Data.97 弓おじさん、静寂の季節
「……寒っ!」
冬のダンジョンに足を踏み入れてすぐに俺は叫んだ。
いやぁ、予想していたとはいえ急に冷たい風に晒されると声が出てしまう。
特に顔に当たる風が冷たい……。
ダンジョンの構造は今までと基本的に変わらないが、他のダンジョンでは木でマップを区切っていたのに対し、ここでは雪の壁でマップを区切っている。
冬場で葉が散ってスカスカになった木々を進入禁止の壁にしても説得力がないということだろう。
ずっしりと積もった雪の壁はなかなか圧迫感がある。
それにしても顔が寒い……。あと指も寒い……。
どうしてそこらへんだけ寒いんだろう……。
理由は簡単だ。そこらへん以外は温かい装備で覆われているからだ。
首元には『風流の襟巻』という名の長いマフラーがある。
『風雲の陣羽織』は防御に特化しているので分厚く温かい。
『風受の袴』は風を通さない生地になっている。
そもそも下から風を受けてパラシュートのように膨らませて飛ぶための装備だからな。
『羊雲渡の足袋』は中にもこもこのウールが入っているので、降り積もった雪の上を歩いても足が冷えない。
流石は風雲装備と呼ばれるだけのことはあって、寒風に負けない性能がある。
しかし、両手装備の『雲穿の弓懸』だけは繊細な弓を弾く動作を邪魔しないため、指先が露出している。
こればかりは仕方がない……と言いたいところだが、寒さで指がかじかむと弓を引く動作にも支障が出る。
ここは久しぶりに『あいつ』の出番だな。
「両手装備を『森の賢者の拳』に変えてっと……」
もはやかなり長い付き合いになるゴリラの拳。
こいつは毛深いので寒さを防ぐし、指がごつくなるのに精密な動きは維持できる優れものだ。
冬のダンジョンではこれに頼ろう。
さて、装備は整ったので先に進むか。
顔は露出したままだが、シャレたゴーグルもニットキャップもない。
これこそ本当に仕方ないので我慢する……。
マップはローグライク風のままだが、ところどころに障害物となる『かまくら』のようなものが設置されている。
なぜ、ようなものなのか?
それは『かまくら』のように雪が積み上げられていはいるが、中をくりぬいて空間を作っていないからだ。
これでは入ってくつろぐことも出来ないし、本当にただの障害物だな。
しかも結構デッカイので、矢の射線を遮ってくる。
敵は冬ということで虫は出ないが、オオカミやクマなど北の大地に生息していそうな肉食動物のモンスターが出てくる。
純粋な戦闘能力で脅威度を測るなら、虫よりもこっちの方が危険なのは間違いない。
数こそ多くないが頑丈でパワーがある。それでいてノロいわけではない。
俺にとってはどの敵もそうなのだが、とにかく近づかれてはいけない。
それにしても、作りかけの『かまくら』みたいなのが邪魔だ……。
こいつに隠れて接近してきたクマに出くわした時は焦ったぞ……。
壊せるかどうか試してみるか。
「バーニングアロー!」
遠くにある『かまくら』を爆破すると、中からクマが現れた。
マップ内に普通に出てくるクマよりも一回り大きく、目が赤く光っている。
それに赤黒いオーラまで纏っている。
これは……ただのクマ型モンスターじゃなくて、冬眠を邪魔されて怒ったクマ型モンスターだな。
見た目に少し差をつけて性能をちょっといじった格ゲーで言うところのコンパチキャラだ。
まあ、今回は性能をちょっといじっただけでは済まなそうだけど……。
グオオォォォォォォーーーーーーッ!!!
怒ったクマに矢を放つ。
硬い……。明らかに防御力が跳ね上がっている。
しかも、こいつらは他の『かまくら』の近くを通る時、勝手にそれを破壊してしまう。
おかげで冬眠を邪魔されて怒ったクマ型モンスターがどんどん増えていく。
でもまあ、おかげで邪魔な障害物がなくなって矢が使いやすくなったな。
問題は何もない……!
「バーニングアロー!」
◆ ◆ ◆
「はぁ……はぁ……。やっとか……」
ボスフロアへのワープ床を発見した。
あのクマさんたちもなかなかやってくれる……!
まさか、破壊された『かまくら』の破片に攻撃判定があるとはな……。
飛んできた雪の塊が頭をかすった後、自分のHPが減っていたのには驚いた。
幸い、花には直撃しなかったので良かったが、油断の隙もないな……。
また、クマさんに襲われる前にさっさとクリアしてしまおう。
HPは回復したし、クールタイムも問題なしだ。
ワープ床に乗ってボスフロアに飛ぶ。
四季のダンジョン最後の戦場は、真っ白な雪の平原だった。
本当にどこまでも白い大地が広がっている。
ポツンと一本だけ生えている木は凍り付き、日の光を受けてキラキラと光っている。
まるで白い花が咲き乱れているようだ。
実際見るのは初めてだが、これが『樹氷』って奴だろう。
その下で待ち構えているのは黙示録の四騎士最後の1人にして、一番知名度がある『ペイルライダー』だ。
青白い馬に乗り、その側には死そのものである黄泉を従えているとかなんとか……。
黄泉を従えるとか、死そのものという表現は正直よくわからない。
だが、考えうる攻撃は1つ……『即死攻撃』だ。
『死』を司る騎士との戦いは、より一層気の抜けないものになる。
「レターアロー!」
先例にならってここでも【レターアロー】を使う。
敵を知り己を知れば百戦危うからずだ。
まあ、百戦以上戦いを繰り返しているから今回は危ういかもしれないけど……!
◆ペイルライダー
属性:天使
スキル:【死の影】【青白き黙示録】
解説:
世界の終わりに現れるとされる黙示録の四騎士。
第四の騎士であるペイルライダーは『死』を司る。
触れれば即死する影を引き連れ、大鎌を振り回して命を刈り取る。
やはり即死か……。
だが、焦ることはない。
どんなゲームでも言えることだが、即死技は決して最強にはなれない!
多くの制限が設けられ、使い勝手は常に最悪と言ってもいい。
プレイヤーが使う場合は……な。
ボスの使う即死技は理不尽なことも多いので、やはりちょっと焦らないとダメかも……。
とにかく距離をとっておくか……と俺が思案している間にペイルライダーはスキルを発動した。
自らの隣に黒い影を作り出したのだ。
それは人のようにも、獣のようにも、天使のようにも、悪魔のようにも見えた。
「黄泉は……死をもたらす……」
ペイルライダーがしゃべった!
流石に即死攻撃に対してはヒントを出すんだな。
そうしないと俺みたいに敵を探るスキルがないプレイヤーが困る。
さて、【死の影】に触れたら即死するとのことだが、攻撃自体は通ると思う。
なぜなら、そうしないと前衛職がかわいそうだからだ。
おそらく武器で触ったり、素手でもスキルによる攻撃ならば触れた扱いにはならない。
一定量のダメージを与えるとひるんで動かなくなるくらいの弱点はあって当然だろう。
なんといっても、ミスったら即死なんだから。
「まあ、俺は遠くから攻撃するから関係ないんだが……!」
【ワープアロー】を使ってバトルエリアの端っこまで飛ぶ。
ガー坊にも【オーシャンスフィア】を発動させて素早くペイルライダー及び【死の影】から逃がす。
接近戦はさせない。影の動きはノロいが、それから逃げつつ攻撃しろと命令するのは酷だ。
ユニゾンのAIはそこまで器用じゃない。
距離をとったら、後は撃つべし!
真っ白な雪の上では黒い影はすごく目立つ。
見失うことはないな。
ペイルライダーは……動かない?
そうか、ボスであるペイルライダーが【死の影】より先に突っ込んで来たら意味がないんだ。
プレイヤーからすれば危険な影とペイルライダーを分断したいわけだからな。
でも、俺の場合は突っ込んでこない方がありがたい。
こうして落ち着いて矢を撃てるからな!
「爆裂する矢の嵐!」
狙いはペイルライダーだ。
これは勘だが【死の影】は足止めできても完全には消せないタイプのスキルだと思う。
本体を仕留めるのが正しい攻略法だ……!
ペイルライダーは手に持った大鎌をくるくると回して矢を弾き飛ばす。
同時に体からどんよりとした青白いエネルギー弾を撃ちだし、矢を打ち落としていく。
案外器用だな……。でも、この数の矢は防ぎきれない。
爆裂する矢がペイルライダーのHPを削っていく。
「ガー! ガー!」
ガー坊の威嚇の鳴き声だ。
でも、ペイルライダーの位置は遠く、ガー坊の攻撃範囲には入っていない。
今回は生存を重視したから、俺の側で待機させているのだ。
攻撃出来ない状態でガー坊は鳴かないはずだが……。
「ん……?」
【死の影】が予想より近づいてきている。
こいつ……時間経過で足が速くなるんだな。
もたもたしてると高速で即死攻撃に追い回されることになる。
ガー坊に攻撃してもらうか?
いや、もっといい手があった……!
「武器切り替え! スパイダーシューター・クラウド!」
俺のもう1つの主力弓『スパイダーシューター・クラウド』の撃ちだす【ウェブクラウドアロー】ならば足止めできるかもしれない。
【死の影】とついでにペイルライダーにもネバネバの網を撃ちだす。
そして、俺は知った。
【ウェブクラウドアロー】は斬撃に対しても頑丈だということに。
ペイルライダーは自分に降りかかる網を切り裂こうと大鎌を振ったが、切り裂けずに大鎌と腕に絡まってしまった。
これでは大鎌をスタイリッシュにくるくる回すことが出来ない。
【死の影】も獣の姿になり爪で切り裂こうとしたが失敗し、こんがらがってしまった。
そのまま暴れるからどんどん雪がくっついて、大きな雪玉が出来あがっていく。
雲蜘蛛の糸は死の騎士や死そのものにも十分通用するようだ。
すごいぞ、【ウェブクラウドアロー】!
動きが制限された敵を仕留めるのは容易だ。
ほどなくしてペイルライダーは撃破され、光となって消えた。
同時に雪玉……じゃなくて【死の影】も消える。
入れ替わるように出現した季節の花は『雪の結晶』だ。
もはや植物ですらないというツッコミは無粋だろう。
雪の結晶を雪の花と言うこともあるし、俺も少し予想していた。
これで頭に四輪の花を咲かせたいろんな意味でスゴイおじさんの完成だ!
意気揚々とワープ床に乗り、中央フロアに帰還する。
そこではすでにチャリンが待ち構えていた。
『時は来た……にょん』
彼女は静かにそう告げた。