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一発、殴ってしまいたい。

 注文を終え店員さんが去ると、私は大きく溜息を吐き出しました。

 脳内のマリアーヌ様が「だから言ったでしょう?」と、どや顔にも似た笑顔を私に向けています。

 えぇ、確かにマリアーヌ様の仰る通りです。あぁ、私が愚かだったのですね。

 この男は年端も行かない少女に対して、自分の犯した罪も分からず、また新しい罪を犯そうとしています。


「リア、どうかしたのかい?」


 幸せそうに笑いかけて来るアレの顔を、本気で一発殴りたくなりました。同時に、こんなダメンズに惚れた自分の顔にも一発入れたいです。


 良く思い出してみても、これまでの恋愛でこれほどのダメ男に出会ったことはありません。まぁ、知らないだけかもしれませんけど……それなりに大事にしてくれる人ばかりでした。

 それゆえに彼女もしくは好きな女性の目の前で、こんな堂々と他の女性に愛想を振りまく人はいません。


 嫉妬――だとは思いたくありませんが――なのか、リュミノアール様の執念に巻き込まれた恨みなのかはわかりませんが、とにかく一発殴り倒したい気分になったのです。

 おしゃれをした自分が憎い。何故こんな日にお気に入りのワンピースを着てしまったのでしょうか! 


 膝の腕拳を作り立ち上がりかけたところで、先ほどの店員さんが頬を染め注文の品を運んできます。


「お待たせいたしました。こちらがご注文の……えーっと、すみません。忘れてしまいましたぁ~」

「ははは、いいよ。気にしなくて、君が可愛く笑ってくれるだけで私はこの店に来て十分満足しているよ」

「やん、嬉しいですぅ~」

「サルティナ! 何やってるの! お客様に失礼でしょう! 当店の店員が、大変失礼いたしました。ごゆっくりお寛ぎください」


 先輩なのか男性の定員が二人の会話を途中で遮り、女性店員の頭を押さえ謝らせます。

 彼の登場が数十秒遅ければ、確実に握り込んだ拳をアレの麗しい顔に叩きつけていた所です。


「お坊ちゃまは、軽い男なのですか?」

「軽い? アハハ、リアは可笑しなことを言うね。私はリア以外に興味の欠片も無いよ!」


 言うに事欠いて、その返事ですか……あぁ、ムカつく。彼女との会話を楽しむだけ楽しみ、私の事など見向きもしなかった癖に……。マリアーヌ様がコレに一切惹かれなかった理由が、たった一度のデート――冒険者ギルドに行ったのはデートとしてカウントしていません――でハッキリとわかりました。

 それにしても、ムカつく言い草ですね。ここはとことんまで凹ませてみましょうか……。目には目を歯には歯をです!


「ソウデスカ。今後一切、誘わないで下さい。それから、貴方との結婚はやっぱり、お断りします」

「は? リア! なんでそんなことを突然――」

「突然ではありません。ご存じかと思いますが、私は落ち人です。自分が心寄せる――好きな男性が目の前で、他の女性を口説くもしくは褒める行為――例えそれがお世辞でも受け入れる事はできません」

「ちょっと待ってくれ、そんな……この程度で口説いたり、褒めたりにはならないだろう?」

「彼女の眼を見てそれが言えますか?」


 先ほどから見下した視線を向ける彼女の方を見ながらアレに返事をした私は、注文したコーヒーを一口頂きました。

 に、にがっ!! 焙煎が下手すぎて焦げ臭いし、濃いし、激マズです……。と、コーヒーの味は置いておいて、あの子がちょろいだけなんでしょうけど。これから先付き合っていく事になるならここでガツンとやっておくべきですよね?


 私の言葉に従い、彼女を見たアレは一瞬で顔色を変えます。

 まさかアレが振り向くとは思っていなかった彼女は、私を見下す視線を向けたまま嫌な笑いを浮かべていました。


「……お判りいただけましたか?」

「……そうか、私が間違っていたようだ。すまない」

「私は、たった一度だけの経験ですが、これまであなたの婚約者をしていたマリアーヌ様は、何度同じようなことを繰り返されていたのでしょうね?」


 殊勝に謝るアレに対し、怒りの収まらない私はマリアーヌ様の事まで持ち出してアレを責めます。


「マリアーヌには、明日にでも謝る。だから、リア……どうか、結婚しないだなんて言わないで欲しい。私は本当にリアだけなんだ。頼む」

「……うっ、本当にもう、しませんね? 約束出来ますね?」

「あぁ、約束する。これからはもう、リア以外に口説くような言葉は口にしない」


 アレの言葉に頷きかけた私は、アレの言葉を反芻して自分で自分を追い詰めた事実に気付きました。ですが、時既に遅しです。


「……わかりました。今回は、許してさしあげます。でも、次は無いと思って下さいね?」

「あぁ! 二度と同じ過ちは繰り返さないと誓う」


 それまで叱られた子供の様に眉を八の字にしていたアレが、瞬きをした途端嬉しそうにハニカミました。

 くっ、なんだこの生き物、無駄に可愛すぎだろう!! と思ったのは私だけではないはずです。隣のご婦人方の生暖かい視線が痛かったので、間違いありません。

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