ドアを使った押し問答は止めましょう
あれから数週間が経ち、リュミノアール様の行動はもはやストーカーの域に達しています。だからこそ、アレに私に近づかないよう頼んだのですが……全く聞いてくれません。
「はぁ、本当に、どうすればいいのですか?」
座禅を組んでいる状況にも拘わらず、頭の中では壁や柱に隠れたリュミノアール様がチラチラと見え隠れしています。それだけならまだいいのですが、非常に良い笑顔で私の元へ通うアレの顔まで見えて。
「これでは、集中できませんよねー。ていうかもう、ストレスで発狂しそうです! いい加減どうにかしないと……はぁー、逃げ出したい」
教員室の床に突っ伏した私は、本音駄々洩れ状態で恨み言を吐き出します。そこへ空気を読まないノックが届きます。嫌な予感しかないその音に、ズルズルと引き摺るように立ち上がると扉へと赴きました。
「どちら――」
「リア!」
五センチほど開けた扉から見えた、聞こえたアレの姿と声にバンと激しく音を立て扉を閉めてしまいます。
「リア? どうしたんだい? 何故閉めるんだい? と言うか、扉が酷く重いな」
「……帰って下さい! 私は貴方と一緒にいるつもりはありませんし、迷惑です!」
「そんなこと言わないで、リア」と言いながら、押して扉を開けようとするアレに私は、全身の力を使って扉を抑え開かないようにしています。そうしなければ、私の唯一の癒しの場である教員室でまた、アレとリュミノアール様の微妙な会話が繰り広げられてしまうのです。
ここ数週間、必ずと言っていいほどアレがここを訪れるとリュミノアール様が現れる。そこで仲良く話をしてくれる程度ならいいのですけれど……。
アレがリュミノアール様の存在を無視して私に話しかけてくるせいでリュミノアール様のご機嫌が急降下した挙句、屈辱だと言わんばかりに睨まれると言う苦行になってしまうのです。
「リア、私は君が好きだ! だから、一緒に居たい。少しでも君に私を知って欲しいんだ」
「わ、わたしは知りたくありません。お坊ちゃまには既にご婚約者様がいらっしゃるじゃありませんか! お二人の邪魔をするつもりはありません」
「マリアーヌの事なら気にしなくていい! 父上に頼んで、一次保留にして貰った」
「は?」
扉を挟んだ押し問答を繰り返していた私は、アレの「一次保留」と言う言葉につい力が緩んでしまいます。勢いよく開いた扉から、アレが身体ごと倒れるように部屋へ入って来ます。それを受け止める形で、私の身体もまた後ろへと押し倒されてしまいました。
ドンと言う音を立て、二人同時に倒れ込み重なった私とアレ。
見開いた先にはアレの見開かれた目が映っています。唇に感じる違和感に、目線を下へ動かそうとしたその時――。
私以上に目を見開いたリュミノアール様が視界に映り込みました。
「なっ、なっ、何をやっているのですか!」
キンキンと耳に響く声で叫んだリュミノアール様は、足音荒く私とアレに近づくとべりっと私たちを引き離そうとします。だけれどアレが右手を私の頭に、左手を腰に回しているため離れる事が出来きません。
「ふぃふぃくぁぎゅぇん、ふぁにゃふて!」
アレと繋がったままの口から「必死いい加減、離せ」と伝えながら背中をバシバシ叩いてみますが、アレは目を眇めさらにきつく抱きしめ唇を塞いできます。
違うと言う意味合いを込めさらに激しく背中を叩き、漸くアレが離れました。
「酷いわ、リアさん。わたくしには興味の欠片もないと言いながら……応援すると約束しながら何もしなかった理由がこれでしたのね!! まさか、お二人がき、キスする間柄だったなんて! やはり、わたくしを騙していらしたのですわね。許せませんわっ」
ツッコミどころ満載の言葉をギャンギャンと喚きたてるリュミノアール様に、私の頭は一気に冷めていきました。
まず、私のアレの関係などただの主従関係でしかありません。最もここでは、教師と生徒と言う関係ですが。そして、キスをする間柄ではありませんし、騙してもいませんよ。ストーカーである貴女は、見てましたよね? ドアでの攻防も、その後ドアが開いた時に倒れ込んだアレの姿も……。
唇を拭いながらため息を零すしかない私は、もうめんどくさいと全てを放り投げ天井を見上げました。
そんな私と真逆の行動にでたのは、アレです。アレは振り向くことなく「うるさい」と冷たくリュミノアール様を一喝します。そして、これまで見た事も無いような冷たい顔で振り返るとリュミノアール様を見据えました。
「リュミノアール嬢。君はリアに何を言ったのかな? 私とリアがどういった関係でも君には関係ないよね? それとも何かな、君は、私と恋人にでもなったつもりなのかな?」
怒り心頭と言った具合なのはわかります。わかりますが、私としては開け広げられた扉が気になりますし。振り返って話をするぐらいなら、私の上からはどいて下さい。
「申し訳ありませんが、まず椅子に座って話をしませんか? この状態で話されるのは私としては迷惑です」
「……」
私の方を見たアレの目が、ある一点を見つめたまま止まり、顔が一気に赤く染まります。何か? と言いかけ、私はアレの視線を追います。
勢いよく倒れたせいでスカートからはだけ、己の太ももが見えました。
「ちぇ、ちぇすとぉぉぉぉ!」
一気に羞恥心が湧き上がった私は、ガバっと起き上がりアレの首元を掴むとそのまま巴投げでアレを投げ飛ばしてしまったのです。




