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名前呼びが先でしょう?

「さぁ、リア。まずは食事にでも行こう?」

「はぁ……」


 機嫌良く、私を振り向いたアレは手を差し出しました。余りにも自然だったため私は素直にその手を掴みます。


 ふと脳裏にハンカチを噛み、呪う様な目をしたリュミノアール様が。


 ち、違うんですよ。これは、その……普段は王子様然とした顔がくしゃりと崩れた様はとても可愛らしく見えて……つい、そう、つい取ってしまったんです!


 必死に頭の中で言い訳した私は、アレの温もりを感じて繋いだ手に目を向けます。


 可愛かったとは言え、やらかしているのは事実です。これでは言い訳のしようもありません。惚れた弱みです……次回リュミノアール様にお会いした時は、甘んじてお叱りを受けましょう。


「リア、暗い顔をしているよ。何か気がかりなことでもあるのかな?」


 貴方の行いのせいです、と責任をなすりつけ言えればスッキリするのでしょうが、筋違い過ぎます。


「……いえ、少し考え事をしていただけであうからお気になさらず」

「そうか。気持ちを伝えてはじめてのデートだ。リアの体調が優れないようなら送ろうかと思ったが、大丈夫みたいだ」


 くっ、帰る口実を逃してしまった。けどそれで良かったかも? 一緒にいられる口実にはなるのだし、楽しみなのも本当で……嫌でも、教師と生徒が一緒に手を繋いで出かけるのはダメでしょう? どっちをとればいいの? どうすれば自分が納得できるのか分からない。


 建前と本音がぐちゃぐちゃになってしまった私は、恋に浮かれる自分自身の愚かさにがっくりと肩を落としました。


「リア、ここがおすすめのカフェだよ」


 アレに呼ばれ、顔を上げた私は驚きます。

 正直に言って、アレが連れて行く店なんて高級感満載のバカみたいに値段が高い店だと思っていました。

 けれど、目の前にあった店の外観も内装も美しい木目の板を全体的に使たモダンで落ち着いた雰囲気です。お値段もお手頃価格のようで、入口に置かれた看板には小さく本日のおすすめの料理名とお値段が書かれていました。


「(あなたが選んだにしては)素敵なお店ですね」

「あぁ、リアの好きそうな店だと思って」

「えぇ、こう言うお店は(値段を気にせず選べるので)大好きです」


 自然と顔が綻び笑顔を見せた途端、アレはボソボソ――「リアが、私に笑いかけてくれた」――と呟きました。

 外観に見とれる余り、アレの存在を忘れていたので呟いた内容は分かりませんでしたけど。今回は本当に感謝してもいいかもしれません。


 窓ガラスから見える店内の雰囲気に誘われるようにアレを振り返った私は、早く中に入りたいとアレに呼びかけます。


「あの、おぼっちゃま中に入りま――」

「シュリハルト……いや、リアには(婚約者が呼ぶ)特別な感じで……シュリ、いやシュルトはゴロが悪いな。そうだハルト、ハルトと呼んで欲しい」


 会話を遮られた私は、アレの言葉に絶句します。

 キラキラとした瞳で見つめられようとも今はまだ名前で呼ぶのすら抵抗があって無理です! それなのに愛称呼びとは、馬鹿なんですか? 距離の詰めかたが極端すぎます!


「……だ、ダメかい?」


 くっ、子犬のような眼で見ても……あぁ、なんて円らな瞳なのでしょう。潤んだ瞳で上目遣いに見つめて来るなんて卑怯です。しかもキューンと甘えた声で鳴きそうなアレは、いつの間にか頭に耳をお尻に尻尾を生やしています。


 見つめ合うこと十分。ケモミミと尻尾を付けたアレに惑わされた私は羞恥心を隠し、なんとかたどたどしく「は、はる、とさま……早く中に入りましょう?」と手招きしました。

 顔が熱いです。この程度で恥ずかしがってる姿なんて絶対に見せたくありません。


「リア、待って……もう一度、もう一度だけ――」


 手を伸ばし呼びかけるアレを無視して、扉を潜れば珈琲の香りと少し甘ったるい果物の香りが私の鼻腔を擽ります。


「本当に素敵なお店です」

「リア、こっちだよ」

 

 いつの間にか追いついていたらしいアレに再び手を握られ、案内されるまま席につくと可愛らしいエプロンを付けたツインテールの女性がメニューを差し出します。


「ご注文がお決まりになりましたら、お声かけ下さい」

「あぁ、ありがとう。可愛らしいお嬢さん」

「きゃっ、ありがとうございます」

「こちらこそ、君の様に愛くるしい笑顔を浮かべられる子を私は知らないよ。その笑顔を見れただけでここに来たかいがあったと言うものだよ」


 迷いなく世辞を並べ立てるアレにルンルンとスキップしそうな勢いで去って行く店員さんの背中を見送りながら、私はリュミノアール様がアレに固執した原因がこれではないかと思いました。

 

 この男は初恋すらも知らないお嬢様に対して会う度に可愛い人、美しい姫、君の声はまるでハーブの音のようだとか、こっぱずかしい賛美を並べ立てていたのではなかろうか?

 確かめるべきか、どうするべきか……。あぁ、そう言えばマリアーヌ様に、リュミノアール様の事で困ってると言ったら『シュリハルト様をよく見ているとわかりますわよ』とか言われましたね……。


 

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