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惚気と情

 アレへの気持ちを認めてしまった私ですが、現在耳に届く言葉に内心でかなりのツッコミを入れ続けております。

 その理由はマリアーヌ様の想い人についての話を聞いているからなのですが……。マリアーヌ様ほどの切れ者がなぜ、年上になびいたのか謎でしかありません。


 マリアーヌ様の想い人について簡潔にまとめてみることにします。

 ドロワードルズ伯爵家のご当主様で、名前をオズヴェル・ドロワードルズさんと仰います。今年四十六歳になる彼には、先妻との間に三人のお子さんがいます。しかも、全員がマリアーヌ様より年上なのだそうです。


 彼との出会いは、とある家の夜会だったそうです。階段を踏み外したマリアーヌ様を、彼が片腕で支えなんとか事なきを得たかと思った瞬間――

 年齢的にかなり上の彼の腰が、ゴキっと鳴り――要はぎっくり腰ですね。マリアーヌ様を抱えたまま、彼はその場で片膝をつき立ち上がれなくなったそうです。

 そんな状況の中オヴヴェル様は、痛みを必死に堪え、更には紳士スマイルを浮かべるとマリアーヌ様へ「美しいお嬢さん、無事でしたか?」と声をかけてくれたそうです。

 余談ですがこの国の子女は十六で社交界デビューされますから、マリアーヌ様が参加されていたとしてもおかしくはありません。

 

「それで?」と話の続きを促した私に、マリアーヌ様は恍惚とした笑顔で「それだけよ」と仰いました。


 ぶっちゃけて言います。マリアーヌ様、ちょろすぎでしょう? しかも、彼女はかなりのオジ専だった! 自分より年上の子供がいるってどうなの? とか、まだ十八でしかないマリアーヌ様が何故そこで、ときめたいてしまったの? とか色々思いました。思いましたが、幸せそうに語るマリアーヌ様に対して、この場でそれを言葉にだすのは避けました。


「それでね。彼――オズウェル様は、わたくしと再婚してもいいと言ってくれたのですわ」

「はぁ」

「わたくしとしては、同年代の男性はどうしても幼く見せてしまって、恋愛対象にならないの。だから、オズウェル様と一緒になりたいと思っておりますのよ」

「それって、やっぱりお坊ちゃまのせいですか?」

「まぁ、それもあるかもしれないけれど……。わたくし自身が、年上の方にしか興味をもてないの」

「ソウ、デスカ」


 マリアーヌ様がそれで幸せになれるのであれば、それでいいとは思います。ですが、そのお気持ちを共有する事は私にはできません。

 まぁ、恋バナは嫌いじゃないです。けど、五十路の男性の恋バナを聞かされても……答えようがありません。

 私の中の五十路の男性が、自分の父親と被るせいでしょうけど……ね。


 まだまだ話したりないと言う感じのマリアーヌ様のお話しを聞き続ける事一時間。お部屋にお伺いして大分時間が過ぎたこともあり、この辺で失礼しようと思った私は出された紅茶を飲み干すと席を立ちました。


「それでは、マリアーヌ様。本日はこの辺で失礼いたします」

「リアさん、また相談に乗って下さいますか?」


 え? 相談? どこが? え? 

 今までの話を総合する限り、惚気以外の何物でもなかった気がします。けれど、マリアーヌ様には今回の件でお世話になっていますし。就職先斡旋のこともありますから頷いておくことにします。


「はい。私でよければ」

「ありがとう。とても嬉しいですわ! そうそう、シュリハルト様とのこと、応援しておりますわね!」


 天使のような微笑みを浮かべたマリアーヌ様に見送られ、部屋を後にしました。


 寮の部屋へたどり着き、どっと疲れた体を癒すためまずは入浴を済ませ、食事を頂きます。

 クッペを厚めに切った物が二枚、豚肉とアスパラガスの炒め物、コンソメスープのようなスープです。

 手作りのパンは小麦の風味が良く、噛み応えがあります。コンソメスープは具沢山で、深みのある味わいです。豚肉の炒め物は、赤ワインソースを使っているのか仄かな酸味と甘みが絶妙な塩梅で……。一気に貪り、満腹になったお腹を摩り、食後の水をひとのみします。


 寮に居る先生方は、それぞれ自分の都合に合わせ食事を摂られるため食堂は常に閑散としていますが、私にはそれが心地よくゆったりと食事を楽しめました。

 トレーを戻してお礼を伝え、部屋に戻った私は虚う自覚したばかりの気持ちについてグダグダと考えます。

 私の目標は、日本へ帰ることでした。けれど、この世界の人たちと触れ合う中で情が芽生え、アレに対する気持ちを自覚した今、その気持ちがほんのミリほど揺らいでいます。

 日本へ戻るすべが見つかり、彼らと別れる時、私は耐えられるのでしょうか――。


「はぁ……どうしたらいいのでしょうか?」


 初めて持ってしまったこの感情を、どうすればいいのかわかりません。向き合うべき時は来るのでしょうが、今は考えたくありません。


「こんな時、誰か相談できる人がいればいいのに……」


 出せない答えに悶々とした気持ちを抱えたまま、夜は更けていきました。

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