Data.95 弓おじさん、灼熱の季節
ダンジョンを抜け、ボスを倒し、頭に花を咲かせた。
帰りはどうしたものかな……と思っていると、ボスフロアの真ん中にワープ床が出現した。
運営の恩情か、帰りは一瞬で済むようだ。
ありがたくワープ床に乗り、中央フロアに帰還する。
次は緑色の夏扉なのだが、1つ問題がある。
合体奥義を使ったせいでガー坊がクールタイムに入っていることだ。
ダンジョン部分は俺1人でも十分だが、ボス相手にガー坊なしは不安だ。
春のダンジョンのボスが聖書に記された黙示録の四騎士の1人『ホワイトライダー』なのだから、残りのボスも四騎士の誰かだと考えるのが普通だ。
ホワイトライダーは『支配』を司るが、他の3人はそれぞれ『戦争』『飢饉』『死』を司る。
そこらへんを考えると、単純な戦闘能力は残りの3人の方が上に思える。
さらに俺の頭に咲いている花も守らないといけない状況なので、前衛になるガー坊の存在はより大きくなった。
とはいえ、復帰までの1時間をずっと中央フロアで過ごすというのも……嫌だなぁ。
ゲームに熱中していると1時間なんてすぐに過ぎるが、何もしない1時間は苦痛でしかない。
ボスにガー坊なしで挑むのは無謀。だが1時間は待てない……。
ならば、ダンジョンだけ先に攻略してしまうというのはどうだろう?
それなら1人でも比較的安全だし、時間を無駄にもしてない。
ローグライク風ということで、1度通った道はマッピングされる。
1時間で残り3つのダンジョンをボス部屋手前までマッピングしておけば、ガー坊復活後スムーズに各ボスに挑める。
これは名案じゃないか?
予定では春夏秋冬の順番にクリアするはずだったが、想定外の事態が起こった。
こういう時に臨機応変に対応するのが大人のゲーム攻略ってものだ。
まあ、俺自身はあまり『臨機応変』って言葉好きじゃないけどね。
仕事とかで予想外のこと言われると対応できないし……。
あ、でもゲームだと予想外のこと起きまくりでも対応できてるな。
NSOに鍛えられているなぁ、俺。
そんなことを思いながら、夏の扉を開いた。
◆ ◆ ◆
「あ、暑い……」
流石は夏のダンジョン……。
あの夏の日を思わせる暑さだ……。
いや、正直に言うとここまで暑い日は体験したことない……。
いくらVRでもこういう路線の非現実体験は遠慮したいものだ。
でも、流れる汗が偽物だとわかっていると、そこまで不快感はない。
蒸し暑さも再現されただけのものと思うと、案外耐えられる。
ゲームにはのめりこむべきだし、こういうメタ的な対策は本来ご法度だが、暑さに対しては許してほしい。
その代わり、ゲームだとわかっていても耐えられない相手と戦っているからさ……。
ミーンミンミンミーン! ミーンミンミンミーン!
セミの鳴き声がうるさい!
そもそもセミという虫も見た目からして気持ち悪くて嫌いだが、鳴き声もうるさくてたまったもんじゃない。
リアルでもここまでうるさいことはない気がする。
昔はわからないが、今は技術の進歩で虫の数すらもコントロールする時代だからな。
それはさておき、このダンジョンのコンセプトは『誇張された夏』だな。
春ダンジョンも言われてみれば桜舞い散りすぎだし『誇張された春』だったのかも。
でも、桜吹雪が現実より豪華でも困らない。
リアルだと掃除という点で困るが、ゲーム内で豪華な桜吹雪を見れたら綺麗という感想しかないだろう。
対して夏は誇張された暑さにセミの鳴き声、そして……デッカイ虫モンスター!
「お、落ちつけ……! あいつらはこちらがあたふたしなければ寄ってこないんだ……!」
カブトムシとかクワガタのモンスターはまだいいんだけど、ハチとかムカデみたいな毒虫はやめてくれ……!
デフォルメされてても本能的恐怖が呼び覚まされる……!
一歩ごとに索敵を欠かさない。敵は見つけ次第排除する。
サーチ&デストロイだ……!
虫モンスターはすばしっこい。こちらの1行動で2行動くらいしてくる。
そのうえ数も多い。素早く処理しないと囲まれる。
群がる虫にキルされるなんて考えたくもない……!
とにかく適当に動いてはいけない。
行動の度に一回止まって、最善の一手を考えるんだ。
一歩、一歩、攻撃、攻撃、一歩、一歩、ワープ床……。
正直、敵は脆いので強敵ではない。
スキルの矢で撃てば一撃で倒せてしまうモンスターがほとんどだ。
しかし、単純に俺が虫が嫌いなこと。
普段は俺の前に出て攻撃を受けたり、背中を守ってくれるガー坊がいないこと。
さらに頭に攻撃されてはいけない『季節の花』が存在すること……。
これらの要因が俺を無駄に緊張させる。
特に頭の花はすごく気になる。
普段の俺は頭に飾りなんてつけていないからなぁ。
この小さな違和感が案外集中力を乱すのだ。
加えて守らないといけないから神経がすり減る。
今までの冒険で頭を攻撃されたことなんてほぼほぼないから普段通りにやればいいだけなのに、攻撃されてはダメと言われるとついつい意識してしまう。
おかげでボスフロアに飛ぶワープ床を見つけるまでにずいぶんと時間がかかってしまった。
20分、30分……いや、40分はかかったかも。
ガー坊のクールタイムの残りを確認すべくステータスウィンドウを開く。
……すでに召喚可能になっていた。
つまり、俺はこの短いダンジョンを抜けるのに1時間以上の時間をかけたということだ……!
許すまじ虫モンスター……!
まあ、時間がかかっても無事に切り抜けられて良かったという気持ちの方が強いけど。
「いこうか、ガー坊」
「ガー! ガー!」
ガー坊を再召喚し、俺はボスフロアへとワープした。
そこは燃えるような夕日で赤く照らされた野原だった。
暑さが少しマシになり、風に涼しさを感じる。
ヒグラシが鳴いていて、どこか夏の夕暮れの寂しい感じを思わせる。
フロアの奥には鮮やかな緑の葉が茂る木。
その下には真っ赤な馬にまたがり、大剣を構えた騎士が1人。
『レッドライダー』……やはり、黙示録の四騎士だ。
その姿はカッコよさと恐ろしさが混在しているが、俺にとっては虫よりも戦いやすい。
見るだけで精神を削られたりはしないからな……!
「レターアロー!」
◆レッドライダー
属性:天使/火
スキル:【戦争の炎剣】【赤き黙示録】
解説:
世界の終わりに現れるとされる黙示録の四騎士。
第二の騎士であるレッドライダーは『戦争』を司る。
炎の力を宿した大剣による攻撃は圧倒的な威力と範囲を誇る。
さっと解説を流し見して敵の攻撃に備える。
今度は前の戦いみたいなヘマはしない。
相手の攻撃はこちらのスキルで相殺する!
レッドライダーはその場で薙ぎ払うように剣を振った。
炎の刃がブワッと伸び、俺たちに迫る。
「ガー! ガー!」
ガー坊が【ホーリースプラッシュ】を発動。
聖なる水で炎の刃を消火する。
広範囲攻撃と聞くと対応が難しいように思えるが、実際は一点集中の超火力よりも対応は楽だ。
自分に当たる範囲の攻撃だけを打ち消せばいい。
「三つ又の裂空!」
最近使いまくっている【バーニングアロー】は火属性っぽいので、海で獲得した【トライデントアロー】と【裂空】を組み合わせてみる。
高速の矢はレッドライダーの頭を撃ち抜いたが、一発で撃破とはいかなかった。
流石は『戦争』を司る騎士。矢の一発では倒れないか。
レッドライダーは次なる攻撃を仕掛けてくる。
デッカイ火の玉を作り出し、俺たちに投げつけてきた。
これが【赤き黙示録】か?
爆発するととんでもないことになりそうだ……!
「ガー坊! オーシャンスフィアだ!」
火の玉には水の玉だ!
球体状の海をまとったガー坊が火の玉にぶつかる。
ジュゥゥゥという音を立てながら拮抗していた2つの球だったが、最後に勝ったのはガー坊だった。
「赤い流星!」
赤い夕陽に照らされた赤い騎士に赤い流星が殺到する。
真っ赤っかで目に悪そうだが、しっかり敵を見据えて俺も追撃を加える。
「流星きゅ……」
あ、危ない危ない……!
テンション上がって流星奥義コンボを仕掛けようとしてしまった。
またガー坊をクールタイムに突入させるわけにはいかない!
「三つ又の矢の嵐!」
海のような蒼いオーラをまとった三つ又の矢で赤い騎士を撃ち抜く。
ホワイトライダーに比べて耐久に優れるレッドライダーも奥義の連発には耐えられず光となって消えた。
代わりに季節の花『向日葵』が出現する。
これを拾って、俺の頭には『桜』『向日葵』の二輪の花が咲いた。
はたから見ればとんでもないおじさんだ。
一輪ならアリかと思った俺ですら、二輪はちょっと人前に出るのがキツイかも……。
ソロ攻略で助かったな。
さて、残るは秋と冬のダンジョンだ。
おとめ座のメダルはすぐそこまで来ている!
100話突破へのお祝いの言葉ありがとうございます!
本編と掲示板回あわせて100話突破なので『案外読者さんは気にしていないのでは?』と思い私からは触れませんでしたが、たくさんの方が反応してくださって感謝の極みです!
これからも頑張りますので、引き続き応援よろしくお願いします!