襲撃ですか?
翌朝、キンと耳鳴りがする程静まり返った屋敷のダンスホールで、アレの悲鳴が響き渡りました。
慌てて起きたのが分かる格好の公爵様ご夫妻。旦那様はギリギリガウンを羽織って居らっしゃる辺り、まともなのでしょう。
そして、食事中だったと分かるメイドや執事の皆さん。
「おはようございます」
挨拶は大事ですから……。
清々しい朝を感じて頂くため、4の字固めをアレに決めながらご挨拶いたしました。
「あっ、あぁ」
「えっ、えぇ……」
「ヒィィィィィ!」
「り、りあさん」
「なんでしょうか? ミリス様」
「そ、その、しゅりはるとさまはだ、だいじょうぶなんですか?」
皆さん唖然としながらも口ぐちに挨拶を返して下さる辺り、律儀な方々のようです。その事に感心を覚える私を余所に、ミリス様がアレを指さし大丈夫かとお聞きになりました。
この程度で死ぬようなタマではないでしょう。それに、これは本気で締めてしませんから死ぬことはありませんし、足が痛いだけでどこも外れたりもしませんとも。
「問題ありません」
「父上、母上ぇ~!」
公爵様や奥様に手を伸ばし泣きつこうとするアレの足を少しだけキツク締めあげます。
「イタイタイタイタイタイタイタイタイ!!」
「お坊ちゃま? この部屋に入る際私は申し上げたはずですよ……?
漢になりたいのでございましょう?」
「ひっ! たっ、たしかにおとこになりたいとはいっ、いったいぃぃぃ!」
この部屋に入る際、私は確かにコレと約束をいたしました。
・ この部屋では決して私の許可が無い限り、私に触れてはいけない事。
・ どんなに辛くともご両親に助けを求めない事。
・ そして、漢になるための努力を惜しまない事。
そのいずれかを破った場合、お仕置きとして痛い思いをすることも伝えました。
結果、開始3分でコレは私の腰に手を回すと言う行為をしくさったのです。何も理解できていないバカに、きっちり教え込む為4の字固めを決めました。
皆さまの方に顔を向け、約束いたしましたよね? と視線で語りかければ皆さま、ゴクリと喉を鳴らし視線を逸らすと各自持ち場へ戻って行かれました。
「反省されましたか?」
「あっ、あぁ。約束は破らないだからっ!!」
「わかりました。次破られましたら、そこの窓から吊り下げます」
テラスへ出る窓を見やりそう告げる私の視線を追ったコレは、壊れた振り子人形のように何度も首を上下しました。
漸くこれで、鍛錬がはじめられる……そう、思った時でした。バンと開いた扉から、マリアーヌ様とは全く違う金髪の巻髪を一つに纏めた、翡翠の瞳をした美女が室内に飛び込んできました。
「シュリハルト様ぁぁぁ! お会いしとうございましたわぁぁぁ!」
「ゲッ! リュミノアール……」
4の字固めを外したばかりのアレは立ち上がり逃げようとするも、立てるはずも無く飛び込んできたリュミノアールと呼ばれた女性に抱きしめられます。
必死に逃げようとするアレの首を完全ホールド状態で締めあげるリュミノアール様。
「何度もお手紙をさし上げましたのにっ! どうしてわたくしに御返事をくださいませんの?」
「はぅっ……かはっ!」
「聞いていらっしゃるの、シュリハルト様!」
「がっ!」
「もう、もう、もう、本当に本当に、どうしてわたくしではなくて、マリアーヌ様ですの? わたくしの方が、わたくしの方が絶対貴方様を愛しているのに!」
どこの誰かは存じませんが……愛の告白をされるのであれば、その腕を解かないと・・…そのままでは、落ちてしまいますよ? 最悪死にます。
そう突っ込みを入れようとした私を漸く視界に収めたらしいご令嬢が、ハッとした表情を見せアレを投げ捨てることで解放しました。
じっと私を見つめる彼女の瞳が、敵意に満ちているように感じます。
私はマリアーヌ様から雇われたメイドであって、コレに尽くすメイドではありませんよ? と視線で訴えてみました。
「あなた! まさかっ! シュリハルト様をお慕いしているのね!」
「――っ、は?」
「今のあなたの視線から、恋するわたくしには、はっきりと分かりましてよ!
あなたは間違いなく、わたくしのシュリハルト様を梳いているのですわっ!」
「本当かい? リアっ!」
「イヤイヤイヤイヤ」
何をどう勘違いしたら私がコレに惚れていると思うんでしょうか? 否定する為、首を横に振り続ける私を余所に、リュミノアール様は妄想を爆発させます。
流石恋する乙女と言うべきところでしょうが……更に面倒な者が起き上がり追従してきたため、明らかな否定の言葉を口にしました。
否定すれば否定するだけ、二人が私に詰め寄る構図になり……最終的には、憤りの瞳を湛えた美少女と、爛々と瞳を輝かせた見てくれだけは良い男の顔が、眼前にまで迫りました。
「シュリハルト様! 何故、そのように嬉しそうなのですか? わたくしと言うものがありながら……まさかっ!!」
「――っ! そんな訳無いだろう? 私は女性全てを愛しているだけだよ。もちろん、君の事も愛しているよ。リュミノアール嬢」
「クズデスネ」
あぁ、ダメだこいつ。クソ過ぎる……なんて思ったところで、ついつい本音がポロリと零れ落ちてしまいました。
良く考えればわかるでしょうに……全ての女性を愛するなんて博愛主義も良い所です。
挙句、君の事も愛してるなんて、そんな言葉に、腰をくねらせ喜ぶリュミノアール様の頭の出来の残念さが不憫でなりません。
「リアは特別だよ?」
「……」
耳元で内緒だと言わんばかりに小声で特別と言うコレ。
そんな事まっっっっったく望んでおりませんが? もうこのガラ空きのお腹に今すぐ、グーパンを入れたいほどです。
「今、なんのお話をされたのですか? シュリハルト様!」
「そ、それは、君が素敵な淑女だと……ね? リア!」
「……」
嘘くさい言い訳をしたコレの言葉に、ジト目になる私。
まさか、信じたのですか? そう突っ込みを入れようとリュミノアール様を見た私は全ての言葉を飲み込みました。
喜び目がハートになってますよ……リュミノアール様。
その後、朝食の時間になったらしいコレを呼びに来た執事のジェームスさんによって、リュミノアール様が来訪している事を知った、公爵様が訓練場にお越しになり、急ぎお茶用意がされるのでした。
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