はじめての朝です。
空が白みだす頃寝がえりを打ちベットの感覚が違うことに違和感を覚えた私は意識が覚醒してしまい、眠りから目覚めました。ベットの上で上体を起こし呆然と周囲を見回した後、何故こんな部屋に居るのか……などと考え、その残り香にハタと気付き完全に頭が目を覚ましました。
昨夜アレのせいで、要らぬ雑事が増えた事……本当にはた迷惑な生き物だったなと脳内で再生されたアレの行動に再確認いたしました。
本日よりアレ付きのメイドとなる以上、今まで以上に誠心誠意拒絶を顕に示して行くべきだろうと結論を出した私は、まず初めに室内に残るバラの匂いを消すため窓を開け空気の入れ替えをします。その間に、顔を洗い髪を溶かし、メイド服へと着替えました。
着替え終わり自室を整え、食堂へと向かいます。
この時間であれば調理場は既に動いているはずだと昨日メイド頭であるミリス様より伺っていたためまずは、食事を摂り今日1日アレの面倒見る力をつけようと考えました。
階段を降り食堂へと辿り着いたと思った矢先、ミリス様と鉢合わせします。
「おはようございます。ミリス様」
「おはようございます。リアさん」
二人して丁寧にお辞儀を交わし食堂に入りました。食堂内では既に半分ほどのメイドさんや執事さんたちが各々食事を摂っています。調理場から出された食器の乗ったトレイを受け取り空いている席にミリス様と共に座り食事を始めした。
本日はと言うより、朝食は固めの黒パンとサラダにお肉が少しだけ入ったスープです。日本で考えればあり得ないほど質素な食事な訳ですが……こちらの世界ではかなり豪華と言えるようです。
使用人に対する食事としてはと付きますが……。
正直に申しますと私は、基本和食派なのですがこの世界には、お米が無いため仕方ないのです。食べれるだけでもありがたいと言う思いで食事を済ませ、ミリス様に今後の指示を伺いました。
まず用意すべきは、お茶の葉を数種類にカップとお湯で、こちらの世界の方々は寝起きに少し温めの紅茶を召しあがるそうです。それらをカートに用意した後、アレの部屋へと移動しました。
扉の前でノックし入室の許可を得るため数度声をかけます。
もちろん返事など有るはずも無く、勝手に室内へと入り浴室のバフタブへお湯を張ります。
それが終わるとガウンとバフタブ傍にバスタオルを用意し、いよいよ寝室へと向かいます。
寝室の扉の前で再度アレに声をかけ、返事が無いのを確認すると無言で入室しました。
「リアさんは今日は見学を……起こした際、その……見えるかもしれませんので出来るだけお顔を見るようにしてくださいね」
「はい。ミリス様」
ベットの脇に立ったミリス様が、注意事項を教えて下さり私へ顔を見るよう伝えて下さいました。
上半身が裸の男性は良くいらっしゃると雑誌で読んだ記憶があった為、裸を見ないためだろうとなんとなく分かってはおりましたが……まさか、アレの汚物を見ることになろうとはこの時の私は露ほどにも思っておりませんでした。
「シュリハルト様、お目覚めの時間でございます」
優しい声音で、肩を数回叩き起こすミリス様の声に全く反応しないアレ。
「シュリハルト様……お目覚めの時間でございます」
先ほどより少し大きめの声で起こすミリス様の声に今度は「う~ん」と寝がえりを打ち反応を示したアレは、未だ起きる気配がありませんでした。
「仕方ありませんね。リアさん……カーテンと窓を全て開けて下さい」
「はい。ミリス様」
ミリス様の指示を受け、カーテンと窓を全開させます。時間にして数分と言ったところでしょうか?
窓を解放した為か、朝の清々しくも少しだけ冷たい空気が室内の淀んだ空気を換気しました。
その空気を大きく吸い込んだミリス様が、バサッと上掛けを引き取ります……と同時に顕になる、アレの下半身を私は視界に入れてしまいました……。
朝ですし元気ですよね……それに、毛色が違うとそこも色が違うのですね……なんて、そんなどうでもいい事を思い、そうじゃないでしょう? と自分に突っ込みを入れます。
生々しい汚物を朝から見てしまった私の気分はこの世界へ来て以来初めてではないかと思うほど最悪な状態となりました。
「あぁ……ミリスおはよう。寒いじゃないか……」
そう思うなら服を着て寝たらいいじゃないですか!
「おはようございます。シュリハルト様、お目覚めの時間でございます。本日の紅茶はいかがされますか?」
なんで、平然とできるんですかっ?
「そうだな……ダージリンで頼むよ」
いや、ガウン着て下さい……差し出してあるんだから、紅茶より先に隠すもの隠しましょうよ!
「かしこまりました。リアさんお願いできますか?」
「はい」
必死に表情だけは平常を保ち紅茶を入れます。
これが普通なのですか? 誰か私にこの世界の常識を教えて下さい! そう脳内で平常心で居られない私が、必死に訴えます。
一言一言の会話に、一々突っ込みを入れてしまうほど平常心を欠いた状態の私は、ついにアレに背後を摂られてしまうのです。
「あぁ、おはよう……愛しのリア……」
耳元で甘く囁くように朝の挨拶をして来るアレに対し、何とかこたえようと声を絞り出そうとした刹那、背にあたるアレのアレが、生々しく全身に悪寒が走りました。
「ちょ!」
「どうした? 朝からそんな声を出して……私に会えて嬉しいのかな?」
「いえ……あの、はっ、離れて頂けませんか? とても身の危険を感じます」
「い・や・だ。折角愛しいリアを捕まえたんだ……このままベットで「んっ、んー」」
暴走するアレはそのまま、私の両手ごと身体に腕を回し抱きついてきます。
服が汚れる! と言うよりあたってるものが気持ち悪いです! と必死に訴えたつもりの私を余所に一人酔いしれるアレを止めて下さったのはミリス様でした。
「シュリハルト様? それ以上リアに何かされるのであれば……旦那様に……仔細をお伝えしなければならなくなりますが、よろしいでしょうか?」
「はぁ……ミリスは冗談が通じないなぁ……」
目を眇めた状態で真面目に注意をして下さったミリス様に対し、アレは冗談だよハハハハと笑って見せるも、その笑い方が本気だった事を示すように引き攣っている。
身の危険を感じた私は「お風呂のお湯を見てまいります」と伝え、急いで寝室出て浴室へと向かいました。
ミリス様が居なければ……今頃押し倒されていたかもしれない……ガタガタと振るえる身体をギューっと両手で抱きしめ、こんな仕事今すぐ辞めなければと脳内で考えました。
ここは良いから、とミリス様に言われ部屋を退室した私は、他の部署の手伝いをし仕事を終わらせるべく馬車馬のように働きました。
その日の昼間、マリアーヌ様と出かけたアレを見送った後、午後のお茶をお召し上がりになっている奥様にアレの世話係を辞めたいと涙ながらに訴えお伝えしたところ。
「主人が戻ったら話してみるわね」とお返事を貰い、その日の夜ご帰宅になった公爵様、奥様、マリアーヌ様、ミリス様の四人に囲まれ昨晩から今朝にかけ、何があったのかを詳細に話しました。
絶句した後、呆れた顔を隠すことすらせずこちらに向ける公爵様ご夫妻と御婚約者様……。
ミリス様も無言でうなずき私が嘘を伝えていないことを証明して下さいました。
「はぁ……契約書に追加しておくべきだったか……」
ポツリと公爵様がそう仰り、奥様が「まさか、そこまでとはね……」と仰いました。
「私の計画が甘かったのですわ」と反省を示したマリアーヌ様が、私に向き直るとリアさん……と私の名を呼びました――。
足を運んでいただきありがとうございます。




