いい加減キレると言うものです
恥ずかしさの余り、無抵抗な人間を投げ飛ばしてしまったと気付いた私は慌てて、アレの元へ駆け寄ります。部屋の壁に激突したらしいアレは、痛みに顔を顰めながらも頭を振り意識を保っているようです。
「申し訳ありません、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ、大丈夫だよ。リア」
それまでの気恥ずかしさがアレの視線と顔の惨状で、一気に霧散します。
流石に鼻血を出しながら王子様スマイルされても、微妙な気分にしかなれません。って、そうではないですね。まずは治療をしなければ!
いそいそとポケットからハンカチを取り出して、アレの鼻へ宛がいます。そのほんのわずかな隙にアレは、私の手首を握り「リアは優しいね」などと囁いてきました。
今はそれどころではないと思うのですが……リュミノアール様は放置ですか、そうですか。
「シュリハルト様から離れて!」
リュミノアール様の金切声が、室内に響きます。
かなりの高音だったためか、予想以上に耳がキーンと痛み顔を顰めそうになりました。ですが、ここで顰めたりすればまた余計な誤解を生む可能性があるので、出来る限り顔の平静を保つべく努力します。
痛々しい視線を感じ、リュミノアール様を見れば私を憎々し気に睨んでいました。この状況で私を睨まれても、元凶はコレ――あなたの想い人ですよ!! 突っ込みたい衝動にかられながら、手首をつかむアレに向き直ります。
「お坊ちゃま。痛いので離してくださいませんか?」
「…………嫌だ」
「はい?」
まさかの返事に私は素っ頓狂な声をあげてしまいます。
「せっかくリアに触れられたのに、何故離さないといけないんだ!」
「馬鹿なんですね?」
力説するアレについ本音がポロっと零れてしまいます。
最近少しだけ、ほんのちょびっとアレのことを見直していただけに残念です。
「いいから離れなさいよ!」
ドスドスと重い足音を立てたリュミノアール様が、私とアレの間に入り込み無理やり引き離そうとされます。が、アレの方がやはり力が強いため中々私の手を離してはくれません。
仕方ないですね。一時的に手の感覚を奪いましょう。
潔く覚悟を決めた私は、手首をつかむアレの肘の関節内側――献血や注射を打つときに針を刺す少し上の部分の凹みへと手を伸ばしました。指圧するだけで力が抜ける場所を的確に狙いギュッと押し込む形で力を込めます。
「――っ!!」
肩こり、疲れ目の人には激痛です。座学で目を良く使うアレも見事に激痛が走ったらしく、即座に私から手を離してくれました。しばらくは指先に力が入らないでしょうけど、この状況を打開するため辛抱していただきます。
「その年で肩こりは……無さそうなので、疲れ目のようですね。後で、ミリス様にお伝えしておきますね」
「しゅ、シュリハルト様、大丈夫ですか? まだ痛みます? あぁ、こんなに赤くなって。なんて乱暴な方なの! 医務室へ参りましょう? さぁ!」
「あ、あぁ。ありがとう?」
首を傾げながらお礼を言うあたりアレも存外素直な性格です。
私とアレが離れた瞬間、リュミノアール様が大袈裟にアレを心配しています。そんな彼女にうっとしさが増したらしいアレは、綺麗な顔を歪め「少し黙っててくれ」と一言告げました。
押し黙るリュミノアール様の瞳には、キラキラとした涙が溜まっています。誰に対しても物腰柔らかな男性――好意を寄せる――から突如黙れと言われれば泣きたくなるのもわかると言うものです。
そのまま帰るのかと思われたリュミノアール様は、意外と図太いようです。私の知る小説などではあそこまで言われたら、泣いて立ち去るのが常識? なのに、彼女はしっかりとアレの隣を確保して、教員室のソファーに座っているのですから。
何故、居座るのか……色々と面倒なのでいい加減にして欲しい。
「あ、リアさん。わたくし紅茶でお願いしますね。茶葉はえーっと……」
「リア、私はコーヒーで」
ここまであからさまに態度で迷惑だと示しているにも拘らず、この二人は! 確かに、アレのお父様である公爵様に雇われてはいますが、今は学院で教職に就く身です。その私がどうして、小間使いのようなことをしなくてはならないのでしょうか?
学院長に提出する書類も書かなければいけないのに、どうしてこう迷惑にしかならない事をするのか……。
「はぁ~。お二人ともいい加減にして貰えませんか? ここに居据わる理由はないですよね? 資料整理もしたいですし、迷惑なので出て行っていただけませんか?」
ポロリではなく、本気で迷惑だと訴えます。ですが、二人には本気だと理解していただけないようで。
「私はリアと一緒に居たいからリュミノアール嬢、戻られてはどうかな?」
「えぇ~! いやです。わたくし、シュリハルト様と一緒に居ます。だって、リアさんはシュリハルト様に何をするかわかりませんもの!」
「何かするとはどういう意味でしょう? 先ほどから気になっておりましたがリュミノアール様、私を痴女扱いするのはお止めください。迷惑です。それと、お坊ちゃまここは学園です。いい加減にしないと本気で私今後あなたとの接触、会話を一切無視しますよ?」
最大限の脅し文句と共に怒気を込めて二人を見れば「ひっ」と可愛らしい悲鳴をあげたリュミノアール様が早々に部屋を出ていき、それにアレが続きました。




