Data.96 弓おじさん、黄金の季節
3番目に挑むのは秋のダンジョンだ。
紅色の扉の先には、葉が紅く色づいた木々と風に揺れるススキ、うろこ雲が浮かぶ薄青色の空などが待ち構えていた。
夏のダンジョンとは打って変わって、暑くもなく寒くもなく過ごしやすい。
虫はトンボがいるものの数は少なく、キノコやら芋やら栗やら食べられる植物モチーフのモンスターが多い。
食欲の秋を表現しているのかもしれない。
それ以外は特徴のないダンジョンだ。
特にいやらしい攻撃もなければ、ややこしいギミックもない。
過ごしやすい気候の中でただ歩く。
まるでピクニックにでも来たようだ。
しかも、今回は妙にマップ運が良い。
ワープした先から少し歩くと、またすぐにワープ床を見つけたりする。
おかげで特に苦労することもなくボスフロアへのワープ床までたどり着いてしまった。
まさか、楽に攻略できるダンジョンにすることで秋という季節の過ごしやすさを表現しているのか?
……流石に考えすぎだろうか?
まあ、俺個人としては今のところ秋ダンジョンが一番楽だ。
ダンジョンの内容をあらかじめ把握した上で試練に挑むなら、秋ダンジョンを最後にする。
そうすれば頭の花を守るのも容易だからな。
いや、それはボスの強さを確認してから結論づけるべきか。
ボスだけ異常に強いなんてパターンもありえる。
俺は緩んだ気を引き締め、ワープ床を踏んだ。
ワープした先は……田舎のあぜ道だった。
周囲には稲穂がすでに刈り取られた殺風景な田んぼ広がっている。
奥には葉が散ってしまった寒々しい木。
その木の下には黙示録の四騎士の1人『ブラックライダー』がいる。
黒い馬にまたがり、手に天秤を持つ騎士は『飢饉』……つまり、食糧難を引き起こすとされている。
ただ、このゲームに満腹度のステータスはない。
ローグライクゲームだと空腹にならないように食べ物を食べないといけないから、食糧難は死活問題になる。
対してNSOはバトル重視のMMORPGだ。
食べ物のアイテムはあるが『食べる』というより回復などのために『使う』という表現が似合う。
『支配』と『戦争』のスキルは非常にわかりやすかっただけに、どういう戦い方をしてくるのか気になるな……。
「レターアロー!」
◆ブラックライダー
属性:天使
スキル:【飢饉の蝗害】【黒き黙示録】
解説:
世界の終わりに現れるとされる黙示録の四騎士。
第三の騎士であるブラックライダーは『飢饉』を司る。
すべてを食らいつくすバッタの群れを操り、攻撃と弱体化を得意とする。
飢饉、蝗害、バッタ、食糧難、厄災、何もない田んぼ……。
あらゆる単語が俺に警告する。
この敵をいつまでも生かしておけば恐ろしい事態になると……!
「ガー坊! 赤い流星! ミサイルポッド! ストレイトダーツ! 赤い閃光! ホーリースプラッシュ!」
とにかく火力の高い奥義とスキルを先に命令しておく。
ブラックライダーは天秤を天にかざした。
すると、モヤっとした黒いオーラが大地から吹き上がる。
オーラなら問題ないんだが、スキルや解説的にそれ虫だろ!
だからそういう方面で俺を攻めるのはやめてくれと言っている……!
ロケの度に毎回苦手なものと対決させられる芸人じゃないんだぞ……!
ソロだからリアクションしても誰も笑ってくれないしな……!
「マルチ・バーニングアロー! 爆裂する矢の嵐! 爆裂空! 私は爆裂する矢!」
とにかく虫に効きそうな【バーニングアロー】の融合奥義やスキルを連発し、【アイムアロー】まで使った。
しかし、敵のスキルである黒いバッタの群れを相殺するのか、本体であるブラックライダーを攻撃するのかハッキリ決めていなかったので、攻撃が分散してしまった。
結果的にどちらも健在という最悪な状況だ……。
逃げるように【ワープアロー】で距離をとる。
何か良い手は……。
「あ、風雲一陣!」
指定した方向に突風を吹かせる【風雲一陣】。
小さい虫は強い風に逆らって飛ぶことは出来ない。
これで【飢饉の蝗害】は封じた!
相手も封じられたのは理解しているようで、攻撃方法を切り替えてきた。
今度は黒いエネルギーの球体を投げつけてくる。
これが【黒き黙示録】だな。
【レターアロー】の解説的に、食らうとステータスなどが弱体化するのだろう。
「風雲一陣! 舞風! 浮雲の群れ!」
【舞風】で重量を減らし、『風受の袴』で風を受けてふわりと浮き上がる。
【浮雲の群れ】で生み出された9つの雲の間を飛び回り、敵の攻撃を回避しつつこちらの攻撃は当てていく。
虫は高いところまで飛べない。
風と高さ……2つも対策すれば流石にもう怖くない。
黒いエネルギー弾をよけながら攻撃を繰り返し、ついにブラックライダーを撃破した。
モヤのようなバッタの大軍も消え、俺はホッと胸をなでおろす。
毎回虫に怯えすぎだと自分でも思うが、苦手なものは仕方ない。
これからも決死の戦いが続くだろう……!
ブラックライダーが落とした秋の季節の花は……『紅葉』だった。
正確には紅く染まったモミジの葉だ。
……花じゃないよな、これ。
確かに秋を象徴する葉っぱではあるが花ではない。
まあでも、春の桜、夏の向日葵ほどコレという秋の花は思いつかない。
彼岸花とかコスモスとか……人によって意見が分かれるだろう。
俺としては頭に弱点が増えるだけなので、よほど巨大だったり重かったりしない限り花でも葉っぱでも気にしない。
おじさんの頭に枯れ葉がくっついているように見えて少し哀愁を感じるが……そういうことも気にしない。
ボス撃破により現れたワープ床を踏み、中央フロアに戻る。
頭には無傷の3輪の花……正確には花だけではないが、呼びにくいので花で統一する。
これを守り切って最後の冬のダンジョンをクリアし、この中央フロアに戻ってこれたら、おとめ座のメダルとご褒美が手に入る。
そしてそれはイベント『黄道十二迷宮』の十二の試練の全クリアを意味する。
残すは初期街上空に浮かぶ『サーペント・パレス』での最終決戦のみ……。
なんかちょっと緊張してきたな……。
最初は十二の試練なんて途方もない数に思えたが、最後まで来てみれば一瞬……とは言わないが短く感じてしまう。
そう感じてしまうのはすごいペースで試練をクリアしてる自分のせいだということはわかっている。
だが、それだけ面白いから仕方ない。
なんて、まとめに入ってる場合じゃないな。
まだ試練は残っているのだ。
冬は大半の植物にとって死の季節。
頭の花も枯らしてしまうようなギミックが待ち構えているかもしれない。
「油断大敵……!」
自分に言い聞かせるようにつぶやき、白色の冬扉を開いた。