自覚した傍からヤメテ下さいぃぃぃ。
早々にベットに潜り込んでみたものの頭の中に、アレの顔がチラついて全く寝れる気がしません! アレへの気持ちを自覚したのはいいとして、そこから先へ進みたいかと言われれば首を振りたくなるのです。
「こういう時は想像してみるのもいいかも?」
アレと私が付き合うとして……って、どうしてそこで直ぐ付き合うと言う発想になるのか。少し落ち着きましょう!
そう、まずはお互いの気持ちを確認すべきです。確認するべきですけど、どうやって? どちらかが、好きだと告白する必要が出てくるのでは? え、まって、それって私から……? イヤイヤ、ソレハナイデスワー。
「無駄だわ……はぁ、別に自覚したからと言って先を望んでないのなら、それでいいじゃない。無理にアレと一緒にいるところを想像すべきじゃないのよ! うん」
ひとり納得して頷いていたら、どうしてかテラスの方から窓がノックされる音が聞こえた。
怪しさしかない状況に、私は眼を眇め明かりをつけないまま壁に身を隠します。気配を消し、ゆっくりと音がした方を覗きました。
とてもいい笑顔でテラスの手すりに腰掛け手を振るアレの姿が見えた私は一瞬ときめきを感じました。ですが、よくよく考えてみれば非常識です。
「……はぁ、何をやってるんだか……」
深夜近い時間に、外から訪ねて来るあたり……まぁ、脱走して来たのでしょうね? 迷惑な。そうは言ってもこのまま無視したところで、アレのことです私が応じるまでしつこく窓をたたくのでしょう。
この後に起こるであろう事柄が脳裏を過ぎた私は、深い深いため息を吐き出し窓をあけました。
「それで? どうしてここにいるのですか?」
「……その、夜分にすまない。どうしても気になることがあって……」
「そうですか……それよりも、もう就寝時間は過ぎてますよね?」
「うっ、それは……その……」
「抜けだしたのがバレたら、一週間学園のトイレ掃除ですよ?」
「あぁ、知っている。罰は甘んじて受けるし、リアには決して迷惑をかけない」
「はぁ……」
カッコつけて窓辺に座った割には、モジモジとした様子です。あの笑顔はなんだったのか、やっぱりコレを好きだと思ったのは私の気の迷い?
自分の気持ちに自信を無くした私は、大きな溜息を吐き出しアレに視線だけで続きを促します。
「マリアーヌと話したんだろう? どう、思った?」
マリアーヌ様が好いていらっしゃるのであれば、別に嫁いでも問題ないのでは? というか、マリアーヌ様の事をコレは知っていたのですね。あぁ、だからマリアーヌ様がいつでも婚約を白紙に戻せるようにあのような態度をとっていたのでしょうか? そう考えるとコレの屑みたいな行動も悪くはありませんね。
「……そうですね。いいんじゃないでしょうか?」
「本当に? リアは、本当にいいと思ったんだね?」
「え、えぇ」
嬉しそうに詰め寄るアレにちょっと引きながら頷いた。
するとアレは嬉しそうに破顔して、腕を伸ばし私を抱きしめると「あぁ、本当に良かった。漸くこれで、リアと正式に婚約できる」と言い放った。
………………
…………
……はい?
一体何がどうなって、婚約することになるのでしょうか? 意味がわかりません。あ、でもこれで告白云々は有耶無耶になりますね。
じゃなくて!! そうじゃない。私はそう言うのを望んでいる訳じゃ……本当に?
アレの存在を忘れて、自問自答を繰り返しました。そのせいでしょうか、それとも直ぐに拒まなかったせいでしょうか? いつの間にか目の前に跪いたアレに、片手を握られていました。
「あ、まっ――」
「リア・コシガヤ嬢――私は、あなたが好きだ。初めて出会った時から、そのシルクのように艶めく黒髪も、黒曜石のような煌めく瞳もあなたを形作る全てが美しい」
ぎゃぁぁぁぁぁぁ、ちょっと待って下さい……これは、早い。早すぎます。無理ですううううう。気持ちを自覚した傍から、なんで婚約の申し込みなんですかぁ。誰か、誰かぁ、今すぐ時間を止めて下さいぃぃぃ。
キャパオーバーした私は、必死にやめてくれと涙目で訴えました。その甲斐もなくアレは、ふと表情を緩め綺麗な笑顔を見せると続きの言葉を吐きやがりました。
「これから先、この命が尽きるまで私はリア以外を見る事は無い。だから、どうか私がリアの特別になる事を許して欲しい」
言葉と共にチュッと手の甲にキスが落とされ、アレが返事を待ちます。
うぅっ、どうしろと言うのですか、私は自覚したばっかりなんですよ。なんで、こうなった?
ほろりと落ちる涙が喜びなのか、嘆きなのか、諦めからなのかわかりませんでした。
一心に見つめられ居た堪れない私は、すぐさま返事をすることが出来ず、申し訳なさから俯きます。
「リア」
「な、なんですか……」
優しく名前を呼ばれ、おずおずと顔を上げます。
そこには、これまで見た事が無いほど大人びたアレの顔がありました。
「私が、嫌い?」
言葉にするのが嫌だった私は、否定するように首を振ります。
「じゃぁ、好き?」
「…………あ、あの!」
「ん?」
「そのですね。私は今日、自覚したばかりですので、お返事は今しばらくお待ちいただけないでしょうか? 正直自分の事で今は手一杯です。ですから、どうか、今はそっとしておいてください」
両手で顔を覆い隠し、後ろを向いた私は必死に言い募りました。
そんな私を後ろから、一度ギュッと抱きしめたアレは耳元で「わかった。待ってる」と掠れた声を残すと帰って行ったのです。
アレの気配が部屋から消えた途端、力が抜けた様にその場にへたり込んでしました。




