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ちぐはぐな心

 今までの自分の行いが如何に相手を嫌な想いにさせていたのか知ったアレは、深く反省した様子を見せました。

 「次はありませんよ」と言った途端、一瞬で消えたんですけどね……。


 苦く、焙煎臭いコーヒーにミルクを加え薄めてなんとか飲み干した私は、シフォンケーキに砂糖がたっぷりコーティングされたようなケーキを幸せそうな顔で食べるアレに思わず聞いてしまいます。


「そう言えば、マリアーヌ様との婚約が解消されたと聞きましたが、お家の事情は良かったのですか?」


 ちょうどアレがケーキを口に含んだばかりのタイミングで聞いてしまい、急いで答えてくれようとしたアレは「ゴホゴホ」と咽せます。

 慌てて立ち上がりアレの側へ移動した私は、背を叩き近くにあったカップを渡すと飲ませました。


「ぐふっ、……すまない。ありはとうリア」


 苦しげに息を吐くアレは、素直にお礼を言います。

 こう言うところは可愛いと思えるんですけどね。気管に物を詰まらせて亡くなる事故などもありますから、無事でよかったと言うことにしましょう。


 ふぅーと息を吐き出し落ち着いた様子を見せるアレから離れ、自分の席へ戻ります。席に着くなり、アレが手を上げ店員を呼びました。


「どうかしたのですか?」

「あぁ、これを新しいものに取り替えてもらおうと思ってね」


 首をかしげる私の目の前に、アレは私が飲んでいたコーヒーカップをあげてみせます。

 何故、私の飲みかけを持っているのですか? と言いそうになり、ついさっき自分で渡したことを思い出しました。


「その、変な意味じゃないから、誤解はしないでほしい」


 変な意味とは何ですか? 顔を赤くしなはら言われても……。どうせ頭の中で間接キスとか思って――。


「……こういう関節的に、触れるのも悪くないよ……な」


 くっ! 考えていただけならまだしも、間接キスの感想を漏らすだなんて……。馬鹿なのですか? 素直過ぎるのは短所以外の何物でもありませんよ!

 ついさっき、長所だと褒めたはずの素直な部分が、間接キスを経て短所へと変わりました。

 アレに悪気や思惑は一切ないのでしょう。嬉しそうにはにかんだ顔を見る限り。でも、それでもです。場をわきまえて頂きたい。じゃないと……ほら、そこのご婦人方が微笑ましそうな目で私を見ているじゃありませんか!!


 居た堪れなくなった私は、未だケーキをもぐもぐ食べるアレを急かし早急に店を出たのです。


「リア、気に入らなかった?」


 足早に見せの側を離れる私へ眉尻を下げたアレが、不安そうに聞いてきます。


「いえ、店の雰囲気は素敵で好みでしたよ。店員さんとあの微笑まし気に見る目さえなければ……」

「微笑まし気に見る目??」

「お気になさらず。それで、これからどうされるのですか?」

「あぁ、そうだね。劇の開始まではまだ時間もあるし、街を見て歩こうか?」

「わかりまし――」

「――リア先生、ご機嫌よう!!!」


 差し出されたアレの手を取ろうと手を伸ばしかけた刹那、目にもとまらぬ速さで私とアレの間を隔てるように黒い影が駆け込みました。

 

 ご機嫌ようと言葉にした黒い影に目を向けた私は、その場で固まりました。 

 寝込んでいるのではなかったのですか? せっかく整えであろう髪は原型を失くし、爽やかさを醸し出す、レモングリーンの可愛らしいドレスは乱れています。

 そして、こちらへ向けた顔には、どう見てもご令嬢の笑顔ではありません。

 

 焦っていた気持ちはわかります。アレとのデートで抜け駆けした私を恨む気持ちも理解できないでもありません。ですがっ、もう少し対面と言う物を考えた方がよろしいですよ。リュミノアール様……。


「……えぇ、ご、ごきげんよう?」


 まったくもってご機嫌に見えないリュミノアール様に何と返せばいいのか悩んだ結果、普通の返事を返してしまいました。


「どうしてここに君が居るのかな?」と言う、アレ声にハッとリュミノアール様が振り返りました。


「お久しぶりで――」


 流石、素早い行動ですねリュミノアール様。


 彼女の行動の速さを称賛していた私はリュミノアール様の挨拶が途切れた事を不思議に思いながら、ゆっくりとアレとリュミノアール様へ視線を向けました。


 リュミノアール様は、眼を見開き、唇がヒクヒクと震えています。その原因は、間違いなくアレの綺麗な顔面が”邪魔者が来た。うぜー”と物語っていたからでしょう。


 私と目が合った瞬間笑って誤魔化そうとしたようですが、甘いです。私の洞察力を舐めないで頂きたい。

 しかし、アレもこんな顔もするのですね。向けられたのが私でない事は確かですけど……。ここまであからさまに不快感を出した人を人生で初めて見ました。

 流石のリュミノアール様でも、これを見たらもう二度と近づこうとは思わないでしょうね。


「失礼致します。」


 突然後ろから上がった声に、そちらを振り向けば執事服の男性とメイド服の女性がいました。先に声をかけたのは男性で深く頭を下げると「当家のお嬢様がお邪魔致しまして申し訳ございませんでした」と謝罪。


 私の腕を引き、彼らから隠すように前へ出たアレが冷たく「連れて帰ってくれ」と言い放つと、メイド服の女性が一礼して片手を挙げます。

 どこからともなく現れた馬車には、数人の男性が。彼らに抱えられたリュミノアール様は馬車に乗せられ、そのまま去って行きました。


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