暴露と誤解
あれから三日が経ちました。あの日以降、いつも通り私を尋ねて来るもののアレが変なことを言うことはなく、私はあのことを夢だと思うようになっていました。
「ニア、今週末なんだが……どうかな? 一緒に街へ行かないか?」
「街へですか?」
「そう。実は、今この街に劇団が来てるんだ」
「劇団ですか……」
「興味ないかな?」
そこで寂しそうにしないで下さい! 私の心が痛むじゃないですかっ!
眉尻を八の字に下げたアレの顔を見ながら、私は心の中で葛藤します。
「興味はあります。でも……学生と教員が一緒に劇を見に行くのはどうか……と」
「そうか! 良かった。一緒に行くのは何の問題ない。既に父上には話を通してあるし、父上から学園にも話を通して貰っているから」
「そうですか……ん?」
今、変な言葉が聞こえたような気が――
「あぁ! またっ!! 抜け駆けなんて酷いですリアさん。どうして、シュリハルト様と二人っきりでお茶してるんですか!」
アレの言葉に引っかかるものを感じた私が考えに没頭しかけたところで、リュミノアール様がバンと勢いよく扉を開けて入って来るとアレの隣に座りながら、私へと愚痴を零しました。
抜け駆けと言われましても、このお茶もお茶菓子もアレが勝手に持ってきて飲み食いしているだけですよ。私が自分で用意した訳じゃありません。それに、リュミノアール様を呼ぶ必要性を全く感じていないのに、どうして呼ばなければいけないのですか? と言うか、非常に狭いです……。どうしてこっちに座っているんですか?
「リュミノアール嬢。話の腰を折って悪いが、座る場所を間違えていないか?」
「え~? 間違ってませんよ?」
「……目の前に開いた三人掛けのソファーがあるのだが?」
アレにしては珍しく、至極真っ当なことを言っています。
リュミノアール様が私の隣に座るアレの隣に座った事で、三人掛けのソファーが重そうに軋んでいます。
ぶっちゃけ、かなり狭いのでどうにかして頂きたい。私が移動すればいい話なので、さっさと移動してしまいましょう。
「リアさんが移動すればいいのでは?」
「なるほど。では、リア、移動しよう!」
そそくさと移動するため立ち上がった私の手を握り、ソファーを立ったアレは正面の開いたソファーに私を据わらせると自分も横へと座りました。
「ちょっと、どういう事ですの? どうして、リアさんとシュリハルト様が一緒に移動しますの? わたくしは、リアさんだけと――」
声を荒げるリュミノアール様は、既に涙目です。
「リュミノアール嬢。私はリアに求婚しているんだ」
「……はい?」
「リアに、求婚したと言ったんだ。返事はまだもらっていないが、リアも嫌いではないと言ってくれた。だから、邪魔しないで貰えないかな?」
ちょ、おい。そこのボンクラ! 今すぐその口を閉じろ!!
愛おしそうに私を見るアレは、全てを語ってしまいました。この後、私がどう言う目に遭うかも考えずに……。
沈黙したリュミノアール様の顔が恐ろしくて見れない私は視線を彷徨わせ、アレの差し入れであるお菓子を一つ摘みあげると咀嚼しました。
こんなに苦いチョコレートは初めてです……。
非常に気まずい空気が、流れます。ニコニコと紅茶を嗜むアレと視線を彷徨わせ呑み込めないチョコレートを咀嚼し続ける私。そして、今まさに完全に振られてしまったリュミノアール様。
一体どうしろと言うのでしょうか? 本当に誰か助けて下さい。
*******
「はぁ~」
せっかくのデートなのに朝から重いため息を吐き出した私は、アレとの待ち合わせ場所に向かっています。
あの日私を救ってくれたのは、学園の鐘でした。次の授業があるからと立ち上がったアレが失神したリュミノアール様を引きずり連れ出してくれました。その後、リュミノアール様は寝込んでいるらしく私の前に現れていませんけどね……。
「リア!」
陽の光を浴びて煌めく髪掻き上げ、手を振るアレは正しく王子様と言ったところでしょうか。こんな気分でなければ……。
重い気分な理由は、昨日届いた公爵様からの手紙です。
内容を簡潔に私なりに解釈すると、息子のプロポーズ――婚約――を受け入れてくれてありがとう。是非これからも息子をよろしく頼む。あぁ、言い忘れていたが、国と学園にはきちんと通達しておいたから心配しなくていい。と言うものでした。
アレがどのように公爵様に伝えのか、想像はつきます。
私が嫌いではないと言ってしまったがために彼は、いずれ受け入れて貰えると言う意味で婚約の申し込みをしたとでも言ったのでしょう。
一応私なりに公爵様へは、まだ受け入れていません。返事はこれらです。早とちりしないで下さい。と言う意味合いの言葉をオブラートに何重にも包んで手紙を送り返しておきました。
「……お待たせしました」
「あぁ、劇の開始までには少し時間があるから、食事をしてから行こうか?」
「えぇ、そうですね」
一応は紳士的に気を使ってくれているアレは腕を差し出してくれます。
何せよ、なるようにしかならないとある意味で楽天的に考えた私は、考える事を放棄しました。




