空気を読んで下さい!
授業が終わり生徒の皆さんが教室へと戻る姿を見送っていた私の元に、アレが近寄ります。そこへ、授業を終えたらしいリュミノアール様が姿を現しました。
アレが声をかけるより早く、リュミノアール様が私を呼びます。
「リア先生! お話しがっ」
「リア……。リュミノアール嬢?」
お話しがありますと続けたかったであろう言葉を呑み込んだようすのリュミノアール様を不審に思った私は、二人を交互に見てまたかと嘆息しました。
ポッと頬を赤く染めたリュミノアール様は、完全に視線がアレに固定されています。熱い視線を受けているアレは、私に伸ばしかけた腕をそのままにリュミノアール様を見て眉間に僅かに皺を刻みました。
誰にでも優しく微笑むアレにしては、非常に珍しい反応です。
「シュリハルト様。ど、どうしてここに?」
運命の出会いと言わんばかりに紡がれたリュミノアール様の言葉は、誰に返事をされるわけでもなく空間に消えました。
どうしてって、授業があって終わったばかりだからですよ? 別に貴方を待っていたわけではないと思うのですが、それでも恋は人を盲目にすると言う言葉通りなのでしょうね。と心の中だけでツッコミを入れます。
リュミノアール様の言葉は勿論、アレの耳にも届いていたはずなのに、アレは無反応です。だからこそ、私はアレの行動に気付くのが遅れてしまいました。
下ろしたはずの腕を伸ばしたアレは、どこまでも甘く砂糖とハチミツと練乳を吐き出しそうなほどの微笑みを浮かべます。
そして、私の顔に落ちていた一束の前髪を指で掬い揚げ、私の耳にかけたのです。
背筋に走るゾクリとした悪寒を感じ、とっさにリュミノアール様を見ます。
「……授業中から、気になっていたんだ。せっかく可愛いリアの顔が見えなくて残念だった。いきなり触れてしまって、すまない」
僅かに掠れた声が耳をかすめます。ですが、私ははち切れんばかりに見開かれたリュミノアール様から視線を外せません。
アレの行動は、どうみても恋人にするそれで……。私たちを見ていた他の生徒たちも足を止め私たちに注目しているようでした。
「な、なんで……リア先生は、シュリハルト様を何とも思ってないって……そう、言っていたじゃない……ひどい、だまし……」
一連の行動を見ていたリュミノアール様の顔が蒼白になったかと思えば、俯きました。震える声でブツブツと尻すぼみ気味に何かを言っていたように思ったのも束の間、顔を上げたリュミノアール様が、憎しみを込めた瞳で私を睨みつけたのです。
「リア、授業でわからないところがあるんだ。もしよかったら、昼食でも一緒にどうだろうか?」
怒り心頭気味のリュミノアール様の様子を一切気にしないアレの声に、心底、空気を読んで欲しいと願っていた私の思いは無残に散りました。
ニコニコと機嫌良さげに笑むアレに、サーっと血の気の引いた私は視線を向け「パスで!」と思わず日本にいた頃のように断りを入れたのです。
「……そ、そうか」
「では、私はこれで失礼しますね。リュミノアールさんが貴方様に御用があるようですから、どうぞお昼はお二人でどうぞ!」
恋愛事に関わる気がない私は、無理矢理に二人で話すよう言い残して早足でその場を後にしました。廊下に出ると同時に速度を落とした私は、何故こうなった? と、一連の流れを思い返します。
さっきのやりとりを一通り思い返した私は、アレに今後極力近づかない事を心に誓いました。
はぁ~、窓の外はいい天気なのに、何故こんなにも私の気分は落ちているのでしょう。アレに関わったばかりに碌な事が無い。近づかないようにするには、どうしたらいいのか? やはり、そっとこの国を出るのが一番なのでは……?
とか考えていた私を「あら、リアさん。何をなさっているの?」と、マリアーヌ様が呼びました。
久しぶりにお会いしたマリアーヌ様は、とても溌剌としていた美しいと思います。性格も悪くありませんしね。他者を思いやる心をしっかりと持った方で、リュミノアール様よりは話がしやすくこちらの意見も聞いて下さいます。
唯一の欠点と言えば、腹黒いぐらいで……。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
大体なんで私がこんな目にと、ある意味でヤサグレタ気分のままマリアーヌ様に向き直りご挨拶をさせて頂きました。
余りにも投げやりな挨拶をした私の様子に、マリアーヌ様は頬に手を当て首を傾げてみせます。
「あらあら、どうなさったの? 何か悩みでもあるようでしたらわたくしがご相談に乗りますわよ?」
「はぁ、ありがとうございます。でも、今は出来ればそっとしておいてください」
「そう? わかったわ。でも、話せるようなら是非そうしてちょうだいね?」
「えぇ、その時はどうぞ、よろしくお願いします」
ありがたい言葉も優しい言葉も、元はと言えばマリアーヌ様が、ちゃんとアレを捕まえきれなかったのが原因です。そのためどうしても、相談する気にもなれず適当に彼女の言葉を流してしまいました。
悶々とした気持ちを持て余し、教員室に戻った私はドサっとソファーに座るとそのまま仰向けに寝転び天井を眺めたのです。
お待たせです~(;´・ω・)