけだな……。

 今からでもウーさんの工房に行くべきだ。

 修理に必要な素材は前回の修理の際に余分に集めておいたので、すぐに作業を始められるはずだ。


 依頼が終わったらログアウトしよう。

 テンション上がって夜になったにもかかわらず決戦に挑んでしまった。

 でも、星座のイベントなんだから最終決戦は星の見える夜の方があっているようにも思える。

 戦闘中は星空を眺める余裕なんてなかったけど、いま眺めてみると空には十二星座に加えてへびつかい座も見えている。

 リアルでこれらの星座が1つの星空に集まることはない。


 良い眺めだな……。

 さあ、そろそろ行動を開始しないと……。

 しかし、体は動かなかった。

 やるべきことはわかっているが、その先で何をすればいいのかわからなかった。


 装備を直して、依頼している『裁き』と名のつくアイテムを組み合わせた物を受け取って……それでチャリンに勝てるのだろうか?

 もう今回のような奇策は通用しない。

 奇策は1度きりだから奇策なのだ。


 今の俺に新たな装備やスキル、奥義が加わった程度で勝てる可能性はあるのか……?

 いや、答えは戦いの最中に出ている。

 ついにあの『対策』に頼る時が来た……!

 ステータスウィンドウを開き、『フレンド』のタブを選択する。


「あ、いたいた」


「うわあっ!」


 背中をツンツンと突かれ、情けない悲鳴をあげる。


「そ、そんなに驚かなくてもいいんじゃない? こっちもびっくりしちゃうじゃないの」


「いや、今ちょうど連絡を送ろうとしてたところだったから余計にね?」


「ふ~ん、やっぱり同じ志を持つ者同士、考えることは一緒ね」


 現れたのはネココ・ストレンジ。

 簡単に言うと……戦友かな?

 いろんな要素が俺とは正反対の少女だが、ゲームに対する考えなどは似ている。

 彼女がいずれソロでは参加できなくなるイベントなどに備えて立ち上げる『幽霊組合(ゴーストギルド)』のメンバーになることを俺は約束していた。


 そう、俺はその『幽霊組合(ゴーストギルド)』に頼ろうとしている。

 翌日には奥義送りになっていそうなぶっ壊れスキルが手に入りでもしない限り、俺とガー坊ではもうチャリンには勝てない。

 さっきの戦いは上手くいきすぎている。

 なぜか良い作戦がどんどん思いつき、弓の腕も一層冴えていた。

 だが、次はそう簡単にいかないとわかる。

 チャリンだって経験を積んで学習するからだ。


「実は僕もいたりしますよ」


「あ、サトミくんも来てくれたんだ」


「はい、ネットで弓おじさんが決戦に挑んだと話題になったのでログインしてきました」


「ははは……やっぱり騒がれてたか」


 ウーさんの工房を探す道中で出会った少年サトミ。

 楽にゲームを遊びたいという思想のもと、ユニゾンを活かして戦う『ユニゾントレーナー』という職業で戦う謎多きプレイヤーだ。

 出会った時には彼もネココから『幽霊組合(ゴーストギルド)』に誘われていて、少しの間冒険も共にした関係だ。


 そういえば、あの時フレンド交換してなかったな……。

 おじさんから言い出すのってなんだか気が引けてあえて言わなかったけど……。


「それにしても、なんか2人とも装備が前よりしょぼくなってない?」


「お察しの通りです。僕らもソロでそれぞれ戦いに挑み。ボコボコにされたんです。装備は修理中で、これは仮の装備ですね」


「ネココでも、サトミくんでもダメだったか……」


「むしろキュージィさんが頑張りすぎですよ。僕らの中じゃ一番ソロでの対人戦に向いていないスタイルなのに、互角に渡り合ってたじゃないですか」


「いやぁ、互角かどうかはわからないよ。5分ちょっとで負けちゃったし、どれだけHPを削れていたかもわからないし」


「僕は3分もかからず瞬殺でしたよ」


「あー……。そ、そういうこともあるさ!」


 負けてるのは俺だけじゃなかったか……。

 いや、当然といえば当然のことだ。

 これだけのプレイヤーがいるNSOで未だにクリア人数が5人以下なんだから、ボコボコに負けてるプレイヤーの方が多いはずなんだ。

 俺は大多数の1人になっただけ……って言い方だと、特別な少数派の方に入りたくなるけど。


「とりあえず! 私はここに『幽霊組合(ゴーストギルド)』の設立を宣言する! というか、もう作ってあるの。だから、ここで所属の手続きをしてもらうね」


 ネココからギルドへの招待メールが届く。

 俺はそれを開いて、『所属する』をタッチした。


「……これで終わり?」


「そう! これで『幽霊組合(ゴーストギルド)』は動き出した!」


「なんか、思ってたよりあっさりしてるなぁ」


「今時ギルド1つ作るのに大仰な手続きがいる方がゲームとしては問題だけどねぇ」


「そりゃ……そうだね」


 なにはともあれ、『幽霊組合(ゴーストギルド)』は現実のものなった。

 同時に俺はサトミとフレンドになった。

 これでギルドメンバーは3人だ。

 ガー坊をあわせて4人パーティを作ることが出来る。


 本来ならば1パーティは4人が最大だ。

 だが、俺たちのパーティは5人で戦える。

 なぜなら、サトミの職業『ユニゾントレーナー』はパーティの枠を無視してユニゾンを参加させる特権を持っているからだ。

 特権で参加させられるユニゾンは1体だけだが、これが非常に重要な役割を果たしている。

 『ユニゾントレーナー』はその名の通りユニゾンの戦闘能力に依存した職業だから、ユニゾンを召喚できなければ存在意義がない。

 ソロ限定のダンジョンやボスに立ち向かうためには、この特権が必要不可欠なのだ。


 以前、霧深山脈を登りウーさんの工房を目指していた時に、サトミはこの特権を使ってユニゾンのゴチュウにいて座の試練をクリアしてもらったと話していた。

 あれも本来ソロで行う試練なので、俺はガー坊を引っ込めていた。

 だが、サトミはこのようなミニゲーム系試練でも特権を使えるため、ゴチュウに任せることが出来たのだ。


 特権の力はすごい。

 しかし、それが与えられた理由は『ユニゾントレーナー』自体の戦闘能力が低いからだ。

 パーティが4人制限の中、5人いたら強そうに聞こえるが、戦闘能力で言えばさほど変わりはない。

 プレイヤーとユニゾン、2人で1人なのが『ユニゾントレーナー』だ。


「さてさて、これからのギルドの方針だけど……とりあえず装備を修理しないと話にならないから、各自すぐに装備を修理すること! そして、全員の装備が整ったら……再び決戦よ!」


「えっ!? そんなすぐに? せっかくギルドを作ったんだし、対策の話し合いとか、連携の打ち合わせとか……」


「やりたい?」


「……いや、変わり者が人間関係を気にせず個性を発揮して戦うのが『幽霊組合(ゴーストギルド)』のコンセプトだったね。さっき言ったことはすべて忘れ……」


「まあ、おじさんの気持ちもわかるけどね。チャリンは強い! 私も5分ともたなかった……。だからこそ、付け焼刃の連携とか作戦は意味をなさないと思ったの。何も決めていなければ動きを読まれることもない。個性から生まれる予想外の強さが『幽霊組合(ゴーストギルド)』よ!」


 俺は黙ってうんうんと強くうなずく。

 その言葉には同意するしかないからだ。

 ただ、俺の言ったこと……忘れてもらえなかったな……。

 バックラーもこんな気持ちだったのだろうか。

 一度言ったことを忘れてもらうって大変だ。


「あと決戦を急ぐもう一つの理由は、クリア者が増えたり時間が過ぎればチャリンは最終決戦の難易度を下げてしまうからよ。私としては最高難易度をクリアしたい。ソロとパーティで違いはあれど、叔母様のように最高難易度を……!」


「えっ!? ネココの叔母様がクリア者の1人なのかい!? しかもソロで!?」


 今日はリアクション芸かというほど声が出ているな、俺。

 でも、驚かずにはいられない。

 あのチャリンをソロで倒すことが出来るというのか……!?


「あー、おじさんは叔母様のこと知らないのね。確かもう叔母様のチャンネルにその戦いの動画があがってると思うから、見ておいた方が良いと思うよ。参考にはならないけど、感動するかも」


 確かに本当にソロでチャリンを倒したシーンを見れば感動しそうだ。

 ぜひ拝見させてもらおう。

 装備を修理に出して、ログアウトしたらすぐにだ。


「そのチャンネル名を教えてもらえるかな?」


「MacocoTV……よ。プレイヤーの名前はマココ・ストレンジ。私の叔母様にして世界最強のブーメラン使い!」


 マココ・ストレンジ……。

 ネココとそっくりだし忘れることはなさそうだな。

 よし、その人の動画を見て、消えかけた闘志を再び燃え上がらせるとしよう!


「ちなみに私のチャンネルはNecocoTVだから、そっちも登録しといてね!」

※2/26追記

キュージィ、ネココ、サトミ、ガー坊、ゴチュウで5人パーティになっているのではないかとの指摘を受け、パーティに関する説明および『ユニゾントレーナー』の特権について詳しく解説するシーンを追加しました。

以前の文章では確かにわかりにくかったと思います。ご指摘感謝です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 他の人も感想で書いているようですが、チャンネルの存在自体、以前から気づいていたような…
[気になる点] キュージィはネココのおばさんのことを初めて知ったような反応をしていますが、以前星座イベ発表配信の話でMacocoTVを見つけてある程度関係を察していた気がします…
[一言] 名前とブーメランで記憶に引っかかって調べたけどあれと同じ作者さんだったのか ブーメランは万能だしソロクリア出来ても不思議ではないなw
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