Data.102 弓おじさん、蛇遣の決着
チャリンは盾を消し、ブーツのみで突っ込んでくる。
どうやらあの盾は重く、機動力を殺してしまうようだ。
「バーニングアロー!」
自然が再現されたサーペント・パレスの地面は柔らかな土だ。
爆発で穴をあけ、足場をガタガタにしていく。
飛び跳ねる時には強く踏ん張る必要がある。
踏ん張る足場が悪くなれば、跳べる距離も短くなるはずだ!
機動力を削いだ後は、とにかく攻撃!
最初はチャリンのスピードに目が慣れていなかったが、今はなんとか見失わずに追える。
俺の動体視力が発達したというより、動きが読めるようになってきた。
やはり、跳躍する以上動きはどうしても直線的になる。
彼女の動く方向を予測して、その位置に矢を撃ち込むんだ。
キリリリリ……シュッ!
当たる。当てられる!
しかし、それも数発に一発だ。
外すこともあるし、チャリンがムチで叩き落としてしまうこともある。
あの速度で動きながら矢が見えているのだ。
流石はAI、人間離れした動体視力と反射神経だ……!
少しずつ接近されている。
やはり前衛なしで彼女の動きを止めることは不可能。
だから……諦める!
「さ、流石はラスボスだね……。やっぱりソロじゃ勝てそうもないや……」
弓の構えを解き、体から力を抜く。
『なら、大人しく斬られることね!』
チャリンが双剣を再び出現させる。
その双剣の鍔の部分にはちょうどメダルと同じサイズの丸いガラスがはめ込まれている。
奥義を吸収している際に光り、奥義をカウンターする際にはより一層強く光っていた丸いガラスに、今は数字が表示されている。
そして、時間とともに表示される数字は小さくなっていく。
おそらく……クールタイムだ!
それを確認したかった。
あのカウンターを連発できるなら、俺の奇策は通用しないからな!
チャリンが迫る。
今まで見た表情の中で、一番険しい顔のままで。
来い……あと少し……。
『禁じ手』で仕留めてやる……!
「接近戦の矢の嵐!!」
敵との距離が近ければ近いほど威力を増す【インファイトアロー】と【矢の嵐】の融合奥義……!
俺のスタイルと相反する効果を持ちながら、最初に目覚めたアロー系スキル。
これまでに何度も俺を助けてくれたこいつを至近距離で撃ちこみまくれば、チャリンとて耐えられまい!
【矢の嵐】は無数の矢を嵐のごとく撃ちだす奥義だが、攻撃範囲が広い分1人の敵に対しては当たらない無駄な矢も多い。
しかし、至近距離ならば矢が広く拡散する前に当てることが出来る。
つまり、こちらも至近距離では威力が上がるのだ。
接近戦をあえて行う俺にとっての『禁じ手』。
だからこそ、この一撃は読まれない……はずだった。
チャリンは寸前で双剣を捨て、俺の真上に跳躍した。
本当にギリギリの跳躍だったので、奥義に巻き込まれたチャリンの両足を矢が刺し貫く。
これでもうチャリンは立てないかもしれない。
だが、手遅れだ。俺は賭けに負けた……!
『狩れ! 獅子座のごとく! コレクトアックス・レオ Ver.NSO!』
縦一閃。頭から首、胸、腰、股下、地面へと斧が振り下ろされた。
あえて接近を許した以上、仕留めきれなければ負けだ。
だから、勝負は一瞬なのだ。
禁じ手をクリーンヒットさせられたら俺の勝ち。
避けられたら俺の負け。
まあ、奥義を当てれば勝ちっていうのは俺の勝手な予想だし、もしかしたら禁じ手でも倒しきれなかったかもな……。
チャリンは特別なボスだからHPゲージ見えてないし……。
ああ、思ったより悔しいな……!
ソロでもいけるかもって可能性を見てしまったからなぁ……。
よく頑張ったと自分を褒める気持ちもあるが、今は悔しさが勝つ。
体が発光し始める。
もうじき俺もバックラーパーティのように地上に落ちるのだろう。
だが、チャリンと少しおしゃべりするくらいの時間はありそうだ
「どうして最後の禁じ手が読めたんだい?」
『読めていなかったわ。本当に直前まではね。頭に血がのぼって、このまま首を切り落としてやるとしか考えてなかったの』
「あはは……それは怖いなぁ……」
『でも、あなたと目が合った時、以前も見たギラギラとした光を感じた。諦めた人間のする目じゃないと思った。そして、思いだしたの。あなたは勝負を投げ出すようなプレイヤーじゃないって。たとえ負けるとわかっていてもね』
「なるほどな……。もっと前から情けないおじさんを演じておけば、勝てたかもしれないってことか」
もはや俺の実力は隠しきれるものではないらしい。
知らず知らずのうちに見せつけていたのかもしれない。
元ゲーム会社勤務の実力を……いや、ゲーマーとしての実力を……な。
まあ、どんなにカッコつけたって、負けたんだけどさ……。
俺は流星となって地上に落ちていった。
◆ ◆ ◆
『ふぅ……なんとか勝てたぁ!』
あれだけあなたは勝てない勝てない言って負けたら高性能AIの面目丸つぶれだったわ。
ただでさえすでにソロで私を負かしたプレイヤーがいるんだから、そうそう2人目は出せない。
名の通ったギルドの4人パーティに負けるのとはワケが違う。
それにしても、私に挑戦しに来るプレイヤーも増えてきたな。
『正道騎士団』もなかなか筋が良かったけど、その名の通り戦い方が王道過ぎるのよねぇ。
前衛後衛がハッキリしすぎて、機動力でかき乱されたら立て直せない。
私を倒すにはもうちょっと工夫しないとダメ。
その点おじさんは工夫しまくってたなぁ。
よくもまあ常に追い詰められている状況であれだけの作戦が思いつく……感心するしかないわ。
何より驚くべきは矢の命中精度よ。
戦いの終盤には私のコレクトブーツ・ピスケスのスピードに平然とついてきていた。
私もカウンターで矢を撃ってみたけど、雨のように降り注ぐ大雑把な矢ですら瞬時に目標に向けることが出来なかった。
そのせいで雲の上にいるおじさんを攻撃できず、逆にガー坊ちゃんによる攻撃を許してしまった……。
剣から矢を撃つっていうのがそもそも違和感のある行動というのを差し引いても、あのおじさんは人工知能である私よりも弓矢の扱いにおいて勝っているのは間違いない。
やはり、おじさんも『本物』に近い……。
それでも、あのスタイルで私に勝つのは厳しいと言わざるを得ない。
後衛職が真の力を発揮するには、それだけ優れた前衛職が必要になる。
ガー坊ちゃんだけに前衛を任せるのに限界が来たと気づかなければ、私に勝つことは出来ない。
奇策が通用するのも今回だけよ。
人工知能に同じ技は二度も通じぬっ!
……ん? 同じ技?
そういえば、おじさんの【矢の嵐】の融合奥義を私は2回見た気がする。
あの奥義のクールタイムって、確か5分だったよね……?
つまり、戦闘時間は優に5分を超えていた。
私は5分くらいで終わるって言ってたのに、その宣言は破られてしまったってことね……。
『ふふっ、まったく……とんでもないおじさんにょんねぇ!!』